サイバナ

これからサイクルロードレースの話をしよう。略して『サイバナ』。サイクルロードレースのレース結果やコラムなど、お届けします。

コラム ツール・ド・フランス2018

純粋無垢なトム・デュムラン。信念を貫く究極のマイペースとは?

「プリモシュ(・ログリッチェ)は最強だったし、彼の勝利に敬意を表したい」と、ライバルの健闘を称えたあと、次のように付け加えていた。

「だけど、実際には彼はモーターバイクのスリップストリームを使って、僕を引き離したんだ。下りの直線路で引き離されるなんて、まったく馬鹿げているよ」

これは、ツール・ド・フランス第19ステージ、終盤のダウンヒルで抜群の走りを見せたログリッチェがステージ優勝を飾ったあと、トム・デュムランがインタビューで答えたコメントだ。

確かにデュムランを引き離した大きな要因は、前を走っていたカメラバイクのスリップストリームだったかもしれない。しかし、ログリッチェはカメラバイクが集団との十分なスペースを確保できないほどのスピードで、山頂から先頭でダウンヒルを攻めていたのだ。

空気抵抗を受けて消耗するリスクを背負って走ったログリッチェが非難を受ける筋合いはなく、時としてカメラバイクのスリップストリームが勝敗を決することも、サイクルロードレースではよくある話である。(もちろん、フェアではないので対策は必要)

それでも、デュムランはフェアな戦いではなかったと憤り、「オレを引き離したのはカメラバイクのせい」とインタビューで答えちゃうのだ。

己の感情にストレート。思ったことは何でも口にする。それがデュムランという男だ。

スポンサーリンク

賛否両論?いいえ、純粋なだけ

いくつかデュムランのエピソードを紹介したい。

2016年リオ五輪の個人タイムトライアルでは、ファビアン・カンチェラーラの後塵を拝し銀メダルだった。デュムランは直前のツールで落車骨折しており、決して万全な状態ではなかった。加えて、同年限りで引退を決めていたカンチェラーラが有終の美を飾る完ぺきな走りを見せたとあっては、デュムランは完敗といっても仕方がない状況だった。

にもかかわらず、デュムランは表彰台でほとんど笑みを浮かべず、悔しさを隠そうともしない憮然とした表情を崩さなかった。

Embed from Getty Images

2017年ジロ・デ・イタリアでは、クイーンステージとなった第16ステージで、もはや伝説ともいえるトイレストップがあった。脚の調子は良かっただけに、勝負に絡めなかった悔しさと、全世界にあのトイレシーンが放送されたことへの恥ずかしさからか、表彰台では完全なる無表情を決め込んでいた。

Embed from Getty Images

ポディウムガールが全開の笑顔でデュムランに祝福のキスをしているにもかかわらず、デュムランの表情筋はまるで存在していないかのように微動だにせず。表彰が終わると、シャンパンファイトをせずにすぐさま立ち去ったのだった。

翌日以降、沿道ではトイレットペーパーを持ってデュムランに声援(ヤジ?)を送るファンが増えたという。それを見たデュムランは「さすがに笑ったね」と一笑に付す豪胆さも持ち合わせているのだ。

また第16ステージでは、デュムランが遅れている状況で、メイン集団ではヴィンチェンツォ・ニーバリなどがアタックをかけるシーンが見られた。しかし、ナイロ・キンタナはライバルたちに待つように促した。というのも以前のステージでキンタナがメカトラで遅れた際に、デュムランは集団を制して、キンタナを待っていたのだ。デュムランはこの日集団復帰はできなかったものの、キンタナは筋を通した。

そうして、第18ステージではキンタナとニーバリがデュムランを徹底マークし、3人は同タイムでフィニッシュした。この動きに対してデュムランは「今日のキンタナとニーバリのような走りでは、僕に勝つことはおろか、総合表彰台からも落ちるだろう」という主旨のコメントを残した。せっかくキンタナと良好な関係を築きつつあったのに、余計なコメントによってキンタナとニーバリの逆鱗に触れることとなった。

翌第19ステージでは、モビスターとバーレーン・メリダが序盤から猛攻を仕掛け、デュムランは遅れを喫してしまう。さらに、バッドデーも重なりなんとか集団復帰はしたものの、終盤の勝負どころで完全にガス欠となってしまった。

このステージと、ダメージの残った翌日の第20ステージで立て続けにタイムを失ったデュムランは総合4位に転落したのだった。第18ステージでの発言は完全にブーメランとなって我が身に降り掛かっていたのだ。

最終的に第21ステージの個人タイムトライアルで圧巻の走りを見せ、総合優勝を飾ったものの、トイレストップからの余計な一言で危うくマリアローザを逃すところだったのだ。なお、総合表彰台ではチームメイトとともに、喜びを爆発させていた。

今年のジロの前には、サルブタモール問題に揺れるクリス・フルームに対して「自分がフルームの立場なら出場していない。なぜなら、自分のチームはMPCC(※UCI規定より厳しい基準を持つ団体)に加入しているからね。だけども、疑いがかかっている状況でジロに出場することは、サイクリング界にとって好ましいことではないよ」とコメント。

他の一部の選手のように、フルームやチームスカイの倫理性を弾劾するような内容ではなかったものの、一部を切り取られると誤解を招きかねないリスクのあるコメントに思えた。実際に「デュムラン:ぼくがフルームならジロに出場しない」みたいな見出しの記事も見られた。

Embed from Getty Images

今年のツール第20ステージでは、タイムトライアル前日にアルカンシエルのTT用スキンスーツが無いことに気付き大慌て。スキンスーツを提供するジャージメーカーがレース開催地のバスク地方の会社であったことから、当日にアルカンシェルをプリントしたスキンスーツをデュムランの元に届けることができ、デュムランは無事に虹色のジャージを着てタイムトライアルを走ることができた。

という一連のドタバタ劇をデュムランは包み隠さずインタビューで語っていた。アルカンシェルを着て走れた安堵感、ジャージメーカーが当日に製造して届けてくれた心意気が、よほど嬉しかったのだろう。そしてステージ優勝も飾った。

Embed from Getty Images

最後は総合表彰台での一幕。ゲラント・トーマスの優勝スピーチの最中、トーマスがチームメイトの名前が出てこない場面があった。トーマスのことだから、わざと忘れたフリをしていたのではないか(※会場では笑いが起きていた)と思いつつも、テンパって名前が飛んじゃった可能性もゼロではない。とはいえ、隣にいたチームメイトのフルームはトーマスのスピーチの邪魔をしてはいけないと助け舟を出すことはしなかった。

そこでデュムランの出番だ。トーマスが困っていると見るやいなや、「クウィアトだよ」とトーマスに助言。トーマスは「そうそうクウィアトだ!トム、ありがとう。」と返していた。

チームメイト全員の名前を絶対にわかっているであろうフルームが、あえて何もいわないなかで、デュムランが空気を読まず教えちゃうところがいかにもデュムランらしい光景だった。

マイペースを貫く男

一連のエピソードを見ていると、「もっと大人になれよ」という苦言の一つも呈したくなるかもしれない。良くも悪くも直情型で純粋で素直な性格の持ち主なのだろう。そして、良くも悪くも極めてマイペースな男だ。

デュムランは「良いことは良い、悪いことは悪い」という価値観を強く抱いているのではないかと思う。

良いと思ったことは良いことなのだからハッキリ言う。悪いと思ったことは悪いのだから指摘する。つまり、デュムランの口から語られる言葉はすべて本音である。とことん、曲がったことが嫌いなのだ。

だから、常にフェアな戦いを望んでいる。そして、デュムランの心に内在するのは、ただ純粋な勝利への渇望。デュムランは無垢なのだ。

あまりにも無垢であるため、言動が幼く見えることもあるかもしれない。本音だけでは大人の世界を生き抜くことは難しい。

例えば、2017年ツール第9ステージ、フルームの自転車にメカトラが発生し、チームカーを呼ぶために手をあげた真横からファビオ・アルがアタックを仕掛けるシーンがあった。レース後にフルームはアルがメカトラアタックを仕掛けたことに気づいていないわけがないのに、「アルがアタックを仕掛けたところは見えなかったから、よくわからないよ」とコメントしていた。これが丸く収まる大人の対応だろう。(※レース中に、アルに仕返しとばかりに体当たりしていたことは置いておいて)

もし、デュムランが当事者だった場合は、「信じられない。アルは卑怯者だ」くらいのコメントを残していても不思議ではない。

そのため時として舌禍を招くこともあるが、徹底的にフェアな対決を望み、勝利を追い求めるデュムランの純朴さ、自分の信念を貫き通す力は世界一かもしれない。良いことは良いの精神で、困っているなら助けようと、マイヨジョーヌの優勝スピーチの最中でも口出しできるくらいには、周囲に忖度しない。

究極のマイペース。それが、デュムランの走りに表れ、タイムトライアル世界チャンピオンの一因となっている。

気象条件や機材の違いがタイム差を生むことはあれど、同じコースを同じ人間同士が同じルールの元に戦えて、不確定要素が食い込むの余地の少ない個人タイムトライアルは限りなくフェアな戦いだといえよう。そして、タイムトライアルは自分のペースをどれだけ守ることができるか争う競技でもある。フェアな戦いを望み、マイペースを貫くことに関して世界一のデュムランが、タイムトライアル世界チャンピオンになったことはある意味では必然なのだ。

Embed from Getty Images

トーマスの優勝スピーチの横で、デュムランは総合2位ながらも、どことなく満足げな表情を浮かべていた。できることはやったし、次は自分が勝てるという確かな手応えを感じていたようにも見える。

大人になんてならなくていい。純粋無垢なデュムランはマイペースを貫いて、マイヨジョーヌに袖を通すのだ。

スポンサーリンク

-コラム, ツール・ド・フランス2018