クリス・フルームが見せるスーパースターの計り知れぬ底力とは?
「フルームはレースに出場するべきでない」という論調で、クリス・フルームないしチームスカイの方針に対して意義を唱えていたのは何もメディアだけではなかった。
同じプロサイクリストからも同様の指摘は相次いだ。
これらは散々出尽くした議論であり、今はもうUCIの裁定を待つ以上にできることは何もない。
ところが「サルブタモール基準値超過問題」という表現ではなく「薬物問題」「ドーピング疑惑」といったキャッチーなフレーズが、事実よりも先に世間を賑わせている印象を受ける。
あくまで基準値超過が問題であり、つまり意図的に多量のサルブタモールを吸引したのではないかという疑惑が出てくるため、用法用量を守ってサルブタモールを吸引した結果、基準値を越えてしまったのであれば、ルール違反ですらない。
フルームとチームスカイは、潔白を証明する道を選び、結果としてUCIの裁定が長引いている状況にある。
さらにフルームはサイクルロードレースのことをよく知らない人でも知っているツール・ド・フランスで4回総合優勝しているスーパースター選手だ。背負っているものの重さが違う。
サルブタモールがパフォーマンス向上が目的でないはずなら、レースでも全く問題なくいつも通りのパフォーマンスが出せるはずである。
医学的に身の潔白を証明するだけでなく、フルームが今後出場するレースでこれまで通りの強さを見せることが非常に重要になってくる。スーパースターの宿命だといえよう。
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2018年の開幕戦は2月中旬のアンダルシア
フルームは例年、1月下旬にオーストラリアのレースでシーズンインしていた。
今年は1月のほとんどを南アフリカで過ごし、自主トレーニングに励んでいた。
1月28日には271.65kmを平均時速44.8kmで走るレース強度以上のペースでトレーニングした走行データをStravaで公開している。
https://www.strava.com/activities/1379317668
そして、2015年シーズン以来となる2月中旬のブエルタ・ア・アンダルシアで初の実戦を迎えた。
結果は総合10位となり、得意のTTでも鳴りを潜めていた。
次戦はティレーノ~アドリアティコだ。今シーズンはジロに出場するため、例年とは違うスケジュールを組み、イタリアのレースを調整の場に選んだ。
一時は総合3位に浮上したステージもあったが、なんてことはない平坦ステージで大きく遅れてしまい、総合34位に終わった。
続いてツアー・オブ・ジ・アルプスに出場。山岳中心のステージレースだったが、無理せず無難にまとめた印象で総合4位に入った。
以前は狙ったレースの前に出場するレースでも、ステージ勝利や総合優勝を多く飾っていたが、ダブルツールを本気で狙った昨年はツール以前に出場したレースでの成績は芳しくなかった。
つまり、今シーズンの低調な成績もジロ・ツールを狙うための既定路線だったものと思われる。サルブタモール問題を抱えながらも、調整は順調だったといえよう。
「ツール・ブエルタを制した経験を活かす」というフルームの言葉には確かな自信が秘められていたのだろう。
誤算だった相次ぐ落車
しかし、フルームの計算を大きく狂わせることとなったのはイスラエルでの開幕ステージとなった個人TTの試走での落車だろう。
右半身を地面に打ち付けてしまったものの、フルームは「大きな怪我にならなくて良かったと前向きに捉えている」というコメントを残してたように軽傷と思われていたが、振り返るとパフォーマンスへの影響は小さくなかったようだ。
特に打ち付けた右膝の状態が芳しくなかったためか。第8ステージから右膝にテーピングを施すようになっていた。実際にフルームのフォームにいつもの美しさはなく、バランスを崩しているという指摘も相次いでいた。
追い打ちをかけるように第8ステージでは雨に濡れるコーナーでスリップして落車。イスラエルで炒めた右膝をもう一度地面に叩きつけてしまったのだ。
翌日の第9ステージは前半戦最大の山場といえる難関ステージだった。ステージ優勝したサイモン・イェーツが「フルームは落車の影響があったようだ」と指摘するように、上りで失速してしまいイェーツから1分7秒遅れのステージ23位に沈んだ。
休息日を明けて、第2週の第11ステージでも激坂区間で遅れをとり、40秒遅れのステージ23位だった。これで総合では3分20秒差の12位となり、ジロ制覇の雲行きが怪しくなっていく。
ゾンコランで見せた底力
迎えた第14ステージは、「地獄への門」ゾンコランへとフィニッシュする超難関ステージだ。
フルームは4月14日に現地を試走している。
https://www.strava.com/activities/1512563663
ふもとから頂上付近のトンネルの手前まで試走したようで、9kmの区間を40分19秒のタイムで走っていた。
一方で、サイモン・イェーツとトム・デュムランは映像でチェックしたのみで、初めて走るコースだったそうだ。
実戦では、上り口からワウト・プールスが集団をコントロールして他のチームのアシストをふるい落としていくスカイらしい戦い方を見せ、フルームはラスト4km地点でアタックを決行した。
一度目のアタックでは、イェーツ、ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ、ミゲルアンヘル・ロペスが追従したが、二度目のアタックでその3人を振り切って独走に持ち込んだ。
今大会の上りでは最強のパフォーマンスを見せているイェーツを振り切ったところが、まず特筆すべきところだろう。
そのイェーツはポッツォヴィーヴォとロペスを振り切って単独でフルームを追いかける。
スーパー絶好調なイェーツがフルームを捉えるのも時間の問題と思いきや、両者の差は一向に縮まらない。
独走vs独走。アシストの援護もない世界で、フルームとイェーツの力は完全に均衡していた。
勾配が緩んだ区間でイェーツが一気にタイム差を5秒程度まで詰めてきた。ラスト1km地点のトンネルを抜けた先、フルームにとって4月に試走していない未知の区間に突入しても、5秒から先が縮まらなくなった。
スーパー・イェーツの追走を振り切って、ゾンコランの山頂へ最速でフィニッシュ。雄叫びをあげながら、両手を突き上げてガッツポーズした。
この日、一番強かった選手は間違いなくフルームだ。
ゾンコランの上りは偶然勝てるほど生易しいものではない。
ちなみにStrava上で、ゾンコランの最速タイムを記録しているのは、同ステージで42秒遅れの6位に入ったティボー・ピノだ。
ピノが公開している走行データによると、ふもとから山頂まで40分44秒という記録を出している。
https://www.strava.com/activities/1583411025/segments/39605103613
ということはフルームは40分2秒で走ったことになる。
これがスーパースターの底力だ。
サルブタモール問題に揺れ、相次ぐ落車で万全ではないコンディションながらも、昨年と変わらぬ力を見せるために、今大会最凶の山で最強であることを証明したのだ。
しかし、代償は大きかった。
翌日は総合勢が動き出したタイミングの上りで失速してしまい、ステージ優勝したイェーツから1分32秒遅れの17位に沈んだ。
やはり落車してからずっと調子は良くないのだと思う。
もう総合優勝は難しいかもしれない。それでもゾンコランで勝ったフルームの底力を見ると、これからもまだまだ何かやってくれるのではないかと期待したくなる。
大会前から「3週目に照準を合わせている」というように、フルームはトップコンディションを3週目に持ってくる計画だ。
もしかしたら、ゾンコランで勝ったことに驚いている場合ではないかもしれない。
これが底力?まだまだ底は深いよ、と言わんばかりのフルームの走りを期待したい。
Rendez-Vous sur le vélo…
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