サイバナ

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コラム ツール・ド・フランス2017

それでも僕らは期待する。アルベルト・コンタドール永遠への挑戦とは?

2017/07/30

「ここで帰ると思っている人たちは、アルベルト・コンタドールのことを理解していない」

勾配の厳しい上りで、集団から何度も遅れを喫し、総合優勝どころか表彰台さえ厳しくなったコンタドールは、自らそう語っていた。

コンタドールの宣言通り、後半ステージの攻撃性は目を見張るものがあった。

第17ステージでは、単独で4分前方の逃げ集団にブリッジすべく、アタックを試みた。
そして、本当に先頭グループへの合流を果たす。

だが、力の多くを使ってしまったコンタドールは、そこから更に集団を振り切る力までは残されていなかった。

第20ステージの個人TTでは、序盤からかっ飛ばし、第1計測ポイントはトップタイムから13秒遅れだった。
さらに第2計測ポイントが設置されている小高い丘の上りでは、ずば抜けたスピードを見せトップと同タイムをマークした。

残念ながら、最終区間は失速し、21秒遅れのステージ6位に終わった。
それでもクリス・フルームに及ばずとも、総合2位のリゴベルト・ウランを上回る好タイムだった。

結局、ステージ優勝はできず。
総合9位という全盛期のコンタドールから見れば、目を覆いたくなるような惨敗だった。
『出るからには勝つ』というコンタドールの勝利の美学にも反しており、2度の敢闘賞受賞も、もはや慰めで受賞したようにも見えてしまう。

もはや、肉体的な衰えは隠せない。
期待するファンも辛くなってくる。

それでも、コンタドールの闘志が衰えているとは全く思えない。
だからこそ、どんな時でも期待を抱いてしまう。

アルベルト・コンタドールとは、そういう男なのだ。

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コンタドールに期待することは何か?

コンタドールは、今年が最後のツールかもしれない。
来シーズンはツールを回避して、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャを狙うそうなのだ。

では、果たしてジロやブエルタを走れば、総合優勝は可能なのか。
正直なところ、厳しいように思ってしまう。

グランツールを制するためには、上りを制する必要がある。
どれだけTTが強くても、独走力が高くても、上りで離されるようでは厳しいと言わざるを得ない。
それに、ジロとブエルタこそ、ツールより上りが厳しいではないか。

恐らくコンタドール自身が、最もそのことをよく分かっているに違いない。
それでも、かつての栄光の姿を取り戻すために必死でもがいているのだ。

では、我々ファンがコンタドールに期待することとは何か?

2015年ジロの時に見た、華麗なダンシングで、弾丸のように選手をごぼう抜きにして駆け上がった姿だろうか。
再びリーダージャージを着用して、ポディウムの頂上に立つことだろうか。

しかし、そのどちらも現実的に厳しいように思える。
頭では分かっている。
それでも現実から目を背けて夢を見たくなる選手がコンタドールなのだ、という主張も同意しかない。

だが、本当に見たいコンタドールの姿は、表彰台の上で右手を掲げてピストルを撃つ構えを見せる、『エル・ピストレロ』の由来となったバキューンポーズではないだろうか。
少なくともわたしはそうだ。

コンタドールに期待することは、ただ一つ。
引退するまでに、あのポーズをもう一度見たい…。

コンタドールの復活の道は必ずある

コンタドールはいつだってファンの期待に応えてきた。
むしろ期待以上だからこそ、これだけ多くのファンの心を掴んできたのだ。

だからこそ、ファンのために総合優勝にこだわらず、ステージ優勝を果たしてバキューンポーズを見せてくれるに違いないと期待したくなる。

そこで、いっそのことステージ狙いに絞ってグランツールに出場してみてはどうだろうか。

第17ステージでの独走によるブリッジ、第20ステージの個人TTでの走り。
どちらも共通して言えることは、短距離の独走力なら、まだまだ世界トップクラスの力を持っているということだ。

フルームやロマン・バルデたちに対抗し得る登坂力は失われたかもしれない。
しかし、ワレン・バルギルやリリアン・カルメジャーヌのような若手のアタッカーたちと張り合う力は、コンタドールはまだまだ十二分に有している。

グランツールで総合優勝を狙うためには、恐らく身体を絞ったり、筋肉をつけすぎないような調整をしていると思われる。
その部分をステージ優勝狙いに特化して、パワーに変換することができれば、アタッカーとして活躍の幅を広げることができるのではないだろうか。

総合狙いからステージ狙いに切り替えたピエール・ロランやバルギルが復活を遂げたように、コンタドールも同じことが可能なはずだ。
むしろ持ち前の瞬発力の高さと、独走力を活かせば、世界トップクラスの逃げ屋としての再起も可能だろう。

逃げに乗り、先頭集団から大地を引き裂くような鋭いダンシングで加速してライバルを置き去り。
得意の独走に持ち込んで勝利をあげる。
フィニッシュラインを越えた暁には、待ちに待ったバキューンポーズを見せてくれるだろう。

プロスポーツ選手はあり得ない永遠を求めるものだ。
いつだって自分が抱くイメージと、現実とのギャップを埋めるために、日々研鑽しているものだ。

ならば、逃げ屋として転身すること、アタッカーとして転身すること。
それは老いや衰えの類ではなく、進化であると言えよう。

逃げ屋として、アタッカーとして、手にした復活の勝利は、決して妥協の産物ではない。
勝利の美学を追究した『アルベルト・コンタドールの勝利』に他ならない。

来シーズン、序盤で大きくタイムを失っても悲しむことはない。
むしろ、喜びを感じよう。
総合で遅れることこそが、コンタドール劇場の新たな幕開けの合図となるからだ。

Rendez-Vous sur le vélo…

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