プロフィール

管理人のプロフィール

2016/10/31

はじめまして!

サイクルロードレース専門サイト『サイバナ』の管理人、あきさねゆう(Twitter:@saneyuu)と申します。

わたしのパーソナルなプロフィールよりも、どんなサイクルロードレース好きが書いているのかが重要であるかと思い、ロードレース観戦歴を書き連ねてみました。

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管理人のロードレース観戦歴

2004年『目覚めの年』

2004年のツール・ド・フランスが、わたしが初めて見たサイクルロードレースです。

大ひまわり畑を、大勢の自転車が高速に走る風景の美しさに見惚れて、そのまま他のステージも視聴を続けました。

この年の大きなトピックは、まだ無名選手だったトマ・ヴォクレール(フランス)がマイヨ・ジョーヌを獲得した上に、周囲の予想に反して第14ステージまでジャージを守ったことです。

当時のわたしには、ランス・アームストロングというツール5連覇中の絶対的王者に無名選手が立ち向かう構図に見えて、胸が熱くなった記憶が残っています。

また、7月14日のフランス革命記念日にあたり、かつ今大会最長距離を走る第10ステージで、リシャール・ヴィランク(フランス)が独走逃げ切りを決めたステージも脳裏に焼き付いています。

標高1000mを越える山々を、しかも後半60kmくらいは単独で走り切って勝ってしまう、自転車選手の体力の凄まじさに衝撃を受けました。

この頃のランス・アームストロングのライバルである、ヤン・ウルリッヒ(ドイツ)よりイヴァン・バッソ(イタリア)の方が好きでした。選手の特徴とか性格ではなく、名前の響きの問題だと思います。

2005〜2008年『雌伏の年』

この頃は、大学に通っていて、ほとんど家にいることが無かったので、サイクルロードレースはおろか、ツール・ド・フランスもほとんど見ていませんでした。

なので、フロイト・ランディス(アメリカ)やミカエル・ラスムッセン(デンマーク)の問題でサイクルロードレース界が大いに揺れていたことも、後から知りました。

アルベルト・コンタドール(スペイン)が台頭して来た頃ですが、わたしが認識するのは2009年のことでした。

2009年『再起動の年』

ランス・アームストロングが現役復帰したツール・ド・フランスを観戦。

ランスをアシストするリーヴァイ・ライプハイマー(アメリカ)、ヤロスラフ・ポポヴィッチ(ウクライナ)ら、総合力は高いけどエースを任されるとなかなか勝ち切れない系の選手が凄く好きになりました。

マーク・カヴェンディッシュ(イギリス)がスプリントで勝ちまくる中、山を越えてポイントをコツコツ稼いだトル・フースホフト(ノルウェー)がマイヨ・ヴェールを獲得、アンディとフランクのシュレク兄弟とコンタドールの対決など、見どころが多く、思わずDVDボックスを購入したほどです。

また、この年に初めてロードバイクを購入します。ランスとポポヴィッチの影響で、アスタナをイメージしたデザインのTREKのバイクを購入しました。

この頃は、まだランスはわたしにとってのヒーローでした…。

2010年『波乱の年』

この年はツール以外のレースも注目しだします。

アムステルゴールドレースで優勝したフィリップ・ジルベール(ベルギー)のカッコよさに惚れ、アムステルゴールドレースのDVDを買ってしまいました笑

アイスランドでの火山噴火の影響で、ヨーロッパの広範囲で飛行機が飛ばず、このアムステルゴールドレースには現地入り出来なくて出場出来なかった選手が大勢いるレースにも関わらず、なぜDVDを買ったのかは今も謎です。

ツール・ド・フランスでは、アンディ・シュレク(ルクセンブルク)とコンタドールの一騎打ちの様相を呈して、中盤以降は総合争いが白熱していました。

しかし、第15ステージの終盤の勝負どころで、アンディにメカトラが発生し、コンタドールたちはアンディを待たずにレースを進めてしまいました。これが論議を呼ぶ結果となり、結果的にこのステージ失ったタイム差が致命的な差となり、アンディは総合2位でした。

しかし、コンタドールのドーピングが発覚(これも論議を呼ぶところですが…)し、翌々年にアンディが繰り上げ優勝になるという、何とも言えない結果でしたね。

個人的には、ランスが度重なる落車により大幅にタイムを失ったしまった第8ステージと、果敢に逃げた第16ステージが印象に残りました。あと、大ベテランのアレッサンドロ・ペタッキが苦手な山を登って、マイヨ・ヴェールを獲得した職人芸のような技にも感動しました。

2011年『ジルベール爆発』

とにもかくにも、ジルベールイヤーでした。

アルデンヌクラシック3連勝という、とんでもない偉業を成し遂げ、ただただジルベールの強さに驚くばかりの一年でした。

ツール・ド・フランスでは、この年からレオパード・トレックに移籍したシュレク兄弟vsカデル・エヴァンス(オーストラリア)の熱き戦いが繰り広げられました。
兄のフランクが、弟のアンディのためにエヴァンスにアタックを何度も仕掛ける状況には、胸が熱くなりました。それにTREKのバイクに乗っていたわたしは、無条件でシュレク兄弟のファンになりました笑

そして、何と言ってもトマ・ヴォクレールが第19ステージまでマイヨ・ジョーヌを守り続けたことです!もう絶対に無理だろうと思われていた第18ステージで、15秒差でマイヨ・ジョーヌを死守した時の苦しそうなガッツポーズはとても印象に残っています。

第18ステージは、アンディも単独アタックを成功させ、前待ちしていたアシストの助けも借りて、エヴァンスとのタイム差を逆転することに成功しています。個人的にツールベストレースの一つだと思っています。

最終的に第20ステージのTTで、抜群の走りを見せたエヴァンスが、逆転でマイヨ・ジョーヌを獲得しました。初めてマイヨ・ジョーヌを身にまとって走ったアンディでしたが、エヴァンスには遠く及ばず。

エヴァンスもずっと期待されながら、なかなか届かなかった頂点にようやくたどり着いた感慨深さ、アンディも3年連続2位という何かを持っていない感じ。この何とも言えない空気感も込みで、2011年のツールは最も印象に残ったレースかもしれません。

そして、2011年はブエルタが熱かったです!

ファンホセ・コーボ(スペイン)とクリス・フルーム(イギリス)の大熱戦で、最終的に13秒差でコーボがマイヨロホを獲得しました。

グランツールで、こんな接戦があるのか!とリアルタイムで目の当たりにして、感激したものです。

2012年『不穏な年』

コンタドールのドーピングが確定し、アンディ・シュレクが繰り上げでツール・ド・フランス総合優勝の座を手にしました。

素直に喜んでいいのかわかりませんが、母国ルクセンブルクでは受賞セレモニーまで行われました。

ツール前哨戦のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでは、アンディが監督のヨハン・ブリュイネールを批判するシーンも見られ、何かアンディのまわりに不穏な空気が漂っているように見えました。

ドーフィネ第4ステージで落車し、第6ステージ途中でリタイアします。結果、骨折が判明し、ツール・ド・フランスは欠場することになりました。

ここから、アンディの何かがおかしくなってしまったように思えます。結局この年以降、全くレースで結果が出せなくなってしまい、2014年シーズンを持って引退してしまいます。この時、まだ29歳でした。

また、ランス・アームストロングへのドーピング処分が確定したのもこの年の出来事です。

ランスに影響を受け、TREKのバイクを買い、ランスに関する著書も何冊も読んでいたわたしにとっては、普通にショックでした。

どこまでが本当なのか、他にもやっていた人はいたのだろうか?思うことはありましたが、今は処分された結果が全てと受け入れて、かつてのヒーローの姿はなるべくそのままにしておこうと思っています。

そんな中ツールでは、チームスカイが兎にも角にも主役でした

ブラッドリー・ウィギンスを勝たせることが至上命題のチームですが、世界チャンピオンジャージを着るマーク・カヴェンディッシュ、前年のブエルタ総合2位のクリス・フルームが出場し、案の定不穏な空気が漂うレースとなりました。

というわけで、わたしはフルームにあまり良い印象を持っていませんでした。

2013年『クインターナの年』

この頃より再び私生活が非常に忙しくなり、ロードレースのチェックがおろそかになり始めます。

ツール・ド・フランスでは、前年まで苦渋を味わっていたフルームが圧倒的な強さを見せ、総合優勝しました。

しかし、わたしはフルームがあまり好きではなかったので、ナイロ・クインターナという新星に非常に注目していました。

今では 『キンタナ』という呼称が一般的ですが、『クインターナ』って響きはカッコ良かったですよね。

そんなことはどうでも良くて、小柄な選手にもかかわらず、力強いクライミングを見せ、まだ23歳という若さに、とても惹かれました。

2014〜2015年『空白の年』

この頃は、ほとんど記憶がありません。

2014年のツールでは、フルームとコンタドールが落車リタイアして、ついにニーバリが総合優勝したことはうっすらと覚えています。

2015年ツールも、またフルームが勝ったんだ〜。くらいの印象です。ほとんどレースを見れていません。

ところが、そんなわたしに火をつけたのが、2015年のブエルタでした。

何と言っても第20ステージのトム・ドゥムランに対するファビオ・アル擁するアスタナの総攻撃が見事すぎるくらい実ったレースです。

この日、サイクルロードレースの底知れぬ面白さに再び気付かされたような気がしました。そして、なぜかファビオ・アルではなく、ルイスレオン・サンチェスが非常に好きになりました笑

2016年『誕生の年』

ブログを始めました。本ブログ『サイバナ』ではなく、もう一つ運営しているサイトを始めました。

そちらの運営が順調となり、軌道に乗った7月に『ツール・ド・フランス』を大特集します。

ボーラ・アルゴン18のアシスト選手のレビューを書いている記事は、日本国内には無いと思い、『ツール・ド・フランス2016全選手レビュー【全22チーム、198名網羅】』という記事を書き、この記事をきっかけに当サイトを懇意にしてくださった方も多くいるかと思います。

毎日、結果速報を書いて、大きな反響を得ることが出来ました。この一連の出来事を通じて読者さんと一緒にラーメンを食べに行く機会にも恵まれました。

またこのツールでは、フルームの歴史的なダウンヒルと、歴史的なランニングに、歴史的なマイヨ・ヴェールとのアタックを目撃し、わたしは完全にフルームの虜となりました。それまでは、『はいはい、どうせフルームが勝つんでしょ』みたいなテンションでしたが、今では『フルーミー!I Love You!』という変わり様です。

さいたまクリテリウムが楽しみで仕方がありません。

また、ツアー・オブ・カリフォルニアでのジュリアン・アラフィリップの走りを見て、またツールでの不屈の闘志を目の当たりにして、彼の大ファンにもなりました。

ツアー・オブ・ジャパンの堺ステージを現地観戦した際に、新城幸也選手と握手して一緒に写真を撮ることが出来ました。病み上がりにもかかわらず、時間の許す限りファンサービスに努める姿に心打たれました。ユキヤにゾッコンです。もはや愛です、愛。

ということで、現在のイチオシ選手はフルーム、アラフィリップ、ユキヤ、そしてフミですね!

話が逸れてしまいましたが、そう言ったこともあって、これはサイクルロードレース専門サイトを作った方がいいなと思い、この『サイバナ』を立ち上げることに至りました。

サイト名のユライは、…間違えました。サイト名の由来は単純に『サイバナ』という短くて覚えやすい言葉にしたかっただけです。その方が『サイバナ』という名前に愛着を持ってもらえるかなと思いました。「これからサイクルロードレースの話をしよう」はもちろん大ベストセラーのオマージュですw

そうして、ブエルタ・ア・エスパーニャに合わせて準備を進めて、開幕前の8月18日にサイトを公開しました。

この後の話は、当サイトの記事をお読みください。

『サイバナ』の目指すところ

サイクルロードレースと言えば『サイバナ』だ!となるくらい、レースに特化した情報を発信して行きます。

メインコンテンツは、

・レースプレビュー
・出場選手情報
・結果速報(わたしの体力に無理のない範囲で不定期に行いますので、どうかご勘弁を)
・主観まみれのコラム

を軸に更新して行きます。

その上で今後は、

・サイクルロードレース観戦初心者向けの記事の充実(レースの流れや、選手の役割、仕組みについて)
・ロードバイクに関する情報発信
・(来年以降になるかも)Jプロツアー情報の充実
・(余裕があれば)全チーム全選手名鑑をつくる!

ということも考えています。

もしくは、こういうことをやって欲しい!等のリクエストがあれば、ぜひご連絡いただきたいです。

とはいえ、このプロフィールの通り、歴戦のプロ級のサイクルロードレースファンの方々からすれば、若輩者が何を言うんだと思われるかもしれません。

正確性に欠く情報、間違った理解のまま、ねじ曲がった主張を展開することもあるかと思います。その際、よろしければコメント、Twitter、メール等でご指摘・叱咤激励の言葉をいただければ幸いです。

そしていつの日か、サイクルロードレースがサッカーや野球のようにメジャースポーツとなる日を夢見て、微力ながらサイクルロードレース界の発展に貢献出来ればと思い、一生懸命サイト運営していく所存です。

わたし一人の力では、世を変えることは到底無理です。是非とも、読者の皆さまと一緒に、盛り上げていくことが出来るなら、歓喜ここに極まれリでございますし、世界が変わるかもしれません。

特に、Twitter、Facebook等SNSでのシェアは大歓迎です!

コメントもドシドシお待ちしています!1)業者対策のため、コメント承認制にしております。反映まで時間がかかる場合がございますが、ご容赦ください

今後共、『サイバナ』をよろしくお願いいたします。

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1. 業者対策のため、コメント承認制にしております。反映まで時間がかかる場合がございますが、ご容赦ください

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