サンウェブアシスト通信ツール特別号〜託された想いに応えるエース〜
2017/07/30
マイケル・マシューズという男ほど、主人公感の強い選手はいないだろう。
ペーター・サガンも、圧倒的な強さ、スーパースターとしての振る舞い、常にファンを楽しませる姿勢から強い主人公感を抱く。
マルセル・キッテルも、誰も寄せ付けない強烈なスプリント力に加えて、爽やかすぎるフェイスを見れば、この男が主役だと誰もが理解できることだろう。
サガンもキッテルも、凄まじい個の力が際立っている。
だが、マシューズを見ていると、もちろん個の力も素晴らしいが、それ以上にマシューズを支えるアシストたちの存在が、より一層マシューズの主人公感を引き立てているように見えるのだ。
ゆえに、ジロ・デ・イタリアでトム・デュムラン総合優勝を支えたチーム・サンウェブのアシスト陣にフォーカスした『サンウェブアシスト通信』のツール・ド・フランス特別号を書きたくなった。
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激坂スプリントを制した第14ステージ
サンウェブアシスト陣の中で重要な役割を持った選手は、ジロからの連戦となっているローレンス・テンダムとサイモン・ゲシュケだ。
2人とも登坂力・平坦巡航能力どちらも優れ、全局面でエースをサポートすることができる選手だ。
そして、スプリンターのマシューズの発射台となるニキアス・アルントの存在も重要だ。
この3名の活躍が際立っていたのが、第14ステージだった。
マイヨヴェールを着るキッテルとのポイント差は100ポイント以上あった。
ここから逆転するのは非常に厳しいと言わざるを得ない。
それでも、チームは全力をあげてマイヨヴェールの奪還を狙っていた。
終盤の上りで集団から遅れたキッテルを突き放すべく、そして逃げ続けていたトーマス・デヘントを捕まえるべくテンダムや山岳賞ジャージを着用するワレン・バルギルが中心となってメイン集団を率いていた。
狙い通り、キッテルに対しては集団復帰が不可能なほどのタイム差がついた。
デヘントを吸収する頃には、テンダムは力尽きて仕事を終えていた。
すると、逃げ切りを狙ったカウンターアタックを試みる選手も現れる。
特にカチューシャ・アルペシンのトニ・マルティン、マウリス・ラメルティンクのアタックは強烈だった。
メイン集団はゲシュケが牽引する一方で、ラメルティンクのアタックはアルントがチェックに入った。
ゲシュケも追走に力を使い果たして、力尽きる。
マシューズの周りにはアシストが誰もいなくなってしまったように見えた。
最後まで抵抗していたラメルティンクが吸収されると、逃げをチェックしていたアルントが、力を振り絞ってマシューズのためにポジション取りのアシストをする。
残り1kmを切って、マシューズのポジションは5番手。
絶好の位置で、激坂区間へ突入することができた。
あとは、マシューズのスプリント勝負だった。
アルデンヌの王であるフィリップ・ジルベール、リオ五輪金メダリストのフレフ・ヴァンアーヴェルマートら、強力なライバルたちも好位置でスプリントを開始したが、チームメイトの献身的な働きに応えるべく、マシューズのスピードは一段階上回っていた。
最後はヴァンアーヴェルマートを、2車身近く突き放す圧勝だった。
30ポイントを獲得したとはいえ、キッテルとのポイント差はまだ99ポイントもあった。
100kmのチームTTを決行したサンウェブ
第15ステージでは、1級山岳と3級山岳を越えた先にある中間スプリントを獲るために、テンダムとゲシュケとバルギルと共にマシューズは逃げに乗った。
ここでも、着実に中間スプリントポイントを1位通過を果たし、キッテルとのポイント差は79ポイントとなった。
第16ステージは、レース序盤から始まる3級山岳で再びキッテルが遅れたことを知るやいなや、チーム総動員で集団牽引を開始する。
3級山岳で千切れかけたアシストも必死で集団復帰を果たし、全員でローテーションしながらキッテルとのタイム差を開いていった。
サンウェブは100km走っても、まだチーム全員が集団に残って仕事をしていた。
全てはエースであるマシューズのため。
サンウェブの結束力は並々ならぬものがあった。
横風区間が始まるとチームスカイがペースアップを図る。
すると、1日中仕事をしていたサンウェブのアシスト陣は遅れだしてしまう。
アルバート・ティマー、ラモン・シンケルダム、ミケ・テューニッセン、テンダム、ゲシュケと次々と千切られていった。
アシストをごっそり失ったマシューズは、集団内で孤立してしまう。
横風区間で肝心のエースが遅れてしまっては、今日のサンウェブの仕事は全く意味が無くなってしまう。
非常事態だったが、ここで奮起した男はまたしてもアルントだった。
身長188cmの巨大な身体を活かして、マシューズの風よけとなった。
有力選手が取り残された小集団を尻目に、スカイの牽く先頭集団内でポジションを保った。
先頭集団内には、バルギルも残ることができていた。
残り2kmを切ると、集団からダニエーレ・ベンナーティがアタックを仕掛けた。
強風を物ともしないベンナーティの攻撃は非常に危険だった。
追走せねばならないが、ここでリードアウト役のアルントを使うわけにはいかない。
そこでマイヨアポワを着るバルギルが立ち上がった。
決して平坦での独走力が高いわけではない上に、総合成績のジャンプアップも狙えるなか、マシューズのために必死にベンナーティの追走を試みた。
バルギルの献身的な牽きによって、ベンナーティとの差を詰めた。
しかし、吸収には至らない。
ベンナーティが数秒のリードを保ったまま、残り1kmのアーチをくぐり抜ける。
集団では、最終スプリントに向けた位置取り争いも行われていた。
中盤の100kmにわたる集団牽引、横風区間での護衛と、消耗していないはずがないアルントが、マシューズを引き上げて集団の2番手につけていた。
集団先頭を牽いていたディメンションデータのヤコ・ヴェンターが仕事を終えると、アルントが一気に加速する。
残り500mで、ベンナーティを捉えると、集団先頭をキープしたまま最後のS字コーナーへ突入する。
絶好の位置で発射されたマシューズは、ヴァンアーヴェルマートの番手につくと、最後の直線で一気に抜き去った。
追い上げるエドヴァルド・ボアッソンハーゲンを差し切って、写真判定の末ステージ2勝目を手に入れた。
マシューズは、中間スプリントポイントと合わせて50ポイントを獲得。
キッテルとの差は、いよいよ29ポイント差と逆転を射程範囲内に捉えた。
チームメイトの働きがあればあるほどに強くなるマシューズ
第17ステージでも、サンウェブアシスト陣は積極的にレースをコントロールする。
集団前方でレースを展開していたことで、後方で発生した大落車にマシューズは巻き込まれずに済んだ。(バルギルは巻き込まれてしまったが)
だが、この落車にはマイヨヴェールを着用するキッテルも含まれていた。
落車のダメージは大きく、キッテルはリタイアを余儀なくされてしまった。
熾烈なマイヨヴェール争いは、思わぬ形で決着がついてしまった。
このような形はマシューズ自身も望んでいなかっただろう。
キッテルが万全なら、第19ステージと最終ステージで100ポイント近く加算することも可能だったはずだ。
キッテルの落車は非常に残念だ。
とはいえ、サンウェブの功績は大きいだろう。
アシストをフル動員して、非常に際どい戦いを制してステージ2勝。
見事な戦略だ。
それゆえ、マシューズがマイヨヴェールを獲得したことは手放しで称賛したいと思う。
サンウェブのアシスト陣は決して強くない。
それは、ジロでも同じだった。
しかし、卓越した結束力、針の穴に糸を通すかのようなチーム戦略、そして何よりもチームメイトの働き・想いが強くなればなるほどに力を発揮する、まるで"元気玉"のようなマシューズのスプリントは本当に強かった。
残るステージ。
サンウェブアシスト陣に与えられた任務は、マシューズを無事にパリ・シャンゼリゼに帰還させることだ。
あと4日。
サンウェブアシスト陣の戦いはまだまだ続く。
Rendez-Vous sur le vélo…
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