グランツールで総合上位を狙うオールラウンダーにとって、タイムトライアルの出来は最も重要なポイントとなる。
どれだけ山で良い走りをしてタイム差を築いたとしても、たった1回のタイムトライアルで全てが水の泡となってしまいかねないからだ。
ジロ・デ・イタリアで総合優勝したトム・デュムランは、まさしくTTスペシャリストと言うべき脚質の選手だ。
それが、クライマー並に山を登れるようになってしまったので、とんでもなく強いグランツールレーサーへと成長したのだ。
デュムランの活躍を見れば見るほど、近年のグランツールではタイムトライアルの重要性がどんどん高まっているように思える。
たとえ距離が短いと言われる今年のツール・ド・フランスにしても同じことだと言えよう。
そして、タイムトライアルには偶然の要素が紛れにくい。
誰かを風よけに使うことは出来ず、ただ一人で黙々とペダリングする。
レース中に突然雨が降ってきて、路面のコンディションが悪化した。という事態を除けば、外部からの影響は受けにくく、如実に実力差が反映されやすいのだ。
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ第4ステージは、ツールを見据える総合系選手たちにとって、現在のパフォーマンスをハッキリクッキリ表す試金石となった。
途中平均勾配5%ほどの登りを含む、アップダウンのあるコースレイアウトだったとはいえ、TT世界チャンピオンのトニ・マルティンを下してステージ優勝したリッチー・ポートはスペシャルだった。
対して、ツール3連覇を狙うクリス・フルームは中間計測こそ3位を記録したものの、後半に失速しステージ8位に終わった。
ポートだけでなく、アレハンドロ・バルベルデ、アルベルト・コンタドールからも遅れを喫する結果となった。
不調がささやかれている今シーズンのフルーム
フルームはドーフィネまでに、カデルエヴァンス・グレートオーシャンロードレース、ヘラルド・サンツアー、ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ、ツール・ド・ロマンディと、1つのワンデーレースに3つのステージレースしか出場していない。
出場レース数の少なさは毎年恒例のことであり、昨シーズンはグレートオーシャンロードレースがリエージュ~バストーニュ~リエージュに変わっただけでレース数自体は同じだ。
レースに出場していない間は、スペインの山岳地帯を中心にトレーニングに励んでいる。
これも例年通りの調整方法である。
だが、今年は内容があまり良くない。
かつて総合優勝したことのあるヘラルド・サンツアーでは総合6位、ツール・ド・ロマンディでも総合18位となっており、今シーズンは未だにステージ優勝も総合優勝もない。
ツールを初めて制した2013年以降、ドーフィネまでに1勝もあげられてない年は一度も無かった。
いくらドーフィネで調子をあげてツールに臨むスタイルを貫くフルームでも、調子の悪さが目立ってしまう。
という状況で、ドーフィネの個人TTが8位。
この結果をどう捉えれば良いのだろうか。
フルームのコメントを読み解く
チームスカイの公式ホームページに掲載されているレースレポートから、フルームのコメントを意訳してみた。
※Froome eighth in Dauphine time trial
「リッチーは信じられない走りを見せ、バルベルデとコンタドールも非常に印象的なTTだった。レベルが上がってきていることは分かっていたが、今回のTTでそれが証明されたね。
ドーフィネが終わってから、TTのトレーニングを積む時間がまだ3週間もある。
もう少しトレーニングしなければならないことは明らかだからね。
ドーフィネまでに出来ることは全部やってるし、ツールまで前進あるのみだよ。
もしも、今日タイムを獲得していたら、今後の山岳ステージで守りの走りをしていたかもしれない。
今はタイムを挽回しなければならないので、山岳ステージでは攻撃的に走ることが出来るよ。
今日は良いテストだったけど、週末の3日間は重要なステージになる。
誰がどれくらいの調子なのか正確に見極める、もう一つの大きなテストになるだろうね。」
というコメントを残している。
コメントから読み取れることは、ドーフィネはあくまでもツールの準備期間でありつつ、ライバルの力量を正確に見極めて足りない部分をツールまでの3週間で準備しようと考えていることだろうか。
春先から好調のポートは、ツール・ド・ロマンディでもTTで好タイムを記録しており、想定の範囲内と思われる。
バルベルデの好調が未だに継続していること、そして完全に調整目的と宣言して走っているコンタドールに負けたことは想定外だったのではないだろうか。
フルームはあえてTT力を落として、登坂力をあげているという説を提唱したい
フルームの目標はツール・ド・フランスを3連覇することだ。
ただ、それだけだ。
したがって、今年のツールのステージに合わせて、自分の脚質を調整しているに違いない。
2013年と2016年のツールでは、個人TTが計50〜60km用意されていた。
フルームはその全てで1位か2位をとっており、大きくタイムを稼いでいた。
2013年は総合2位に4分20秒差をつけて、2016年は4分5秒差をつけて総合優勝している。
しかし、2015年は13.8kmの個人TTと28kmのチームTTがあるのみだった。
個人TTではナイロ・キンタナに11秒しか差をつけられず、チームTTでもモビスターに対して3秒のリードしか稼げなかった。
結果として、総合2位のキンタナには1分12秒差という比較的僅差で総合優勝を果たしている。
個人TTが長かろうが短じかろうが、フルームは総合優勝しているのだ。
今年のツールでは、TTの長さよりもいわゆる激坂と呼ばれる難易度の高い登りへの対応が問題となる。
キンタナだけでなく、ポートもバルベルデもコンタドールもダンシングを多用して激坂は得意としている。
しかし、フルームはペース走行で登ることを得意としており、激坂への対応力はキンタナたちに劣ると見られている。
そのため、ツールの激坂に対応できるように例年とは違うトレーニングを積んでいるのではないだろうか。
例えば体重を落として、より山岳向きの身体に仕上げているという要領でだ。
結果として、TTでは満足のいく走りが出来なかった上に、ライバルたちは比較的TTに向いている脚質に仕上げていることが分かった。
週末の山岳ステージでの、ライバルたちの走りと自分の走りを比べて、もう少し体重を重くしてTTに強い身体に仕上げる、といった微調整が必要があるかもしれない。
ならば、「ツールまで3週間ある」「週末の山岳ステージでライバルたちの調子を正確に見極めたい」と発言した意図も理解できる。
つまり、今シーズンのフルームは不調なのではなく、例年にない調整方法で仕上げている段階にあったためレースで結果が出せなかっただけと、筆者は見ている。
この推察が正しいかどうかは、週末のステージで明らかとなる。
第6ステージでは、平均勾配10.3%・最大勾配15%という激しい登りが登場する。
ツール本大会でもクイーンステージに採用されている登りだ。
ここでライバルたちを圧倒するフルームが見られるなら、今年のツールで総合優勝に最も近い存在はフルームであると言えよう。
もしもフルームが遅れるようなことがあれば、調整失敗による不調が明らかとなるだろう。
はたまた、完璧に仕上げたフルームを上回る走りをライバルたちは見せてくれるのか。
まさしくツール前哨戦。
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネから目が離せない。
Rendez-Vous sur le vélo…
TTでリードを奪い、山岳を耐えることでグランツールを制する。
この戦い方はミゲール・インデュラインが確立させてからの王道の戦術になりました。
一年間のスケジュールを、狙ったグランツールにフォーカスして調整をする。そのためにレースへの参加数をある程度絞っていく。
このやり方はランス・アームストロング以降、スタンダードとなりました。
どちらのやり方も、かつてはファンやメディアから批判に晒されていました。
「グランツールは山岳こそ見せ場。登りを先頭で戦えない選手が総合優勝なんて認めない。」とか、「山で消極的な走りをするのは王者じゃない。」とか。
「一年間たくさんのレースを走る中でツールを勝つことが凄いこと。一年間をツールのためだけに過ごすならだれでも勝てる。」とか「他のレースはツールより劣るのか?失礼だ。」とか。
とんでもなく勝手で主観的な批判ですけど、今じゃ誰もそんな事は(少なくとも表立って)言わなくなりました。
ただ一人、アレハンドロ・バルベルデだけはその批判に全く当たらない選手だと思いますが(笑)。
フルームも近年スタンダードな調整方法でシーズンを過ごし、山岳では状況さえ許せば自ら攻撃するものの、基本的にはTTでライバルを突き放せる選手です。
しかし今季のフルームは確かに側から見る限り物足りなく、不調なのかも?と思えます。得意のはずのTTで結果が出てない以上、仕方ないのかも知れません。
でも、個人的には心配してません。
管理人さんの仰る通り、これまでとは違うアプローチを試しているんだと自分も推測しています。
TTでライバルからリードを奪うことがベースの走りではなく、山岳の比重が増えた今年のツールでクライマー達を蹴散らすためのコンディショニングをしているなら、「絶対パワーが全て」のTTが若干落ちても「パワーウェイトレシオ」が上がっていれば良いのです。
そして今仕上がってる必要は必ずしも無い訳で、ツールの3週目が絶好調ならば問題ないのですから。
もちろん、実は調整が上手く行ってないということもあり得ますし、ツール後半にピークを持ってくることに失敗する可能性だってありますけど。
一方、リッチー・ポートやアレハンドロ・バルベルデのように今から好調なほうがツール後半で失速する可能性があります。
特に、これまでも調子にムラがあるポートの方が自分は心配ですね。今ここが好調のピークだったらどうしよう?という感じで見てます。
コンタドールは残念ながら、やはり全盛期は過ぎた選手なのかな、と思いました。以前のコンタドールならば、今回のTTのレイアウトならば勝っててもおかしくない。ツールも総合上位には入ってくるとは思いますが、並居るライバル達に決定的に勝る部分は積極性と攻撃性だけというのは、以前の「個の力」で勝てた時代ならともかく、チーム力で戦うことの重要性が増した現在のレースではアシストの層も含めて見るとさすがに厳しいかな、と見てます。
もしもツールが始まってからもフルームが本調子じゃなかったとしても、スカイのチーム力ならばそれなりの順位まではフルームを引き上げることは可能でしょう。
そして経験豊富なフルームなら、ツールを走りながら調子を上げていくノウハウを持っているでしょう。
また、あまりに圧倒的にフルームが強いツールよりもポートやコンタドール、あるいは新たなダークホースの出現があったりして拮抗したレースになる方が観てて面白いというのも事実。
果たしてこの主観全開の自分の推察が当たるのかどうか?楽しみに観ていきたいと思います。
いちごうさん
フルームがもしも今年のツールの激坂で、キンタナやポートを突き放すような走りをしたとしたら、今後はみんながみなTTスペシャリスト系オールラウンダーを目指す時代が来るのかなと思っています。
ベースとなるTT力の上に、トレーニング次第では激坂も登ることが出来る脚質に仕上げることが本当に出来たならば、グランツールではほとんど無敵です。
ASOは間違いなく、フルームを狙い撃ちにするフルーム向きじゃない(と思われる)ステージを設定してきましたからね。
今年のツールはサイクルロードレース界のトレンドを決定的に左右する重要な大会になると見ています。
それはそれで興味深いのですが、一方で選手個人にフォーカスしてみると、ポートやコンタドールのような見ていて面白い選手を応援したくなるのも人情です。(わたしはフルームも好きですが)
シーズン序盤からずーーーっと超絶好調なバルベルデも一体どうなるのか気になりますしね。
そこへ、キンタナが来て、バルデとチャベスもどこまでやれるのか。
ツールが楽しみです。
レースの見方も捉え方も解釈も、千差万別です。
主観全開で考察して、思いっきり楽しんでいきたいですね!
ファンなので、ツール用に脚質をいじっていると思いたいです。今年のレースは、カタルニャでは分断作戦、ロマンディもエース同士の登坂力ではない状況で決まったことが、フルームの可能性を信じている点でしょうか。
それでも、20キロ程度のTTだとポートに1分くらい負けているので、心配は心配です。フルームもそこそこの年齢ですので覚悟はしていますが・・・
ハウエルさん
ファンだからこそ、信じていいと思います。
結局ツールでの結果は、蓋を開けてみなければ分からないのですから。
キンタナみたいに、「ウイルスのせいで」「発熱があって」みたいに不調の原因は後からいくらでも言えるわけですから。
気になるのはBMCに移籍してからのポートは、登坂力もTT力も進化しているように思えるんですよね。
フルームが万全の状態で挑んだとしても、実力でポートが上回る可能性も無きにしもあらずと見ています。
(※わたしはポート推しな点を差し引いて受け取っていただければと思います笑)
まずは、今夜のドーフィネが非常に楽しみです!