華麗に散ったアイゼンハート。パフォーマンスだけじゃない、実力の証明とは?

ツアー・オブ・ユタでは、各ステージごとにテーマに沿ってファン投票が開催され、最も多くの票を集めた選手が青い”フェイバリットジャージ”を着用することができる。

第5ステージでは、ツアー・オブ・ユタに複数回参加したことのある選手のなかから、最も好きな選手を選ぶ。というテーマだった。
2016・2017年とまだ2回しか参加していないにも関わらず、TJ・アイゼンハート[1] … Continue readingは見事に最多票を集めた。

アイゼンハートは、我々日本人からの熱烈な支持だけでなく、現地アメリカでも多くのファンの支持を集めている人気レーサーなのだ。

第5ステージのポディウムでは、一際大きな歓声とともに、持ち前の明るさが爆発したスーパーファンキーな振る舞いを見せていた。

およそプロサイクリストの表彰式とは思えない。
もはや、ロックミュージシャンのライブパフォーマンスそのものだった。

だからこそ、アイゼンハートは人気があるのだろう。
画家としての一面、ファッションデザイナーとしての一面もあり、旧形態にとらわれないヒッピー感にあふれる言動が、アメリカ人のハートを掴んでいるようだ。

アイゼンハートは、アメリカ人ファンの期待を背負い、ブルージャージを身にまといクイーンステージである第6ステージに挑んだ。

エース自ら総攻撃を仕掛ける

第6ステージは、距離99kmと短いうえに、序盤に1級山岳アメリカンフォークキャニオン、最後は超級山岳スノーバードの山頂へフィニッシュする難易度の高いステージだった。

アイゼンハートの所属するホロウェスコ・シタデルは、逃げに選手を送り込みステージ優勝を目指し、アイゼンハートは集団内に待機して総合ジャンプアップの機会を狙っていた。

総合7位につけていたロビン・カーペンターはリタイアしており、チーム最大の目標である総合優勝の期待はアイゼンハートの走りに委ねられていた。
とはいえ、トップから58秒遅れの総合6位につけており、その差をひっくり返すのは容易ではない。

レースが始まると、逃げに第1ステージ優勝のタイ・マグナーと、キューバ人レーサーのルーベン・カンパニオーニの2人を送り込むことに成功した。
カンパニオーニは積極的な走りを見せ、逃げ集団から1分以上のリードを築いて単独で先行していた。

メイン集団はリーダージャージを持つラリーサイクリングではなく、44秒遅れの総合5位につけているブレント・ブックウォルターのいるBMCレーシングがコントロールしていた。
ラリーが前に出てこないことをいいことに、ゆっくり目のペースで1級山岳を上っていく。

すると、山頂の前にBMCのキリアン・フランキニーがアタックを仕掛け、ダウンヒルへと突入していく。
メイン集団もダウンヒルに差し掛かると、ブックウォルター自らアタックを決行した。

一連のBMCの動きに反応したのは、昨年までBMCのトレーニーとして走っていたアイゼンハートだった。

ユタ出身のアイゼンハートの頭のなかには、アメリカンフォークキャニオンのダウンヒルの傾斜・コーナリングはすべてインプットされていただろう。
アイゼンハートの高速ダウンヒルが炸裂し、フランキニーと合流したブックウォルターのところまで一気にブリッジをかけたのだ。

逆転総合優勝を狙って共に1秒でも多くタイムを稼ぎたいBMCとホロウェスコは完全に利害が一致した。
2人のエースは自ら脚を削ってローテーションを回り、メイン集団とのタイム差を広げにかかった。
超級山岳までの平坦路でリードを築いて、上りを逃げ切る。
これが2人の勝利への道筋だった。

もし集団に追いつかれようものなら、即ゲームオーバーを意味する。
なぜなら、自ら脚を使って逃げるアイゼンハートたちは、消耗した状態でフレッシュなライバルたちと山岳で戦うことになるからだ。
ましてや超級山岳で1分近い差をつけて総合を逆転することは絶望的だといえよう。
仮に途中で攻撃を辞めても、無駄に脚を消耗するだけであり、同じ結果を招くことだろう。

DEAD or ALIVE。
相当なリスクを背負った、BMC・ホロウェスコ連合によるラリーサイクリングへの総攻撃が始まった。

逃げに乗っていたアシストを呼び戻して加速

BMC・ホロウェスコ連合の攻撃開始時点では、ラリーのアシストは2人しか残っていなかった。
しかし、ダウンヒルを終える頃にはもう3人のアシストが復帰していた。
これで5人のアシストを使って前を追うことができる。

対して追われる方は、アイゼンハート、ブックウォルター、フランキニーの3人であり、牽引力不足は明らかだった。
そこで、逃げ集団に乗っていたホロウェスコのタイ・マグナーを呼び戻した。
ステージ優勝を狙って独走していたカンパニオーニも逃げ切りが難しいと判断すると、アイゼンハートを待つためにスピードを一気に落とす。
さらに、逃げ集団に乗っていたBMCのトム・ボーリもブックウォルターの元へと呼び戻したのだ。

これで、ラリーのいる集団に対して6人で牽引することができる。
しかもワールドチームのアシストが2人もいるのは相当心強い。

あとは、メイン集団との差を広げるだけ、のはずだった。

ツアー・オブ・カリフォルニアでステージ2勝をあげたラリーのチーム力は伊達じゃない。
メイン集団とのタイム差は最大1分20秒程度しか広げることができなかった上に、最後の超級山岳が近づくにつれ徐々にタイム差を縮められてしまう。

すでに30km近くローテーションを回って脚を使っているアイゼンハートとブックウォルターたちに選択の余地はなかった。
死ぬまで攻撃を続ける他ないからだ。
マグナー、カンパニオーニ、フランキニー、ボーリの4人のアシストも、超級山岳までに何とか勝負できるリードを築くために必死の形相で集団を牽いていた。

超級山岳の手前の上りが始まると、マグナー、カンパニオーニ、ボーリが立て続けに力尽きてしまう。
最後の砦となったフランキニーにはメカトラが発生しスローダウン。
ホイール交換し、一時は集団に復帰するものの、決定的な仕事はできずに再び脱落してしまった。
超級山岳を前にアイゼンハートとブックウォルターはアシストを失ったのだ。

それでも、2人に残された道は全開で走ることだけだ。
アシストが全滅してもアイゼンハートは、全く躊躇することなく、集団の先頭に立って走っていた。
この姿にブックウォルターも同調し、2人でローテーションしながらフィニッシュを目指した。

しかし、メイン集団は振り返れば目視できるほど、アイゼンハートたちの背後に迫っていた。

近づく終焉、それでも諦めない

もはや、BMC・ホロウェスコ連合の攻撃は失敗に終わったことは、誰が見ても明らかだった。
それでも、諦めずにアイゼンハートとブックウォルターは走り続ける。

しかし、とうとうその時はやってきてしまった。
メイン集団がアイゼンハートとブックウォルターを飲み込んだのだ。

とはいえ、ラリーも無事ではなかった。
本来なら山岳アシストとして残しておきたかったアダム・デヴォスとセップ・クスも追走に力を使ったため、超級山岳でエースのロブ・ブリトンをアシストする力は残っていなかった。
アイゼンハートたちの総攻撃は、成果を生み出すことはできなかったが、ラリーのアシスト陣を全滅に追い込むダメージを与えていた。

集団をコントロールする力を失ってラリーを尻目に、力を溜めていたバルディアーニが動いた。
アシストを使って集団のペースアップを図りセレクションを開始したのだ。

アイゼンハートには、このペースアップについていく力は残っていなかった。
ゆらゆらとメイン集団から遅れだすと、総合優勝の夢は華々しく散っていった。

ブックウォルターも同じく集団から脱落していた。
ワールドチームのエースも、余力を残せないほどに消耗していたのだ。

混沌とした集団から、満を持してバルディアーニのエースであるジウリオ・チッコーネがアタックを仕掛けた。
思い切りの良い走りを見せ、山頂までの独走で駆け抜け、見事なステージ優勝を飾った。

アシストを失ったブリトンは、ライバルたちの猛攻撃を何とか耐え抜き、総合首位を守り抜く。

ブックウォルターは、ワールドチームの意地を見せ、2分6秒遅れのステージ10位にまとめて、何とか総合5位をキープした。

しかし、アイゼンハートは2分49秒遅れのステージ15位となり、総合11位にまで転落してしまった。
とはいえ、メイン集団内でひたすら待機して、ライバルに攻撃を仕掛けるわけでもなく、ひたすら耐える走りをしていたその他大勢とは一線を画す、ワールドクラスの攻撃性を見せたことは間違いなかった。

思い返せば、アイゼンハートは常に集団前方でレース展開することを好んでいた。
風の抵抗が強い集団前方で走ることで、無駄な力を消耗していた部分も否めない。
しかし、そのアグレッシブな走りをいつも心がけていたからこそ、ブックウォルターの動きに即座に反応することができて、ラリーのアシスト陣を壊滅に至らしめる攻撃性を発揮できたのだ。

アイゼンハートの魅力はパフォーマンスだけではない。
機敏にレースの動きを察知して、自らの判断で動いていける積極性と、卓越した攻撃センスがプロサイクルロードレーサーとしての魅力だろう。

次はコロラド・クラシックにエントリーしており、恐らく9月のツアー・オブ・アルバータにも出場するだろう。
良い走りを見せるだけでなく結果にもこだわりたいところだ。
アイゼンハートのアグレッシブな走りに、大いに期待したい。

Rendez-Vous sur le vélo…

References

References
1 テイラー・エイセンハートのこと。アメリカの中継ではEisenhartを「アイゼンハート」に近い発音で呼んでいた。また、かつて大統領を務めたアイゼンハワー(Eisenhower)もいる。サイバナでは今後、「アイゼンハート」と表記する。

2 COMMENTS

いちごう

今回、自分はこのレース観てないんです。
しかしこのコラムだけでいかに壮絶なレースだったか良く分かります。

自分よりも上位の選手や格上の選手に立ち向かい、逆転するにリスクを負って攻撃するしかない訳で。
集団でレースの大半を過ごし、最後の超級山岳だけ動いたバルディアーニは賢く立ち回った訳ですが、結果総合逆転できませんでした。
そしてアイゼンハートも総合優勝を手にすることは叶わなかった訳ですが、同じく優勝を逃したチッコーネと決定的に違うことがあります。
それはレースファンの心に強く残ったであろうことです。
今回はアメリカのレースではありますが、ヨーロッパの玄人レースファンは結果よりも過程を評価する傾向が強いので今回のアイゼンハートの積極的なレース展開は、彼らの目にも強く印象に残ったはずです。そして、当然他のチーム関係者にも。
リスクを恐れず積極的に走ることは「勝者のメンタリティ」です。勝てる選手になるために絶対必要なこと。
もちろんそれが無計画で無謀な動きなら意味がありませんがアイゼンハートには他に選択肢が無い状況でした。
多くの場合、アイゼンハートと同じ状況ならば「現在の順位を落とすリスクを考えてしまい、結局動かない。」というパターンが少なくありません。

アイゼンハートは総合逆転と総合キープを天秤に掛けて逆転を目指して動いた訳で、そこは大きく評価されるはずです。
自分もそういう攻撃性のある選手は大好きです。

自分の個人的評価ですが、積極的なレース展開とファンを惹きつけるカリスマ性から、ムセーウ、パンターニ、コンタドール、カンチェラーラらと同じ「自ら攻撃する王者」の資質を備えているので、近いうちにトップシーンでも姿を見られるように思えます。
もしかしたら、来年はどこかのプロツアーチームで走ってるかも知れませんね。

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アバター画像 サイバナ管理人

いちごうさん

バルディアーニの目的は総合逆転ではなく、ステージ優勝だったので目的は果たせたかなと思います。
むしろ、防戦一方だったユナイテッド・ヘルスケアやジェリーベリーは、総合2・3位あたりで終わったので、もう少し工夫する余地があったのではないかと見ています。

> 多くの場合、アイゼンハートと同じ状況ならば「現在の順位を落とすリスクを考えてしまい、結局動かない。」というパターンが少なくありません。

これですよね!
リスクを恐れず、レースを盛り上げる動きを自分の判断でできることが素晴らしいです。

ワールドチームでの活躍を楽しみにはしたいのですが、本人に世界志向があるのかどうかがわかりませんが、ステップアップを期待したい選手の一人です!

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