サイバナ

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コラム ブエルタ・ア・エスパーニャ2018

スペイン自転車界の未来を託された男、エンリク・マスがエンリク・マスである理由とは?

「彼はスペイン自転車界の未来だよ」

2017年ブエルタ・ア・エスパーニャ最終ステージ、パレード走行中のアルベルト・コンタドールは国際中継のカメラに向かってエンリク・マスをそう紹介した。

前日の第20ステージは、魔の山アングリルへフィニッシュするクイーンステージだった。引退を決めていたコンタドールは、決死のアタックを仕掛けてアングリルを駆け上がると、逃げ集団に乗っていたマスやマルク・ソレルらと合流。

「自分のステージ優勝を狙ってコンタドールと一緒に山頂を目指すことにした。けれども、力が足りずに途中で千切れてしまったんだ」とレース後にマスは語っていたが、実際はコンタドールのために前をひくマスの姿が見られた。

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というのも、マスはコンタドールが運営するスペインの育成チーム出身の選手だった。マスにとってコンタドールは憧れの対象であると同時に、恩人であり師匠でもあるのだ。

雲の上のような存在であるコンタドールが、現役最後のレースで、本当に最後のステージ優勝のチャンスに向かって全力の走りを、マスは間近で体感することができた。時間にすれば数分程度だったかもしれないが、マスに与えた精神的なプラスの影響はとても大きかったことだろう。

そのような縁があって、有終の美を飾ったコンタドールは、リップサービス的な側面もあっただろうが、マスのことを「スペイン自転車界の未来」と称した。

あくまで「スペイン自転車界の未来」であって「コンタドールの後継者」ではない。

そして、スペイン自転車界もまた、コンタドールが引退後のスター選手候補のプロモーションに躍起になっていた。もちろん、メディアも同様である。その際に「コンタドールの後継者」というワードはあまりにもキャッチーとなる。

事あるごとにマスは、第二のコンタドールといわれることについてどう思うか?君こそがコンタドールの後継者ではないか?と質問責めにされていた。そのたびにマスは「ぼくは最初の"エンリク・マス"になりたい。次の"コンタドール"ではなくてね。」と答えた。

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孤立無援の戦い

マスは再びブエルタの舞台で戦っていた。

クイックステップフロアーズの最優先事項はエーススプリンターのエリア・ヴィヴィアーニで勝利を量産すること。そのためのトレインを形成する平坦系の選手を中心のメンバー構成となっていた。ローレンス・デプルス、ドリス・デヴェナインスの2人が登坂力を兼ね備えた選手ではあったものの、難関山岳の上りに入ってペースが上がると、ついていけずに脱落してしまう。マスは孤立無援のままの戦う場面が多かった。

集団内で耐える走りを中心に、タイムを落とさないようコンサバティブな走りを続けていた。マスは第1週目には多くのタイムを失ってしまったものの、大会後半を迎えるほどに調子を上げていった。

第16ステージの個人タイムトライアルでは、会心の走りを披露。TTスペシャリストに匹敵するタイムでステージ6位となり、気がつけば総合5位まで浮上していた。実績ある総合系選手たちに比較すると、マスの存在は限りなくノーマークだった。番狂わせの好走で、総合上位を狙う脅威として認識され始めた。

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翌日の第17ステージ。最大勾配24%の超激坂フィニッシュで、マスは総合上位勢のなかでは誰よりも早く山頂に到達した。ついに表彰台圏内となる総合3位に浮上したのだ。

第19ステージでは、最後の上り区間でモビスターとロットNL・ユンボがチーム力を発揮する走りを見せて、総合5位のステフェン・クライスヴァイクの先行を許してしまう。為す術のないマスは、集団内でひたすら耐えていた。同じように集団に取り残された総合4位のミゲルアンヘル・ロペスを徹底的にマークし、自分の順位を守ることで精一杯だった。フィニッシュに先着したクライスヴァイクが再び総合3位に浮上したが、マスは17秒差の4位を死守した。

そして、第20ステージを迎えた。

勝利への渇望

クイックステップは、貪欲に勝利を求める自分たちを"狼の集団(ウルフパック)"と自称し、今シーズンはこの時点で63勝と破竹の勢いで勝ち続けていた。さらにグランツールでは、2016年ブエルタ以来6大会連続して最多勝チームとなっていた。

今大会は第19ステージまでに、ヴィヴィアーニがあげた2勝止まり。最多勝チームはローハン・デニスが2勝、アレッサンドロ・デマルキが1勝をあげ、計3勝のBMCレーシングチームだった。

残るは2ステージ。ウルフパックとして、最多勝チームの座は譲るわけにはいかなかった。単独トップで最多勝チームとなるためには、クイーンステージでの勝利と最終日のスプリントでの勝利が必要不可欠だった。

第20ステージはわずか100km足らずの区間に、6つのカテゴリー山岳が詰め込まれた難関山岳ステージ。序盤の上りから既にマスの周りにはチームメイトが誰もいなくなるほどの厳しいコースだった。

フィニッシュまで38kmほど残した1級山岳ベシャリス峠の途中で、アシストに引き連られながらロペスがアタック。逃げ集団に乗っていたアシストと合流にメイン集団との差を広げにかかった。

マスはどうすることもできない。このときに自分にできることは、耐えること。そして、次に訪れるチャンスを逃さないよう集中することだった。

アスタナのチームプレーにより、ロペスのアタックは完ぺきなタイミングで決まったかに見えたが、ミッチェルトン・スコットのアダム・イェーツが凄まじい働きを見せ、ロペスは集団から思うようにタイムを広げることができずに吸収。不発に終わってしまった。

下り区間に入ると、ナイロ・キンタナがアタック。ここへ再びアタックしたロペスがジョインし、2人が先行する展開となる。

フィニッシュまで残り20kmを切ろうかというタイミングで、ついにマイヨロホを着るサイモン・イェーツが動いた。千載一遇の好機にマスは飛びついた。サイモンと共に先頭のロペスとキンタナに追いついたのだ。

もはやマスの頭のなかには総合表彰台のことは全く見えていなかった。誰よりも早く山頂に到達すること。つまりステージ優勝することがだけを考えていた。脚質はクライマーだとしても、マスは「ウルフパック」の一員なのだから。

ハイペースで突き進むロペスと共に山頂を目指し、そしてロペスとマッチスプリントとなった。最終コーナーを曲がるとすぐにフィニッシュ地点がやってくるコースレイアウトで、マスはロペスのラインにギリギリかぶさるようにして、コーナーに突っ込んだ。オーバースピード気味にコーナーを曲がると、横目でロペスの位置を確認。少なくとも真横にはいないことがわかると、フィニッシュまで残り数十メートルを全開でもがいた。

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勝利を確信すると、心の奥底から感情を爆発させたような力強いガッツポーズを繰り出していた。

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師匠のコンタドールが有終の美を飾ったステージ勝利からちょうど1年後。今度はマスがステージ優勝を飾った。それは師匠のような苛烈な攻撃性を発揮した結果ではないとしても、ウルフパックの一員として全力で勝利を狙った結果である。

そして、クライスヴァイクを逆転しただけでなく、総合2位のアレハンドロ・バルベルデをも逆転して総合2位に浮上したのだ。完全にノーマークの存在から、一気に総合2位へ。しかも、コンタドールが引退した翌年のブエルタでの出来事だ。

第20ステージの勝利者インタビューで、「あなたは第二のコンタドールですか?」という質問に対して、マスは笑顔でこう答えた。

「いいえ、ぼくはエンリク・マスだよ」

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