サイバナ

これからサイクルロードレースの話をしよう。略して『サイバナ』。サイクルロードレースのレース結果やコラムなど、お届けします。

コラム ブエルタ・ア・エスパーニャ2017

アルベルト・コンタドールと8人のヒーローたち。

もし、『ブエルタ物語』の脚本家を任されたとしても、今大会限りで引退を決めているアルベルト・コンタドールが毎日のように攻撃的な走りを見せて、クイーンステージである第20ステージで勝利するというストーリーが書くことはできないだろう。
あまりにも現実的ではないと却下されるに違いない。

だが、それらはあくまでも創作の話である。
むしろ現実は、現実的でなければないほどに面白く、人々を熱狂させることだろう。

とはいえ非現実を引き起こすことは、いうほど簡単なことではない。
それでも、コンタドールは"非現実"を"現実"のものとした。

我々が目撃した、奇跡のような物語の主人公はもちろんコンタドールだ。
だが、奇跡をもたらしたヒーローは、コンタドールだけではない。

なぜなら、サイクルロードレースとはチームスポーツであるからだ。

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もう1人のスーパースター・デゲンコルプの決意

ジョン・デゲンコルプは、昨シーズン初頭にトレーニング中に交通事故に巻き込まれ、選手生命が危ぶまれるほどの大怪我を負っていた。
事故から1年以上が経過しても、かつてのようなパワーを取り戻したとはいい切れない走りが続いていた。

ツール・ド・フランスでは、ステージ2位が最高だった。
そして、ブエルタは通算10勝をあげている相性の良いレースだ。
かつての自分の姿を取り戻すために、スペインに来たと思われていた。

だが、デゲンコルプはそうしなかった。
強風が吹き荒れる第2ステージでは、横風分断作戦を警戒する集団が一切の逃げを容認せず一塊のまま最終盤まで向かう展開だった。
この時に、デゲンコルプは序盤から集団牽引とコンタドールのポジションを守るために奮闘していたのだ。

結果は、コンタドールが13秒失ったものの、自身の勝利の可能性もあったはずの平坦ステージでデゲンコルプはアシストとして仕事を全うした。
ステージ115位に沈んだものの、コンタドールをアシストするという明確な意思表示をチーム内外に示した。

代わって、26歳の若手スプリンターであるエドワード・トゥーンスがステージ優勝を狙う走りを見せていた。
だが、それも第4ステージが最後となった。
なぜなら、第5ステージを前にデゲンコルプが体調不良のため志半ばにして大会を去らねばならなかったからだ。

自分の勝利を横に置いてまで、コンタドールのアシストをする覚悟を決めていたデゲンコルプのリタイアに、トゥーンスは自分がデゲンコルプの意思を継いでコンタドールをアシストすると決めたのだろう。

大会終盤になると、トゥーンスの献身的な働きぶりが際立っていた。
集団コントロールの担い手として、逃げ集団とのタイムを調整し、逃げに乗っては険しい山々を越えコントロールのために前待ち作戦を実行する。
もはや、スプリンターとは思えない万能アシストぶりを発揮していた。

コンタドールに憧れて移籍してきたパンタノ

ヤルリンソン・パンタノは、コロンビア出身の28歳のクライマーだ。
昨年はIAMサイクリングに所属し、ツールで凄まじいダウンヒルを披露してステージ1勝を飾る活躍を見せた。

上れて下れるコロンビア人となれば、パンタノを欲しがるチームはいくらでもあっただろう。
ナイロ・キンタナのいるモビスター、セルジオルイス・エナオのチームスカイ、エステバン・チャベスのオリカ・スコット。
コロンビア人選手の多いチームへの移籍が自然だ。

ところが、パンタノはコロンビア人が1人もいないトレック・セガフレードを移籍先に選んだ。
理由はただ一つ。
コンタドールがいるからだ。
パンタノにとって、コンタドールは英雄的存在だったのだ。

パリ〜ニースでは、コンタドールとパンタノのコンビーネーションが冴え渡り、山岳で見せた牽引力は「パンタノ砲」と呼ばれるほどだった。
ところが、それ以降は調子を崩してしまい、ツールでは全く良いところが見られなかった。

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ブエルタに乗り込んでも調子は今ひとつ。
逃げに乗っても、山岳でのアシストにしても、中途半端な働きしかできなかったのだ。

コンタドールとキャリアを共にしているエルナンデス

ヘスス・エルナンデスのプロとしてのキャリアの始まりは、2004年のリバティ・セグロスからだ。
同年にコンタドールもオンセから移籍してきて、同い年である2人は2年間を共に過ごした。

2006からはリラックス・ガムというプロコンチネンタルチームに所属していたが、2007年にチームが解散したことでエルナンデスは職を失った。
2008年はプロ契約できず、レースから遠ざかっていたのだ。

だが、エルナンデスは年間に2万キロ以上を自主的に走っていた。
というのも、かつての同僚であったコンタドールが、彼にそうアドバイスしたからだ。

そうして、2009年からコンタドールの所属するアスタナへの移籍が決まり、再びプロ選手として活躍の場が与えられた。
エルナンデスは、一度は死んだこの身を、救ってくれたコンタドールのために捧げると決意した。

以来、コンタドールとエルナンデスはずっと同じチームで走っており、2010年ツール、2011年ジロ、2012年ブエルタ、2014年ブエルタではコンタドールの総合優勝に大きく貢献した。

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コンタドールにとって、エルナンデスは友人であり、欠かせない相棒であり、仲良しなルームメイトだ。
だから、コンタドールが引退を決めたとき、エルナンデスも当然のように引退を決意した。

もはや、エルナンデスは選手としての峠は越えており、かつてはクライマーとして腕を鳴らしたが、今は山岳アシストに任務に耐えうる登坂力はなかった。
それでも、ドメスティークな走りで、コンタドールを献身的にサポートした。
レース中だけでなく、バイクを降りからもだ。

仲間たちが見せた集大成

第19ステージの終了後。
コンタドールは、仲間たちに語った。

「明日は歴史的な一日になる」と。

第20ステージは、"エル・インフェルノ(地獄)"とも呼ばれる魔の山・アングリルにフィニッシュするクイーンステージだった。
連日、攻撃的な走りを見せるものの、ステージ勝利はあげられず、総合順位も5位となっていた。

コンタドールの狙いはただ一つ。
アングリルの頂上に、誰よりも先にたどり着くことだ。

ステージ優勝をあげて、自分を愛し支えてくれたファンや仲間たちに、「さよなら」を告げることが最良の方法だからだ。

この日の逃げは18人。
ニコラス・ロッシュ、ロマン・バルデ、ジュリアン・アラフィリップ、トーマス・マルチンスキー、イェーツ兄弟、ステファン・デニフル、マルク・ソレル、エンリク・マスなど、非常に強力なメンバーが揃っていた。

しかも、117.5kmと短いステージだったため、数分差も開けば逃げ切りが決まりかねない危険な状況だった。

トレック・セガフレードのメンバーは、総力をあげてこの逃げを追いかけた。
トゥーンスやエルナンデスだけでなく、マルケル・イリサール、ジュリアン・ベルナール、クーン・デコルトも全開で逃げを追った。

順調にローテーションを回って逃げ続ける強力な18人の逃げに対して、1分程度の差に留めたのだ。
途中からアスタナやボーラ・ハンスグローエの力も借りたとはいえ、トレックの5人が死力を尽くした結果だといえよう。

最初の1級山岳コベルトリア峠に入ってからは、山岳アシストであるピーター・ステティナとパンタノの出番だった。
とりわけ、パンタノの走りは鬼神のような凄まじさだった。

2つ目の1級山岳コルダル峠では、ほぼ単独でメイン集団を牽引し、逃げ集団とのタイム差を30秒近く削り取った。
さらに、ダウンヒルでは雨に濡れた路面とテクニカルなコーナーが続く難しい局面だったにもかかわらず、コンタドールを引き連れてかっ飛ばした。

メイン集団に対して30秒ほどのリードを築いて、アングリルの麓に到達することができたのだ。

ここからはコンタドールの時間だった。
全盛期を彷彿とさせる、力強い走りを見せ、フィニッシュ地点にやってきた。

観客を煽りながらも胸を2度叩いてから静かに「バキュン」ポーズを繰り出した。

これまでのコンタドールは、どちらかというと感情を表に出してガッツポーズを決めることが多かった。
この日のコンタドールは、万感の想いのこもったような深みのある表情だった。

コンタドールの伝説的な走りの数々は、コンタドール自身の能力の高さによって成し遂げられたことが多い。
チームの助けを借りずとも、というより様々な事情によって十分な助けを得られることの方が少なかった。

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だが、この日の勝利はコンタドールの力だけではなく、チームの力を結集した勝利だ。

こういうレースをコンタドールはしたかったに違いない。
ずっと追い求めていた理想の形を、現役最後の戦いの場で実現したのだ。

2017年のブエルタ・ア・エスパーニャ第20ステージは伝説となり、後世に語り継がれていくだろう。
だが、そこにトレック・セガフレードというチームの功績があったことを忘れてはならない。

コンタドール。
トゥーンス。
イリサール。
ベルナール。
エルナンデス。
パンタノ。
デコルト。
ステティナ。
そして、デゲンコルプ。

コンタドールという稀代のスーパースターの劇的な幕切れを演出した8人のヒーローたちを、わたしは称えたい。

Rendez-Vous sur le vélo…

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