サイバナ

これからサイクルロードレースの話をしよう。略して『サイバナ』。サイクルロードレースのレース結果やコラムなど、お届けします。

アムステルゴールドレース2017 コラム

フィリップ・ジルベールは、『牛乳を注ぐ女』のフェルメールである。とは?

サイクルロードレースは芸術だ。
偶然と計算が織りなすレース展開には、美しさを感じる。

昨年のブエルタ・ア・エスパーニャ第20ステージでオリカ・バイクエクスチェンジが見せた、見事な前待ち作戦は見事だった。

さいたまクリテリウムで、マイヨ・ジョーヌとマイヨ・ヴェールとマイヨ・ブランと全日本チャンピオンジャージが同時に逃げたことは、決して台本に書かれたシナリオではなく、偶然と必然が重なって生じた美しい走りだった。

2週間前のロンド・ファン・フラーンデレンは歴史的な作品となった。
55km独走勝利は、ジルベールの底力だけではなく、ペーター・サガンの落車という偶発的な出来事が重なったことで生まれた名作だと言えよう。

アムステルゴールドレースで、ミカル・クヴィアトコウスキーとの新旧世界チャンピオン対決を制して、4度目の優勝を飾った。

ジルベール強し。という感想を誰もが抱いたことだろう。

だが、この日のレースをつぶさに振り返ってみると、いつの間にか『牛乳を注ぐ女』について調べている自分がいたのだった。

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芸術大国オランダが産んだ名画家の一人

オランダ国内には1000を越える美術館がある。

対して日本国内の美術館数は1200を越えるそうだ。
国立の施設に限っても400程度だ。

オランダの人口は日本の9分の1程度、国土面積は九州地方と同じくらいの国であるにもかかわらず、日本と同レベルの美術館数を誇ることが、芸術大国であることをよく表していると思う。

オランダで世界的に有名な画家が3名いる。

『ひまわり』のゴッホ。
『夜警』のレンブラント。
そして、『牛乳を注ぐ女』のフェルメールだ。

この『牛乳を注ぐ女』という絵は、なぜ名作なのか?
パッと見では、凄さがわからない。

よく見ていくと、窓から注ぐ光を表現する明暗の対比が美しく、非常にリアルで精巧に描かれた作品だと気付く。
そして、この絵は1658〜1660年あたりに描かれた作品であると知り、二度驚くのではないかと思う。

名画は美しいな。リアルだな。精巧だな。と思うだけでも、十分に芸術を楽しむことが出来る。

だが、フェルメールの真髄は、より深いところにある。

一つは、絵画全体の立体構造だ。
自然な遠近感を生み出す、精巧な構図なのだ。
緻密な計算の元、描かれた作品にもかかわらず、その計算の痕跡が一切残っていないことも素晴らしい。

女性の着るエプロンには、高価なラピスラズリを原料としたウルトラマリンを使って描かれている。
高価な画材を、なぜ「エプロン」というさほど重要ではない部分に使用したのだろうか。

フェルメールは年に2〜3作品ペースで作品を生み出しており、生涯で30数作品しか描いていない。
その中で、いったいなぜ社会的に地位が低いとされる、この女性をモデルに描こうと思ったのか。

これらは「フェルメールの謎」と称され、数々の書籍によって解説がなされている。

だが、真実はわからない。
あくまで推測だ。

逆に言えば、見るものに解釈を委ねることが出来る点が、芸術の良さなのかもしれない。

ジルベール、4度目のアムステルゴールドレース制覇

話をアムステルゴールドレースに戻す。

残り40km地点のクルイスベルグで、ティージ・べヌートのアタックを、ジルベールがマークした。

この動きがきっかけとなり、逃げ集団が形成される。

ジルベールは、逃げ集団で積極的に牽いていた。
同じグループには、スプリント力に優れるホセホアキン・ロハスやミカエル・アルバジーニなどいるにも関わらず、とてもよく働いていた。

残り30kmを切ると、メイン集団からブリッジをかけてきたミカル・クヴィアトコウスキーが合流してからも、ジルベールは牽引を緩めなかった。

そして、残り6kmでクヴィアトコウスキーのアタックをチェックして、2人で飛び出すことに成功。
そのままマッチスプリントを制して、4度目のアムステルゴールドレース優勝を飾った。

ジルベールは強い。絶好調だ。
かつてアルデンヌ・クラシック4連勝を達成した時の力を取り戻している。

というふうに見えた。

ジルベールの真髄は、地力の強さだけでなく細かな工夫にある

クルイスベルグで逃げ集団が形成されてから、力強く逃げ集団を牽引した理由は明確だ。

今年のアムステルゴールドレースでは、スプリンターが有利なコースレイアウトになっているため、スプリンターをフィニッシュ地点まで引き連れていきたくなかったからだ。
ソニー・コルブレッリ、マイケル・マシューズといった調子の良いスプリンターを、置き去りにする必要があったので、逃げ集団を積極的に牽引したのだろう。

次にクヴィアトコウスキーが合流してからの動きが重要だった。

コルブレッリやマシューズの次に脅威となるのが、フレフ・ヴァンアーヴェルマートとアレハンドロ・バルベルデだった。
バルベルデのチームメイトであるホセホアキン・ロハスを除く、逃げ集団にいたクヴィアトコウスキー、セルジオルイス・エナオ、ミカエル・アルバジーニ、ネイサン・ハース、ヨン・イザギーレの誰もが、ヴァンアーヴェルマートとバルベルデには追いつかれたくないと思っただろう。

とはいえ、このまま逃げ切ると数的優位を築くクヴィアトコウスキーが圧倒的に有利だ。
アルバジーニ、ネイサン・ハース、ヨン・イザギーレがローテーションに協力的になるためには、クヴィアトコウスキーにも働いてもらうしかない。

そこでジルベールは、クヴィアトコウスキーに提案する。
後ろを引き離すために、ローテーションに協力してくれと。

ジルベールも自ら力強い牽引を見せ、逃げ集団を鼓舞してみせた。
すると、ロハスを除く6名で綺麗にローテーションしながら、ヴァンアーヴェルマートグループを引き離すことに成功した。
クヴィアトコウスキーにもローテーションさせたことで、わずかながら脚を削ることが出来た。
わずかな積み重ねが最後の最後で生きてくる。

ジルベールが自らを犠牲にしながら、逃げ切りを確定させるために働いていたように見えたことだろう。
だが、本当の狙いは別にあった。

ハイペースでローテーションし続けたことによって、逃げのメンバーたちは疲弊していた。

ライバルたちの消耗ぶりを見抜いたジルベールは、残り6kmのベメレルベルグで仕掛ける予定だっただろう。
結果的に、先にアタックしたのはクヴィアトコウスキーだったが、ジルベールは難なくチェックする。

しかし、他のライバルたちは皆消耗していて、ジルベールたちから遅れてしまった。

ジルベールは再びクヴィアトコウスキーに「残り1kmまで協力しよう」と、話を持ちかける。

言葉どおり、二人は綺麗にローテーションしながら一気に後続グループを引き離す。
残り1km地点では、20秒以上リードを築いていた。

いよいよ、スプリントのための牽制がはじまる。

ジルベールが先行し、数mの間隔を空けてクヴィアトコウスキーが機をうかがう展開となった。
クヴィアトコウスキーは、ミラノ〜サンレモでの対ペーター・サガンと同様の作戦を用いてきた。

だが、ジルベールは一切反応しない。
じりじりと詰め寄る、後続集団のプレッシャーも借りて、クヴィアトコウスキーに無言の圧力をかける。

ジルベールはもう一つ、重要なポイントに気付いていた。
フィニッシュ地点では、強い向かい風が吹いていたのだ。
逆風の中では、先に仕掛けた方が不利になる。

残り300mを切ったところで、たまらずクヴィアトコウスキーがスプリントを開始する。
待ってましたとばかりにジルベールもクヴィアトコウスキーを追う。

ミラノ〜サンレモを制したクヴィアトコウスキーのスプリント力は一級品だった。
一気にジルベールとの差を3〜4車体分ほど開き、勝負あったかと思われた。

だが、ジルベールの見立て通り、強い向かい風にあおられたクヴィアトコウスキーのスプリントはそれ以上伸びなかった。
逆にゆっくりとトップスピードに乗ったジルベールが、フィニッシュライン寸前でクヴィアトコウスキーをかわした。

ジルベールの勝利は、独走力の高さ・スプリント力の高さがベースとなっていることは間違いない。
しかし、独走力・スプリント力のどちらも、クヴィアトコウスキーに勝っていたかというと、決してそうではないと思う。

逃げ集団内の選手、そして追走集団の選手の力量のバランスを考慮した、絶妙な駆け引きが素晴らしかった。
261kmのレースを走って、肉体的に疲労しているだろうに、ジルベールの頭脳は最後の最後まで冴え渡っていたのだ。

残り40km地点のクルイスベルグで逃げ集団が形成された時、あのメンバーが揃ったことは偶然である。
クヴィアトコウスキーがブリッジをかけてきたことも、ジルベールからすれば偶発的な出来事だ。

それら偶然の上に、必然を重ねていくことで勝利を掴み取った。
まるでフェルメールのように、緻密な計算に基づいているとは知らずに、パッと見で「強い」という印象を与えるジルベールの走りは非常に芸術的だ。

体力面では、2011年のジルベールの方が上かもしれないが、戦術面を含めた総合的な力は、今のジルベールの方が上かもしれない。

この後も、フレーシュ・ワロンヌ、リエージュ~バストーニュ~リエージュとアルデンヌ・クラシックは続く。
ジルベールへのマークは一層厳しくなると思われるが、全盛期を越えたジルベールは再び名作を生み出してくれるに違いない。

Rendez-Vous sur le vélo…

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-アムステルゴールドレース2017, コラム