サイバナ

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コラム ツール・ド・フランス2017

リリアン・カルメジャーヌ、君こそがスターだ!

2017/07/13

ツール・ド・フランス第8ステージは、フランスの新星・カルメジャーヌの独走勝利で幕を閉じた。
全く息をつく間のない超高速レースにもかかわらず、終盤の18kmを独走して勝つ力。
そのアタックのタイミングを逃さない勝負勘。
いずれもプロ2年目のものとは思えない、まさしく逸材中の逸材と言える活躍だった。

今回は、カルメジャーヌの話をしたいのだが、その前にどうしてもこの話をせねばならない。
ディレクトエネルジーのスター選手であるトマ・ヴォクレールだ。

なぜなら、カルメジャーヌはヴォクレールの後継者と目されているからだ。

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ヴォクレールが台頭した2004年

わたしが、初めてサイクルロードレースを見たのは2004年の夏のことだった。
プロ野球中継を見るために加入していたケーブルテレビで、何気なく他のチャンネルをザッピングしていると、広大なひまわり畑の中を走る大量の自転車選手たちの姿があった。
壮大な風景の美しさに魅了され、ルールなど全くわからないまま視聴を続けると、周囲のひまわり畑よりも黄色いジャージを着用し、ひときわ目立つ選手がいた。

ブリオシュ・ラ・ブランジェルに所属しているトマ・ヴォクレールだ。
当時の中継ではトーマス・ボエックラーと呼ばれていたその男は、ツール5連覇中の絶対王者ランス・アームストロングに立ち向かうべく必死の走りを見せていた。
まだ無名選手だったヴォクレールは、第5ステージでメイン集団に12分以上の差をつける逃げ切りを決めて、それまで総合1位だったアームストロングからマイヨジョーヌを奪取した。
あっさりジャージを失うかと思いきや、難関山岳ステージでも粘りを走りを見せ、マイヨジョーヌをキープし続けていた。

なお、2004年当時もフランス人総合系選手は人材難だった。
1997年総合2位、そして7度の山岳賞に輝いたリシャール・ヴィランクがスーパースター選手ではあったが、同年限りで引退を決めていた。
そのような状況下で彗星の如く現れたヴォクレールは、まさにニューヒーローだったのだ。

第15ステージで大失速し、ステージ優勝したアームストロングから9分30秒遅れのステージ54位に沈んでしまい、総合9位に転落しマイヨジョーヌを手放した。
それでもまだヤングライダー賞では、2位以下に7分41秒差をつけて独走していた。

ところが、第16ステージの個人TTでも失速、ウラジミール・カルペツに3分33秒差まで詰め寄られてしまう。
さらに第17ステージでも遅れてしまい、カルペツとはわずか45秒差に。
第18ステージでは、集団内でフィニッシュしマイヨブランを守ったものの、翌第19ステージの個人TTではまたしても大きくタイムを失い、カルペツに逆転を許してしまい、その差を挽回することなく2004年のツールは幕を閉じた。
第15ステージ以降は、まるで凧の糸が切れたかのような失速ぶりだった。

結局総合19位(※後に18位に繰り上げ)、新人賞ランキング3位、ステージ0勝と目に見えた結果を残すことが出来なかったが、ヴォクレールの活躍はフランス人ファンのみならず世界中のサイクルロードレースファンに鮮烈な印象を残した。
かく言うわたしも、その1人だった。

そしてヴォクレールの活躍に続くかのように、シルヴァン・シャヴァネル、サンディ・カザール、ジェローム・ピノーと次代を担うフランス人選手たちが台頭してきたのだ。

2011年ツールで再びマイヨジョーヌを獲得

カザールとピノーは伸び悩んだ。
アタックなどで動くと、「カザールが行った!」「ピノーがアタック!」というように、盛り上がり注目はされるのだが結果は今ひとつだった。

カザールはキャリアの全てをFDJで過ごし、グランツール出場18回し、ツールではステージ3勝をあげた。
総合成績は2006年ジロ・デ・イタリア総合6位が最高で、ツールでは2010年の総合10位が最高だった。
2013年限りで引退している。

ピノーはグランツール出場18回だが、ツールではステージ優勝をあげることは出来なかった。
プロ通算5勝で、2010年ジロ第5ステージでの勝利がキャリア最大の勝利だった。
ブイグテレコム、クイックステップ、IAMサイクリングと移り渡り、2015年限りで引退した。

シャヴァネルはツール通算3勝、プロ通算35勝を飾っており、スター選手と言える活躍を見せていた。
しかし、総合成績では2007年ブエルタ総合16位が自己最高で、ツールでは2004年総合30位が最高順位だった。
総合を狙えるような脚質の選手ではなかったのだ。

というなかで、ヴォクレールは再びフランス人の期待を一身に集める活躍を見せた。
ヴォクレールの所属チームの本拠地であるヴァンデで開幕した2011年ツール・ド・フランスでだ。

アンディ・シュレクとアルベルト・コンタドールの対決に注目が集まっていた同大会ではあったが、2人の主役を喰う活躍を見せたのがヴォクレールだった。
第9ステージでメイン集団に4分近い差をつけて逃げ切ると、マイヨジョーヌを獲得。
2004年の同じパターンではあったが、総合3位のカデル・エヴァンスとは2分26秒差であり、総合勢にとって全く問題にならないタイム差と思われていた。

第12ステージ、超級山岳ツールマレー峠を越え、超級山岳リュザルディダンの頂上へとフィニッシュするステージで、ヴォクレールはエヴァンスとアンディから20秒遅れのステージ8位にまとめてきた。
第14ステージも超級山岳プラトー・ド・ベイユの山頂へフィニッシュする難関ステージであったが、アンディから2秒遅れ、エヴァンスやコンタドールと同タイムでフィニッシュして、引き続きマイヨジョーヌを守っていた。

考えられない、あり得ない活躍だった。
2004年にもマイヨジョーヌを着たと言っても、ヴォクレールの脚質は決してクライマーではない。
それが、バチバチの山岳バトルを繰り広げるエヴァンス、アンディ、コンタドールたちと同等の登坂力を見せていたのだから、驚くのも無理はない。

さらに第18ステージ、アニュエル峠・イゾアール峠・ガリビエ峠と3連続超級山岳が登場するクイーンステージでもヴォクレールは奇跡の走りを見せた。
アンディの逃げ切りを決めたなかで、ヴォクレールは最後までメイン集団のエヴァンスやイヴァン・バッソに食らいつき、アンディから2分21秒差のステージ5位でフィニッシュ。
間違いなくマイヨジョーヌを失うと思われたステージで、総合1位を死守したのだ。
総合2位のアンディとのタイム差は、わずかに15秒だった。
ステージ5位にも関わらずガッツポーズをしながらフィニッシュするシーンは、激走と呼ぶにふさわしいツール名場面の一つとなった。

だが、翌日のラルプ・デュエズの頂上へとフィニッシュする第19ステージで、ヴォクレールはついに力尽きた。
優勝したピエール・ロランから3分22秒遅れのステージ19位に終わり、総合4位に転落してしまった。

惜しくも表彰台獲得にはならなかったが、2011年ツールは自己最高成績を収め、翌年のツールでは新城幸也の献身的なサポートもあり、山岳賞ジャージであるマイヨアポワルージュを獲得したのだ。

フランス苦難の時代を支えた暗黒エース

思えば2000年代前半から、今に至るまでフランス自転車界にとっては苦難の時代だっただろう。

ランス・アームストロングによるツール7連覇に始まり、外国人選手が次々とツールを勝っていく。
しかも、多くの選手はドーピング問題を抱えていた。

同時にフランス人選手の多くは伸び悩んでいた。
そのような状況下で、フランス人としてマイヨジョーヌを何日にも渡って着用し続けたヴォクレールの存在はどれだけ眩かっただろうか。
まさに、フランス暗黒時代を支えたエースだった。

だが、フランス人の期待を一身に背負って走る日々も、間もなく終わりを告げようとしている。
ヴォクレールは今回のツールを最後に現役を退く。

フランス自転車界はもはや暗黒時代ではなく、明るい未来が待っている。
総合系選手では、ロマン・バルデ、ティボー・ピノが既に実績を出しており、ギヨーム・マルタン、ダヴィド・ゴデュらさらに若手世代の台頭も著しい。

そして、リリアン・カルメジャーヌの登場だ。
ヴォクレールが活躍していた2004年、カルメジャーヌはまだ12歳だった。
自宅のテレビで、ヴォクレールの活躍を目の当たりにし、憧れを抱いたことだろう。

2016年、カルメジャーヌはディレクトリエネルジーの下部組織であるヴァンデUからトップチームに昇格。
憧れのヴォクレールとチームメイトとなる。

カルメジャーヌはネオプロとは思えない走りを見せ、同年ブエルタではステージ1勝をあげた。
そして、今シーズンはステージレース3つで総合優勝を果たし、初出場となったツール第8ステージでは見事な独走逃げ切り勝利を果たした。

残り5kmの地点で脚をつるハプニングを見せ、ヴォクレール直伝のベロを出しながら走る"ベロベロ走法"を披露し、腕をぶんぶん振り回すド派手がガッツポーズでフィニッシュしたかと思いきや、大量のカメラに囲まれるの中で地面にへたり込んでマッサーにつった脚を伸ばしてもらっていた。(直前までは問題なく走れていたというのに)

やはり、意味のないように見える派手さやパフォーマンスがあってこそ、ヴォクレールの後継者と言えるだろう。
そしてカルメジャーヌはパフォーマンスだけでなく、冒頭で述べたように勝負勘・独走力・登坂力、すべてを高いレベルで備える本当に強い選手だ。

バルデも、ピノも、ゴデュも、マルタンも強いし、近い将来グランツールで総合優勝するような実績を残すであろう。
だが、国民の人気に応えるためには強さだけでなく華やかさや分かりやすい魅力が必要だ。

だからこそ、その全てを兼ね備えているリリアン・カルメジャーヌ、君こそがスターなのだ!

Rendez-Vous sur le vélo…

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