最初は自分が勝ったとは思っていなかった。
ジュリアン・アラフィリップは、先頭で逃げていたチームメイトのマクシミリアン・シャフマンを残り200mで追い越したときに、一緒に逃げていたはずのヴィンチェンツォ・ニーバリが更に先に行っているものと思っていた。
アレハンドロ・バルベルデ擁するモビスターをマークするあまり、ミラノ〜サンレモに続きニーバリの逃げ切りを許してしまった。それでも、プロとしてベストを尽くすべきと、目の前を走るイエール・ヴァネンデルを残り150mでかわして前に出ると、必死の形相でフィニッシュラインまで踏み切った。
周囲の観客は絶対王者バルベルデの5連覇を阻止した新たなヒーローの誕生にボルテージは最高潮に達していたが、その喧騒をよそにアラフィリップは苦悶の表情を浮かべ、上がりきった息を整えていた。
フィニッシュ地点で待ち構えていた、アラフィリップのいとこからニーバリは来ていないことを伝えられ、ようやく自身の勝利を知り、喜びを爆発させた。
「ずっと、大きなレースでの勝利を望んでいた。だから、バルベルデより前でフィニッシュしてフレーシュ・ワロンヌで初勝利をあげたことは本当に特別なことだよ」
と、レース後のアラフィリップは語った。
今回はバルベルデの敗因とアラフィリップの勝因を分析してみた。
バルベルデの敗因は何か
史上初のフレーシュ・ワロンヌ4連覇を成し遂げたバルベルデへのマークは凄まじく厳しかった。
集団がユイの周回コースに辿りつき、フィニッシュまで50km以上を残した1回目のユイの壁で早速ライバルチームは攻撃を仕掛けた。
ルイ・コスタやミカル・クウィアトコウスキーといった超有力選手の飛び出しは、モビスターとして看過できないものでミケル・ランダが対応に当たっていた。
モビスターのアシストを削るという目的が一致しているライバルチームたちは、収まることのない波状攻撃を仕掛け、最終的にニーバリやシャフマンを含む逃げ集団が形成された。
モビスターのアシスト陣はいつの間にかランダ1人となっており、ランダが単独でメイン集団を牽かざるを得ない時間が長く続いた。
一方で肝心のバルベルデは、必要最小限の労力で集団最前方の好位置をキープし続けていた。バルベルデは高速の集団内でも自在に位置取りできる能力が非常に高く、単純にアシストを削っただけでは、バルベルデの脚を削るまでには至らない。
結局バルベルデに脚を使わせることのないまま集団はユイの壁に突入する。
最大26%に達する激坂区間に入る直前、バルベルデはアラフィリップの背後というベストに近いポジションを確保していた。
しかし、バルベルデを徹底的にマークしていたライバル選手たちはこぞってバルベルデのそばに押し寄せた。
混戦のなかで、バルベルデはアラフィリップの付き位置から離れ、間にはアムステルゴールドレースで好調な走りを見せたロマン・クロイツィゲルが入った。
集団先頭を牽くヴァネンデルは、背後のティム・ウェレンスのためのアシストだった。
しかし、肝心のウェレンスがヴァネンデルの刻むペースについていけなくなってしまった。
アラフィリップは、遅れたウェレンスと並びかけたタイミングで最初の加速をした。バルベルデから見ると、ウェレンスとクロイツィゲルに前を阻まれる格好となっていたのだ。
バルベルデもすかさずアラフィリップとの差を詰めようと、クロイツィゲルとウェレンスをあっという間に抜き去り、前に迫る。
先頭を走るシャフマンを吸収し、残り150m地点でアラフィリップは最後のアタックを決行。ヴァネンデルをかわして、突き放した。
バルベルデはそのヴァネンデルを捉え、アラフィリップとの差を徐々に詰める猛烈な追い上げを見せたものの、ラスト50mで失速。
最後はアラフィリップとの力比べに敗れ、4秒差の2位でフィニッシュしたのだった。
あえて敗因をあげるとすれば、アラフィリップの付き位置を確保していたにもかかわらず、クロイツィゲルにそのポジションを奪われてしまったことだろうか。
一方で、3位以下に対しては2秒以上の差をつけてフィニッシュしているように、決してバルベルデの上りが劣っていたわけではない。
アラフィリップの勝因は何か?
アラフィリップはボブ・ユンゲルスのアシストにより、有力選手のなかでは最も前方の位置でユイの壁を上り始めることができた。
結果的に、バルベルデより前のポジションをキープし続けたことが勝因になったといえよう。
だが、それでも最後のバルベルデの凄まじい追い上げを振り切り、突き放したアラフィリップのパワーこそ最も称賛されるべきポイントではないだろうか。
その力はいかにして身につけたのか。アラフィリップのキャリアを少し振り返りたいと思う。
全く無名だった2015年のフレーシュ・ワロンヌでは、2014年大会で3位に入ったクウィアトコウスキーのアシストとして出場したはずだった。しかし、最後のユイの壁で生き残ったのはクウィアトコウスキーではなくアラフィリップ。それも2位に入ったからこそ、世界中から驚きの声が上がった。
同年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは小集団スプリントに持ち込まれたが、バルベルデに敗れて惜しくも2位。実績のほとんどない選手からすれば大躍進といえる結果でも、アラフィリップはハンドルを叩いて悔しがった。
ツアー・オブ・カリフォルニアではステージ1勝をあげたものの、最終ステージでペテル・サガンに逆転され3秒差で総合優勝を逃した。
翌年のフレーシュ・ワロンヌでは、前年に引き続きバルベルデが立ちはだかり、アラフィリップはまたしても2位となり、手応えよりも悔しさが募る一戦となった。
ツアー・オブ・カリフォルニアで総合優勝を飾り、ツール・ド・フランスでは新人賞の有力候補にあげられていた。しかし、第2ステージの上りスプリントでペテル・サガンにわずかに及ばずステージ2位。マイヨ・ジョーヌを獲得するチャンスを逃した。
険しい上りで大きく遅れてしまい、総合争いからステージ優勝狙いに切り替えて挑んだ第15ステージ。終盤にダウンヒルで独走に持ち込んだものの、メカトラでストップ。それさえ無ければ勝てたステージだっただけに、人目をはばからず悔し涙を流した。
その後も、リオ五輪ではメダルにわずかに及ばず4位。欧州選手権ではサガンに敗れ2位。いつしか「シルバーコレクター」というありがたくないあだ名を拝命することとなった。
2017年のパリ〜ニースの個人TTでようやくワールドツアー初勝利を飾ったものの、4月のレースで膝を怪我してしまいアルデンヌクラシックは欠場。
ツール出場も叶わず、レース復帰後の8月のブエルタ・ア・エスパーニャでは第8ステージで待望のグランツール初勝利をあげたが、イル・ロンバルディアではニーバリの独走を許して2位だった。
2018年シーズン初戦のコロンビア・オロ・イ・パスで幸先よく1勝をあげると、イツリア・バスクカントリーでは第1・2ステージと連勝。
そうして、フレーシュ・ワロンヌでバルベルデを下して勝利を掴んだ。表彰台の上で、両者が笑顔で健闘を称え合う姿は美しかった。
あと一歩及ばずに2位という結果が非常に多い選手だったが、それは言い換えれば最後まで諦めずに走りきった証拠でもある。
勝利至上主義の選手も多いなかで、アラフィリップはたとえ1位になれなくても、どんなに不利な状況でも、死にものぐるいで上位を目指す。その懸命で、積極的で、がむしゃらな走りに魅せられるファンも多いことだろう。
冒頭で述べたようにアラフィリップはニーバリが先行していると勘違いしていた。にもかかわらず、全開のバルベルデを突き放す走りを見せていた。
どんな時でも前へ前へ。アラフィリップのひたむきな姿勢があったからこそ、いつの間にかバルベルデを越える力を身に着けていた。それこそが今回の真の勝因ではないだろうか。
天下無敵のバルベルデを下したことで、アラフィリップは今後のレースでのマークが一層厳しくなることが予想される。
バルベルデやジルベールなど歴代のアルデンヌの王たちは、厳しいマークを受けた上でなお勝利を積み重ねてきた。
まずはリエージュ。アラフィリップのアルデンヌ王位継承戦は始まったばかりだ。
Rendez-Vous sur le vélo…
まさにアラフィリップらしいといえる今回の勝利でしたね\(^o^)/
オールラウンダー的な能力を持っている事が彼の強さの要因ではありますが、それ以上に「気持ちの強さ」で走る彼のレースは勝っても負けても胸を打たれますね!
カーレーサーの佐藤琢磨の信念である「No Attack, No Chance!」はアラフィリップにもピッタリの表現だと思います(^^)
アディさん
返信すごく遅くなってすみません…。
アラフィリップの気持ちの強さはまさしく!という感じです。
負けたときの尋常ではない悔しがり方を見ていると、勝負師なんだなあとつくづく思います。
レースはレースとして、バイクを降りたときはお茶目な一面を見せたりと本当に素敵な選手です笑