サイバナ

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コラム ツール・ド・フランス2017

マルセル・キッテルからのメッセージ。”俯瞰型スプリントのススメ”とは?

2017/07/13

集団スプリントの大迫力は、サイクルロードレースの見どころの一つだ。
時速70kmに達することもある超高速域での駆け引き、計算され尽くしたライン取り、人間離れしたパワー、それらがわずか10数秒の間に凝縮されている。

とても、一見しただけでは全てを理解することは難しいだろう。
リプレイ動画を何回も見返すことで、ようやくスプリントの全貌が理解できることだろう。

そう、検証には時間が必要だった。
第4ステージで、マーク・カヴェンディッシュとペーター・サガンが接触したことで、肘を突き出したサガンがレース失格処分を受けた。

だが、後のリプレイ検証によると、カヴェンディッシュがバランスを崩した後に、サガンが肘を突き出したように見える。
それも、進路を妨害する意図ではなく、サガン自身がバランスを取るための咄嗟の行動だった。
さらにサガンとカヴェンディッシュが接触していたかどうかも疑わしい。

このような見解が出されるまで、レース終了してから4〜5時間は要していたように思える。
レース終了後1時間半で、失格処分という極めて重大な判断を下したUCIの対応を疑問視する声が大きくなるのは当然だろう。

元ティンコフのマイケル・ロジャースのアンケート、そしてサイクルフォトグラファーの辻啓さんのアンケート、それぞれの結果は圧倒的に「サガンの失格は妥当ではない」という結果になっている。

ここで、
過ぎたことは仕方ない。
これまでにもUCIは理不尽なジャッジを下してきた。
これもサイクルロードレースの一部さ。
と開き直ることは、わたしは好きではない。

これらは現状維持の発想であり、現状維持の行き着く先は衰退に他ならないからだ。

同じ過ちが起きないよう対策を考えるべきだし、
理不尽には理不尽だと声をあげるべきだし、
より良いサイクルロードレースを目指すべきだ。

そのような状況で、第4ステージ以来の集団スプリントとなった第6ステージ。
勝利したのはマルセル・キッテルだったが、その走りから強烈なメッセージを感じ取れたのだった。

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スプリントの定跡を覆す新たなアプローチ

第6ステージのスプリントを振り返ってみよう。

残り900mの時点では、キッテルもアルノー・デマールも12〜13番手付近にいた。
先頭を牽くのはキッテルの最終発射台を務めるファビオ・サバティーニだった。
だいぶ2人の距離が離れていて、キッテルが番手を落としているようにも見える。
(これには、ちゃんとした意味がある。後ほど説明。)

残り550m、サバティーニのリードアウトが終了する。
通常のスプリントであれば、残り200〜300m付近でエースを発射するのが定跡であるので、かなり早めに終了したように見える。
キッテルは10番手付近、デマールはアシストを1人残した状態で8番手付近にいた。

代わりに先頭に立ったディメンションデータのエドヴァルド・ボアッソンハーゲンがロングスプリントを開始する。

残り200m、ボアッソンハーゲンが限界に近づくと、デマールが一気に番手を上げて2番手につけてきた。
その動きを見て、アンドレ・グライペル、アレクサンダー・クリストフらも一気に動き出す。

しかし、キッテルは後方で待機したままだ。

デマールは、フェンスとボアッソンハーゲンの間のわずかなスペースに突っ込んで、先行しようと試みた。
「バリアのすぐ側を走っていて、観客が持っていた何かに接触した。」と、デマールはレース後に語っていたようで、相当なリスクを負った攻めだった。

グライペルも、クリストフも当然、先行するデマールを目掛けてスプリントしていく。

と、ここでキッテルはデマールをマークしたライバルたちとは全く逆サイドのスペースを目掛けてスプリントを開始する。
後方に待機しておくことで、危険地帯をあらかじめ避けてスプリントを始めることができるわけだ。

この時点では、デマールもグライペルもクリストフも、まだ位置取り・ライン取りの最中で本気のスプリントは始まっていなかった。
多少の距離は開いているものの、一番最初にスプリントを始めたのはキッテルだったのだ。

無人の荒野に飛び出したキッテルは、自分のペースで誰にも邪魔されることなくひたすらもがくのみだった。

デマール、グライペル、クリストフらは、混戦の中で斜行やスリップストリームなどを気にしながらのスプリントだった。
いち早くトップスピードに達したキッテルが、ライバル全員をまくり上げて勝利したのだった。

レース後にキッテルは「ファビオ・サバティーニはこのステージでも完璧に任務を遂行してくれた」と語っている。

エースはチームメイトを過剰に称える傾向にある。
もし、サバティーニのリードアウトが失敗だとしたら、「完璧に任務を遂行してくれた」ではなく「チームメイトの働きに応えられて良かった」というようなコメントを残すはずだ。

傍目には決して「完璧」とは見えない状況で、「完璧」と言うからには、実際に「完璧」だったのだと思う。
つまり、サバティーニの早すぎるように見えたリードアウトは、作戦通りだったのだ。

このように振り返ってみると、早すぎるように思えたサバティーニのリードアウトは、結果としてライバルたちを釣り上げ、キッテルより先行させることができた。
これこそがクイックステップの狙いだったように思える。


letourdataのツイートより

キッテル、デマール、ボアッソンハーゲンのスピードを比較した図だ。

ボアッソンハーゲンは残り500m付近から200m付近まで、集団の先頭で風を受けながらスプリントしていた。
その動きをチェックするために、デマールは最高速度73kmに達するほどのスピードを出して脚を使った。
キッテルは、ボアッソンハーゲンのスピードに合わせて後方待機していた。

そして、200m地点からキッテルはいち早くスプリント開始する。
結果としてラスト100mのキッテルとデマールのスピード差は歴然だった。

"俯瞰型スプリント"とは、危険回避して安全なコースでスプリントする戦術

ライバルたちが行きたいところで競るから、斜行やら接触やら問題が起きる。
ならば、ライバルたちがいないところで自分のペースでスプリントをすればいいではないか。
あえて後方から前方を俯瞰し、安全なコース向けてスプリントする。
という発想の元、編み出された戦術が、この"俯瞰型スプリント"である。

第2ステージでも、キッテルはライバルたちが競り合う逆サイドからスプリントして勝利した。
トップスプリンター同士が競り合えば競り合うほどに、俯瞰型スプリントは有効なように思える。

それに、純粋に己のパワーを見せる良い機会となるし、スプリントの醍醐味は十分に伝えられる。
少なくとも、わたしは第6ステージのスプリントを見ていて、とても興奮した。

キッテルは勝利したとはいえ、2位との差はごくわずかだった。
スプリント開始が少しでも遅れれば、先頭に追いつくことは出来ないだろう。
つまり、斜行・接触のリスクを回避する代わりに、先頭に追いつかないリスクを背負うことになる。

だからこそ、俯瞰型スプリントのススメなのだ。
どちらの道もリスクはある。
だが、2通りのスプリント経路に、選手が分散することでプロトンはより安全になり、よりダイナミックなスプリントバトルを観客に見せられるようになる、と。

そんなキッテルからのメッセージを感じるスプリントだった。

サイクルロードレースの戦略・戦術は日進月歩で進化している。
あとは、運営だ。
過去の風習にとらわれることなく、より良いサイクルロードレース運営を目指してほしいものである。

Rendez-Vous sur le vélo…

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