サイバナ

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コラム

落車負傷した新城幸也の猛アシストを起点に、グレガ・ボーレを勝利に導いたチーム戦術とは?

「個人総合はもちろん、ステージ優勝を狙っていく。ワールドチームのプライドを見せたい」

ツアー・オブ・ジャパン開幕前日に行われた記者会見での新城幸也のコメントだ。

2016年のジャパンカップ以来の日本国内で開催されるUCI公式レースへの出場となったユキヤ。今シーズンはツール・ド・台湾で総合優勝を飾り、出場したワールドツアーでもUCIポイントを稼ぐ走りをしており、好調を維持している様子だった。

そのため、2年ぶりのTOJで、日本のファンの前で良い走りをしたいという想い強かったのだろう。記者会見で力強く抱負を語る姿から期するものを感じた。

京都ステージでは、終盤に自ら集団を絞り込むようなアタックを見せた上で、逃げ切りができないと見るやいなや、エーススプリンターのグレガ・ボーレのリードアウトを務め、ボーレをステージ2位に導いた。

逃げ、アタック、山岳でのアシスト、平坦でのアシスト、スプリンターのリードアウトと所属チームで何でもやってきた経験が光る、なんともユキヤらしい動きという印象を受けた。

一ついえることはユキヤの調子は非常に良さそう、ということだ。

そうして、大会前から狙っていると公言していた「いなべステージ」を迎えた。

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激しい落車に巻き込まれ負傷

だが、いきなりユキヤに悪夢が襲いかかる。

スタート直後に逃げを狙う動きが活発になるメイン集団内で、なんてことはなさそうに見える直線路で集団落車が発生。

ユキヤは落車に巻き込まれてしまい、ジャージが破れる衝撃に加えて、顔面から流血する大怪我を負ってしまった。

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しばらく立ち上がれないほどのダメージに見えたが、治療もそこそこに再スタートを切ると、1周回目が終わる前に集団復帰を果たす。

「転んだことは仕方ない。いざ走ってみたら、ちょっと肩が痛いくらいだったので最低限の仕事はできると思った」と後に振り返っていたものの、ここからのユキヤのいう”最低限の仕事”に驚かされた。

早速、集団先頭に立ってけん引を開始すると、2周目、3周目、4周目と、いくら周回を重ねても集団の先頭には必ずユキヤの姿があった。左こめかみから血が流れ、目元が腫れ上がっている痛々しい姿であるにもかかわらずだ。

しかも、小石祐馬とダミアン・モニエという強力な逃げメンバーにもかかわらず、タイム差は1分前後に抑えられており、ユキヤのけん引力の凄まじさを目の当たりにした。

と同時に、狙うと公言していた「いなべステージ」でアシストの働きをするということは、自身のステージ勝利は狙わないということも意味する1。

ハードな展開から抜け出す力を持っているユキヤにとって、いなべのコースレイアウトは勝ちパターンに持ち込みやすいはずだった。ゆえに元々はユキヤがエースという作戦だったのではないかと思う。

そして肩の痛みというのは、レース後の検査によると「左肩肩峰骨折」によるものだ。わずかなヒビとはいえ骨折は骨折。

「自転車には乗れるけど、バーベル上げは無理」と話していたように、高負荷でのスプリントやアタックはさすがに身体がもたないという判断もあったかもしれない。

いずれにせよ、ユキヤは自らアシストに回ることを選択し、次のオプションであるボーレのスプリント勝利に向けて戦略を再構築したのだ。

ユキヤのけん引から集団分断に繋ぐ

ユキヤがほとんど先頭固定でけん引を続けたまま、小石とモニエの逃げは吸収された。やや集団が混沌しだすと、7周目に入る手前で再びユキヤが先頭に上がってけん引を開始したのだ。

最大斜度17%のイナベルグもハイスピードで上がり、他の選手のアタックを許さない。

しかし、KOMを過ぎてダウンヒルに差し掛かったところで、チームイルミネートのシモン・ペローがアタック。2年前までIAMサイクリングに所属し、ブエルタ・ア・エスパーニャでは逃げを連発していたような強力な選手だ。集団を一気に引き離して独走に持ち込んだ。

恐らくユキヤの仕事はこの後まもなく終了したのではないかと思う。数分後にはペローを集団に引き戻していたが、その集団の先頭を牽いていたのはデビッド・ペルだったからだ。

ここまでユキヤが集団けん引のほとんどを担っていたため、バーレーン・メリダの他アシスト陣の脚はフレッシュだ。

身長192cmの大型ルーラーであるペルは強烈なけん引を開始。集団が見事な一列棒状に伸びるほどのスピードでひき倒した。

すると、横風の影響もあってか、集団はいくつかに分断された。そして、後方集団には絶対的ステージ優勝候補のマルコ・カノラが取り残されることとなった。

カノラはこの日、バーレーン・メリダがコントロールするメイン集団の真ん中からやや後方よりを走っていた。

カノラの位置取りを踏まえて、またレース後半に風が強くなってきたことを活かして、集団分断を仕掛けたのではないだろうか。

先頭のペルは後続に大きく差をつけ、上り区間に差し掛かったところで仕事終了。代わって先頭に立ったのは27歳のハーマン・ペルンシュタイナーだ。遅咲きのネオプロながらツール・ド・ロマンディで総合14位に入った登坂力のある選手だ。

先頭固定ながらハイペースで上り区間でけん引。この時点で、先頭集団にバーレーン・メリダはペルンシュタイナー、ヴァレリオ・アニョーリ、そしてボーレを残していた。

一方で後方集団に取り残されたカノラは、NIPPOヴィーニファンティーニのアシストの力を借りつつも全開で集団復帰を試みた。上り区間で全力だったため、カノラ自身も脚を使わざるを得なかったと推測。

最終周回突入前に集団復帰を果たしたものの、ここで脚を使わせたことが最後の最後で生きてくる。

想いが背中を押したボーレのスプリント

メイン集団は相変わらずペルンシュタイナーがけん引。イナベルグでも手を緩めず、集団から脱落する選手もちらほら現れていた。

KOMを過ぎて、ダウンヒルを終えて、再びフィニッシュ地点に向かう上り区間に入ってもバーレーン・メリダがコントロールを継続。

この時、カノラは集団最後尾に位置していた。上りスプリントで有力となる窪木一茂も同様に集団最後方に位置していた。

JLTコンドールは選手を4枚残しており、ラスト1kmからバーレーン・メリダに代わって集団の先頭に出てリードアウトを開始している。エースのイアン・ビビーの位置取りをアシストしていた。

JLTコンドール勢の後ろをボーレはキープ。すると、いつの間にか集団最前方まで上がっていたカノラが、ラスト300mでスプリント開始。

2017年ツアー・オブ・ユタ第7ステージや、ジャパンカップクリテリウムで見せたように中距離の上りスプリントはカノラの得意領域だ。

完璧なタイミングで飛び出したかのように見えたが、ボーレがカノラの背後に食らいつく。

1車身以上差をあけられ、もはやスリップストリームの効果も薄い付き位置でも、ボーレはそれ以上離されなかった。

残り50mでカノラに並ぶと、最後は僅差で先着したのだ。

決して上りが得意ではないはずのボーレが、最後の最後でカノラをかわすことができた。それは最後の瞬間までボーレを全く消耗させずに、ライバルのカノラの脚だけを削りとった、ユキヤを始めとしたバーレーン・メリダアシスト陣の懸命な働きがあったからだ。

そしてもう一つ。

ユキヤがTOJに並々ならぬ覚悟と決意を持って参戦していることは、ボーレは百も承知だっただろう。ボーレ自身も「ユキヤを勝たせたい」と話していたように、いなべにかけるユキヤの想いは伝わっていたはずだ。

そのユキヤが落車して負傷すると、ユキヤ自身の勝利ではなく今度はボーレを勝たすために手負いの身で猛烈な働きを見せていた。

ボーレが意気に感じないわけがなかった。

「これは絶対に追いつかない」と解説者が絶叫するほど、カノラの絶対領域で1車身以上離れたところから逆転できたのは、ユキヤの想いがボーレのスプリントを後押ししたとしか考えられない。

翌日朝、ユキヤはTOJのリタイアを決意した。

前夜には「レースをリタイアするということは、単純にTOJが終わるということではなく、自分にとって勝負となる今シーズン、やっと掴みかけた大きなチャンスをすべて失うということになる」とツール・ド・フランスの出場メンバーのセレクションをかけて臨んだ一戦であることを示唆していた。

しかし、自転車に乗れる状態とはいえ手負いの身で雨のステージを走ることが、周囲に余計な心配をさせたり、チームメンバーやスタッフに気苦労を重ねることにも繋がるため、「自分が走ることで、みんなが幸せになれないなら、自分が走る意味はない」という言葉を残し、悔しさをにじませる姿もそこにあった。

それでも、いなべでのユキヤの働きは絶品だった。7周目まで他のアシストの力を温存できたユキヤの集団けん引があったからこそ、成立した戦術だったからだ。

さらに多少の傷み・怪我、いや重傷を負ってもツール・ド・フランスで走り続けることができると思わせる「新城幸也」というプロサイクリストの価値を、改めてチーム首脳陣にアピールすることはできたのではないかと思う。

ツールのメンバーに選ばれることを祈って、今はただ万全の状態でレースに復帰することを願うばかりだ。

Rendez-Vous sur le vélo…

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