サイバナ

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コラム ジャパンカップ2016

私たちは新城幸也に夢を見ている。ジャパンカップ9位では、もう満足出来ないの。

2017/03/15

振り返れば、2009年ツール・ド・フランスの第2ステージで、ゴールスプリント勝負に絡みステージ5位。2010年ジロ・デ・イタリア第5ステージでは逃げ切って3位。同年のロード世界選手権で9位。2012年ツール・ド・フランス第4ステージ敢闘賞、ツール・ド・リムザン総合優勝。2014年アムステルゴールドレース10位。2016年、大腿骨骨折からの驚異的な回復を果たし、ツール・ド・フランス第6ステージ敢闘賞獲得。

これらがわたしたちの見ている新城幸也の実績である。新城幸也の成し遂げたことのほとんどに『日本人初』という冠言葉がつく。

ちなみに、野球の野茂英雄のメジャーリーグデビューが1995年で、サッカーの三浦知良のイタリア・セリエAへの移籍が1994年のことだ。

サイクルロードレースでは、戦後の近代ツール・ド・フランスに日本人として初めて出場したのは、1996年の今中大介である。野球・サッカー・サイクルロードレースと、同時期に日本から世界へと戦いの舞台を移した選手たちがいたのだ。

野球やサッカーが野茂やカズの後に続いて、どんどん世界へ羽ばたく選手が輩出される一方で、サイクルロードレースでは今中に続いてツールに日本人選手が出場するまで13年の時を要した。それが2009年の新城幸也と別府史之である。

この年を契機に、ヨーロッパの最前線で実績を残す日本人選手が増えてきたように思える。

土井雪広は2011年に日本人初のブエルタ・ア・エスパーニャ完走を果たし、2012年には宮澤崇史がサクソバンクへ移籍、2013年は増田成幸がキャノンデールへ移籍、2015年は石橋学がジロ・デ・イタリア出場、2016年は山本元喜がジロ・デ・イタリア完走。

つまり、ユキヤとフミは実質的に野茂やカズのような先駆者になったと言えよう。今中さんや市川さんは、1964年に日本人初のメジャーリーガーとなった村上雅則のような神々しい存在であることに違いはない。

フミはスピードマンとしての力を活かして、所属チームではエースのためのアシストに回ることが多い。これは非常に大切な仕事であり、フミはワールドチームの中でもトップレベルのアシストの仕事を着実に遂行している。しかし、そのためにヨーロッパのレースで勝利をあげる機会はなかなか訪れない。

ユキヤはパンチャーとしての力を活かして、チームから度々アタックの指示が出て、逃げに乗ってステージ勝利を狙うチャンスやゴールスプリント勝負に絡む機会が多い。ゆえに、ステージレースやワンデーレースでの順位に関しては、ユキヤの名前が目立っている。

だからこそ、我々はユキヤに夢を見てしまうのだ。ユキヤならやってくれるだろうと。ユキヤならツールでステージ優勝をあげられるだろうし、ユキヤならジャパンカップで勝つだろうと。

2015年のジャパンカップはパンクしたままスプリント勝負で3位。我々が抱いた夢は目の前にある。夢が現実になるのに、そうは時間がかからないだろうと思わざるを得ない輝かしい実績の数々が、高まる期待をもはや抑えることは出来ないのだ。

あえて言いたい。ジャパンカップ9位、日本人最高順位といえども、もう満足は出来ないと。

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過去最高のメンバーで挑んだジャパンカップ

昨年まではベストメンバーとは言い難い布陣でレースに臨んでいた。

今シーズンから、ジャパンカップへは以前から積極的に参戦していたランプレ・メリダに移籍したことによって、ユキヤを支えるメンバーも非常に豪華なセレクションとなった。

2007年のジャパンカップ優勝者であるマヌエーレ・モーリと、グランツールの出場経験も豊富なマッテオ・ボーノの2人のベテラン選手。

マッティア・カッタネオとシモーネ・ペティッリの2人は直前のイル・ロンバルディアを完走している若手選手だ。

いずれにせよ、ヨーロッパの舞台でしっかり走り抜く力を持っている力強い選手たちであることに違いない。

ユキヤにとって、これほど頼もしいメンバーはいなかっただろう。ランプレ・メリダがかねてからジャパンカップに力を入れている証である。

レースは終盤にかけてランプレ・メリダが積極的に動かす展開に

序盤は逃げにマッティ・ブレッシェルを送ったため、メイン集団はキャノンデール以外のワールドチームがコントロールする展開となった。ランプレ・メリダは集団の前方に選手を固め、仕掛けの用意がある素振りを見せている。

ラスト2周、粘っていた逃げ集団を吸収すると、シモーネ・ペティッリがアタック。メイン集団のコントロールを開始したキャノンデールを揺さぶる動きを見せる。

ラスト1周、優位にレースを進めていたキャノンデールから、ダビド・ヴィレッラがアタックする。これをチェックしたのがマヌエーレ・モーリだった。ユキヤは見送る。しかし、ヴィレッラのキレ味鋭いアタックに、モーリは置き去りにされてしまう。結果的に、先頭を走るヴィレッラと、追走するモーリを含む小集団と、さらに後方にユキヤを含む第2追走集団という形で、前方に選手を固めておいたものの、ヴィレッラのアタック一撃でバラバラにされてしまった。

モーリのいる追走集団には、TEAM右京が2名、オリカ・バイクエクスチェンジが2名、チームスカイが1名の計6名の小集団で、右京とオリカが2名ずついることがかえってヴィレッラとの差を縮められない要因になったと思う。

モーリとチームスカイのアレックス・ピータースからしてみれば、自分たちが力を使って前を追いかけると、明らかに右京とオリカが有利な展開になってしまう。右京としては、ベンジャミン・プラデスかオスカル・プジョルのどちらかが全開で牽いて前を追ってしまうと、スプリント力でオリカのクリストファー・ユールイェンセンやロバート・パワーには敵わないだろう。

つまりこの状況で動くことが出来るのはオリカ・バイクエクスチェンジだけだが、オリカも積極的に前を追うことはせずに、ヴィレッラとのタイムが全く縮まらないまま、最後の登りへと突入する。

ここで、オリカのユールイェンセンが単独でアタック。全員反応することが出来ず、ユールイェンセンは単独でヴィレッラを追いかける。

だが、ヴィレッラは速かった。ユールイェンセンの猛追を振り切り、フィニッシュ。嬉しいプロ初勝利となった。

ユキヤは第2追走集団に取り残されたままフィニッシュ。第9位となった。

今シーズンのユキヤは、骨折からの復帰を急いだため、ペダリングのバランスが崩れたり、得意のピレネー山脈でも走りが冴えなかったりと、やはり骨折の影響が無いとは言えなかったと思われる。その状態でツールとブエルタを完走した上に、敢闘賞まで獲得するとはとんでもないことである。決してコンディションが良かったとは言い難い状態でも、日本人最高順位でアジアンライダー賞を獲得したことも、本当に見事で素晴らしいことだ。

だが、ユキヤの力はこんなものではないと信じてる。何度も繰り返すようだが、この結果には満足は出来ない。いや、満足したくないのだ。

来シーズンはまた新たにバーレーン・メリダという新チームに移籍する。実力ある選手たちをかき集めている印象を受けるこのチームでは、ユキヤが自由に動ける場面が多くなると思われる。

ジロでもツールでもブエルタでも何でもいい。我々の欲求を満たすために、是が非でもユキヤの勝利を見たい。

来年は夢が現実になることを祈って。

Rendez-Vous sur le vélo…

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