さいたまクリテリウムに見る、ワールドチームのルーラーによる本気のお仕事とは?
さいたまクリテリウムは興行的側面が強い。
だが、2年つづけて現地観戦してみて感じたことは、レース展開が完全にわかっていなくてもなお、補って余りあるほどのレースの面白さ・醍醐味がビンビン伝わってくるほどの迫力だったことだ。
今年のベストレーストップ10に入れたくなるくらい個人的には興奮したレースだ。
なぜ、ここまで心を打たれるかというと、走っている選手が本気だからだ。
「さいたまは本気のレースじゃない」という意見を持たれている方もいるかもしれない。
そういった方々を否定するつもりは一切ないが、現地で選手たちの走りを間近で見た感想は「明らかに本気だ」という一言に尽きる。
という筆者自身の感覚を証明するために、レース中継映像を見ながら検証してみた。
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序盤のスプリントポイントを巡る攻防
3周回目が終わるところで、1回目のスプリントポイントが用意されていた。
逃げていたのはミカル・クウィアトコウスキー、ニキアス・アルント、アマエル・モワナール、窪木一茂、畑中勇介という元世界チャンピオンや現・日本チャンピオンなどを含む強力な5人だ。
2周目終了時点での逃げとメイン集団とのタイム差は19秒だった。
だが、クイックステップ・フロアーズが牽引するメイン集団は、5人の逃げをわずか1周で捉えたのだ。ホームストレートでエースのマルセル・キッテルを発射して、見事にスプリントポイントを1位で通過したのだ。
スプリントポイントで2位に入ったアルントは、3周回目を4分27秒で走っており、1周3.1kmとして計算すると時速41.8kmだった。
この日のレースの平均時速が時速41.5kmだったので、だいたい平均的なスピードで走っていることがわかる。
一方で、キッテルは4分8秒で走っていたので、3周回目は時速45kmで走ったことになる。
90度のコーナーが8ヶ所、180度のコーナーが2ヶ所、勾配7%の上りが2区間、同勾配の下りが2区間が、3.1kmのコースに詰め込まれた非常にテクニカルなコースレイアウトにもかかわらず、19秒のタイム差を1周で奪い取るクイックステップのファビオ・サバティーニ、ペトル・ヴァコッチ、ジュリアン・ヴェルモトの牽きは、まさに世界最高峰のリードアウトトレインだった。
さいたまクリテリウムのような平坦路の多いコースでは、ルーラーの働きが最も重要となる。
サンウェブアシスト陣の仕事ぶり
続くスプリントポイントは7周回目終了地点だ。
新たに逃げは、ネイサン・ハース、トム・ヴァンアスブロック、ミカル・ゴラス、ミヒャエル・シェアー、そして別府史之というワールドチームで構成された強力な5人だ。6周回目終了時点での逃げとメイン集団のタイム差は14秒だった。
ここでは、サンウェブが積極的に集団牽引を担った。ヨハネス・フレーリンガー、サイモン・ゲシュケ、そしてスプリンターでもあるアルントがローテーションしながら、逃げとのタイム差を一気に縮めた。
フィニッシュ地点を待つことなく、2回目のアンダーパスの下り付近、だいたい残り700m地点で5人の逃げを捉えたのだ。
6周回目終了地点から、残り700mのアンダーパス下り付近までの距離は2.4kmとすると、
逃げ集団は3分11秒で走り、時速45.2kmだった。
サンウェブが牽くメイン集団は2分57秒で走り、時速48.8kmだった。
コーナーでのスピードダウンを考慮すると、直線路はほとんど時速50kmを越えるような、とんでもないスピードで駆け抜けたことになる。マウンテンバイクの第一人者である山本幸平が千切れるのも無理もないだろう。
アイゼルの鬼牽き
レース終盤には、クリス・フルーム、ワレン・バルギル、リゴベルト・ウラン、グレッグ・ヴァンアーヴェルマートの4人からなる超豪華な逃げ集団が形成されていた。
キッテルを抱えるクイックステップだけでなく、マーク・カヴェンディッシュを擁するディメンションデータは、このマイヨ・ジョーヌ集団の逃げを容認していいはずがない。
ところが、クイックステップもディメンションデータも積極的に牽こうとしない。
やはり興行レースとして、マイヨ・ジョーヌに見せ場をつくろうとしていたのだろう。
途中、愛三工業レーシングチームが集団牽引を試みる場面もあったが、4人の逃げとの差はほとんど縮まることはなかった。4人のスピードはガチである。
そうして、残り3周となった地点での逃げ集団とメイン集団とのタイム差は、目視で33秒だった。
強力な4人の逃げを、残り9.3kmで33秒差を詰めることは、いくらディメンションデータとクイックステップといえども容易ではない。逃げ切りの可能性が高まってきた。
さらに逃げ集団からバルギルが単独アタックを決め、フルームがブリッジをかけてマイヨ・ジョーヌとマイヨ・アポワの2人の逃げとなった。残り2周で先頭とメイン集団のタイム差は26秒だ。6.2kmで26秒差を詰めるのは、いよいよ難しくなってきた。
残り2周からはメイン集団をヴェルモト→ヴァコッチ→ベルンハルト・アイゼル→ヤコ・ヴェンターという順番でローテーションしながら、逃げを追いかけた。
ラスト1周を知らせる鐘が鳴り響くフィニッシュラインを通過した時点では先頭のバルギルとメイン集団のタイム差は、まだ16秒あった。
クイックステップ、ディメンションデータとしてはいよいよマズいという状況になったが、序盤から仕事をし続けているクイックステップには前を追う力は残っていなかった。
そこで、気迫を見せたのはアイゼルだ。
1回目のアンダーパスの手前から先頭固定で、集団を牽引していた。
まずは、上りが終わるあたりで逃げていたフルームを一気に吸収。そのままコーナーを曲がり、180度コーナーもアイゼルが先頭で牽いたまま、残り1kmのフラムルージュもアイゼルが牽きっぱなしで通過した。アイゼルの鬼牽きはアンダーパスの下りきったところで終わった。
アイゼルの凄まじい働きもあり、アンダーパスを上りきったあたりでのバルギルとのタイム差は3秒まで縮まっていた。
新城幸也が別府を引き上げる形で集団の先頭に躍り出て、カヴェンディッシュはハースが引き上げ、疲れたクイックステップはキッテルが埋もれてしまったままだった。
最後の180度コーナーはバルギルが単独先頭のまま、そしてハース、別府、カヴェンディッシュ、畑中と続き、勝負の行方は残り300mのホームストレートに託された。
ハースのリードアウトが終わった残り200m付近から、別府がスプリントを開始。付き位置にいたカヴェンディッシュも続く。
途中逃げに乗っていたものの、中・終盤は脚を貯めることができた別府のスプリントの伸びは非常に良い。中間スプリントで思いっきり踏んでいたカヴェンディッシュに対して、リードを保ったまま残り100m、残り50m、残り25m地点を通過。
いよいよ別府の勝利か!?と思った瞬間、ツール・ド・フランス通算30勝の名スプリンター・カヴェンディッシュがフィニッシュライン寸前で別府を差して勝利した。チームメイトの働きに応える見事な勝利を飾ったのだ。
最終周回を、バルギルは4分25秒で走り、時速42.1kmだった。レース最終盤、独走でレース平均時速を越えるスピードをキープしていたバルギルの走りも素晴らしかった。
メイン集団は、最終周回を4分6秒で走り、時速45.3kmだった。半分ほどの区間はアイゼル一人で牽引していたにもかかわらず、集団が比較的フレッシュだった序盤に匹敵するほどのスピードを叩き出したのだ。
最後のフミとカヴェンディッシュのマッチスプリントは、どう見たって本気のガチンコ勝負である。
シーズンも終わり、バカンスモードで来日した選手たちのコンディションはトップではなかったにせよ、ロードバイクで走り出せば、やはりプロは本気モードのスイッチが入るのだろう。
トップコンディションではないことと、本気ではないことは、似て非なるものである。
前日の会見で、別府は囲み取材にこう答えていた。
「クリテリウムは日本で開催するけどツール・ド・フランスそのものだ。ツールがさいたまの土地で行われているといっても過言ではない」
この言葉に偽りがないことは、別府自身の走りを見ても明らかだし、数字で検証しても紛れもなく本気モードだったことが伝わるのではないだろうか。
何にせよ、さいたまクリテリウムは今年も面白かった。そしてやはり、サイクルロードレースは面白い。この面白さを、わたしは日本中の人々に伝えていきたい。
Rendez-Vous sur le vélo…
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