ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したことが話題だ。
筆者は、あまりロックを嗜んでいないため、どのような価値があることなのか深く理解してはいないが、『ボブ・ディランが獲得していないものは、あとはオリンピックの金メダルくらいだ』という記述を見て、ロックに限らない分野にまたがって活躍していることは理解した。
ペーター・サガンもまた、プロ自転車選手として幅広い活躍をしている。音楽を奏でているわけではないが、堂々たる振る舞いから『ロックスター』とも呼ばれている。
元々はマウンテンバイクやシクロクロスの選手として世界選手権のジュニア部門で優勝したことがある。後にロードレースに転向してからは、パンチャーとして、いわゆる登れるスプリンターとして活躍して来た。
近年は登れるだけでなく、真っ平らな平坦スプリントステージでピュアスプリンターたちに混じって、互角のスプリントバトルを繰り広げたり、石畳や激坂を含むクラシックレースであるツール・デ・フランドルで優勝したり、ツアー・オブ・カリフォルニアのような超級山岳コースが組み込まれたステージレースで総合優勝することもある。
さらに、リオ五輪男子MTBに出場するなど、多才を発揮している。
もはや、ピュアクライマーほどの登坂力がないだけで、後は全て兼ね備えていると言っても過言ではない。自転車に乗らせたら、世界一“うまく”乗りこなす人物はサガンであろう。
『アルカンシェルの呪い』を跳ね除けた
2015年、アメリカ・リッチモンドでの世界選手権で初優勝を果たしたサガンは、2016年シーズンをマイヨ・アルカンシェル着用者として臨んだ。
サイクルロードレース界では、『アルカンシェルの呪い』と言われるジンクスが存在し、世界選手権優勝者は翌シーズン軒並み成績を悪化させることが多い。
一例をあげると、2012年に優勝したフィリップ・ジルベールは、2013年シーズンの目立った活躍はブエルタ・ア・エスパーニャ第12ステージ優勝のみと、猛烈に勝ちまくったかつての面影は失われていた。
2013年に優勝したルイ・コスタは、翌シーズンはツール・ド・スイスのステージ1勝と総合優勝のみ。
2014年に優勝したミカル・クヴィアトコウスキーは、翌年パリ〜ニースのプロローグ優勝とアムステルゴールドレース優勝のみに終わる。
だが、サガンは違った。
2015年に優勝したサガンは、2016年シーズン自身初のUCIワールドツアーランキング1位になるなど、あらゆるレースで勝ちまくった。
誰が見ても、そこには『アルカンシェルの呪い』は存在していなかった。サガン自身もツールでマイヨ・ジョーヌを獲得した際に『アルカンシェルの方がいいと思っていたけど、黄色いジャージも悪くないね』と発言するほど、虹色ジャージを全く忌むことなく、大のお気に入りだった様子だ。
そして、迎えたドーハでの世界選手権。
イギリスが仕掛けた集団分断作戦の被害を受けそうになったが、持ち前の勝負勘と独走力を生かして、第1集団へのブリッジに成功した。30名ほどまで減った第1集団内に残った選手で、最後に第1集団にたどり着いた選手がサガンだった。
『自分が追いついた時点で、集団スプリント勝負になると思ったよ』とはサガンのコメント。サガンのレース脳が、自身にスプリント勝負に備えろと呼びかけたのだろう。マーク・カヴェンディッシュやアレクサンダー・クリストフなど、ピュアスプリンターも一緒にいる集団内で無用なアタックをすることなく、ピュアスプリンターとの真っ向勝負に備えて息を潜めた。
残り数百メートル地点、溜めに溜めた力をサガンは解き放ち、ピュアスプリンターのカヴェンディッシュやクリストフを寄せ付けることなく、誰よりも鋭い加速で、誰よりも早くフィニッシュラインに飛び込んだ。
歴代6人目となるロード世界選手権2連覇を果たした。
サガンは完全にサイクルロードレースの『スーパースター』だ。サガンほどスペシャルな自転車選手は未だかつて見たことがないのではないだろうか。
歴史的なスーパースター選手の活躍を、リアルタイムで観ることの出来る時代に生まれたことを幸運に思う。
ペーター・サガン、26歳。これからは新たな歴史を築くために走るだろう。
来シーズンは、ロードレースの象徴とも言える『パリ〜ルーベ』の勝利を狙ってくるだろうか。前人未到の『ツール・ド・フランス』のマイヨ・ヴェール6連覇は確実に狙うだろう。
何よりも、歴史上未だかつて誰一人として成し遂げたことのないロード世界選手権3連覇を狙ってくるに違いない。
来年ノルウェーで行われるロード世界選手権のコースには、平均勾配6.5%・登坂距離1.4kmの登りを含む周回コースで、フィニッシュまでの2.5kmは緩やかなカーブを含む平坦路だ。
パンチャーのサガンにとっても、スプリンターのサガンにとっても十分に勝機のあるステージではないかと思う。つまり、世界選手権3連覇は決して夢ではない、極めて現実的な目標だ。
来シーズンもサイクルロードレース界は、サガンを中心にまわっていくだろう。
Rendez-Vous sur le vélo…