敗北した別府史之と小林海に見る、"プロフェッショナルの走り"とは?
2017/07/08
ツール・ド・フランスを1週間後に控えた、6月の最終週は非常に忙しい。
スペイン、スイス、フランス、ベルギー、オランダ、イタリア、ドイツ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ノルウェー、スウェーデン。
ヨーロッパ諸国を中心に、ナショナル選手権が開催されるからだ。
ほとんど同じ時間帯で開催されるため、全てのレースの動向をチェックすることは不可能だ。
とはいえ、翌週からのツールに向けて、最後の前哨戦となるので、各選手の状態を確認する作業は必要なのだ。
そして、日本でも同様にナショナル選手権が開催されていた。
正式名称は"全日本自転車競技選手権大会"。
今年の開催地は青森県の階上町だった。
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今年の目玉選手は別府史之
総勢119名がエントリーした、男子エリートロードレース。
注目は何と言っても、ワールドツアーの舞台で戦う男。
トレック・セガフレードの別府史之だ。
全日本への出場は、2014年以来のこと。
かつて2006年はロード・TTの両方で優勝し、2011年も両部門制覇、2014年はTTのチャンピオンに輝いた。
圧倒的な実績・実力を持つ、優勝候補の筆頭だった。
しかし、強い選手が必ず勝つとは限らないのがサイクルロードレースの魅力の一つ。
フミはチームメイトが誰もいない中、単騎での参戦となった。
一方で、昨年のU-23王者の小林海を擁するNIPPO・ヴィーニファンティーニは、窪木一茂・中根英登・内間康平・小石祐馬ら5名体制で挑む。
さらに、UCIアジアツアーチームランキング1位のチームUKYOからは、畑中勇介・平塚吉光・平井栄一・菱沼由季典・徳田鍛造・徳田優・中井路雅ら7名。
ブリヂストンアンカーは7名、シマノレーシングは6名、宇都宮ブリッツェンも6名、マトリックスパワータグは8名もの選手を出している。
全日本は個人戦ではあり、所属チームによる人数制限は一切ない。
そのため、最終的にはチーム力がものを言う展開になりやすいのだ。
今大会は、ワールドチームのフミ、プロコンチネンタルのNIPPO、そしてその他チームという対立構造が浮き彫りとなるレース展開となっていった。
序盤で遅れを喫したフミの猛追劇
アクチュアルスタートを切った直後、ダウンヒルで集団落車が発生。
前年度チャンピオンのブリヂストンアンカーの初山翔は鎖骨骨折してリタイア、宇都宮ブリッツェンの岡篤志も鎖骨骨折、他にも有力選手を大勢含む波乱の幕開けとなった。
さらに、単騎参戦のフミも上りで遅れを喫してしまった。
何故遅れてしまったかの詳細はハッキリとしていない。
あくまで推測だが、その後のフミの走りを見ていると序盤であっさりと数十名から遅れをとるようなコンディションとは思えなかったので、パンクなどのトラブルがあったのではないだろうか。
遅れてからのフミの走りは凄まじかった。
時速40〜50キロに達するスピードで、長時間集団牽引することが出来るほどフミの巡航能力は高い。
得意の平坦路で追い上げ、坂はテンポで上ることで徐々に前方の集団との差をつめていく。
一方、メイン集団では、断続的にアタックがかかる状態が続いていた。
12周目の上り区間を利用して、NIPPOのマリノがペースアップを図るシーンも見られたが、集団を決定的に破壊するには至らず。
その後も強力選手を多く残しているブリヂストンアンカー、チームUKYO、シマノレーシングなどのチームが攻撃的な走りを見せ、激しい展開に持ち込む。
集団が20名ほどまで絞り込まれると、決定的な逃げが生まれる。
Jプロツアー年間ランキング1位に3度輝いたことのあるチームUKYOの畑中、序盤から逃げに乗っていたブリヂストンアンカーの鈴木龍、シマノレーシングの湊諒、乗鞍や富士ヒルで圧倒的な戦績を残している"山の神"ことイナーメ信濃山形の森本誠らが、集団からリードを築く展開に。
後方には、シマノレーシングのエース・入部正太朗、元全日本チャンプのマトリックスパワータグの土井雪広などが追走するも、NIPPOは誰も先頭・追走集団に選手を送り込めなかった。
NIPPOが仕事をした直後に、レースを激しく動かして流れを変えたようだった。
マリノは第2追走グループに取り残され、チームメイトも小石を残すのみとなり、厳しい状況に追い込まれた。
13周目、完全にペースダウンしていた第2追走グループに、忽然とフミが現れる。
とうとう前の集団に復帰を果たす。
ほとんどの区間で自らが先頭で風を受けながらも、再び勝負ができる位置へと戻ってきた。
先頭集団から畑中がアタック
序盤から逃げていた鈴木龍がペースダウンをしたためか、先頭集団のスピードが思うように上がらない。
スプリント力のある土井、入部らの合流を嫌って、フィニッシュまで残り30km近くを残して、畑中が単独アタックを決行した。
人数で勝るはずの後方集団とのタイム差を、ぐんぐん開いていった。
フミのいる第2追走集団は、主にフミ自身が集団を率いながら前を走る選手たちとの差を詰めていく。
時折、集団でローテーションしながら脚を休ませるものの、自分が不利になることなど一切考えず、ただ勝利すること=前に追いつくことだけを考えて走っているようだった。
いよいよ最終周回に突入する頃には、先頭で単独で走る畑中を除いて、すべての追走メンバーにフミは追いついた。
追いつくやいなや、再び集団からアタックを仕掛け、シマノレーシングの選手2人と共に先頭の畑中を追いかける。
フミは一貫して攻撃的な走りを緩めない。
ところが、ダウンヒルを攻めたフミは落車してしまう。
ここで万事休すか。
フミは左半身に擦過傷を負い、バイク交換も余儀なくされたが、集団には復帰を果たしたものの、大きなタイムロスとなり、畑中を捉えることはほとんど不可能となってしまった。
畑中はそのまま逃げ切って、自身初の全日本チャンピオンに輝いた。
最近いろいろあった奥様と娘さんと、抱擁しながら喜んでいた。
このシーンは非常にハッピーな情景だったので、例の一件もこれで手打ちでいいのではないか。1)と思ったのに、未だに自ら薪をくべて炎上を継続させている模様。ちょっと擁護できないなあ、これでは…。ナビゲーターって「右向け右!」と人をコントロールするのではなく、「右行ってみるのはどうですか?こんなに良いところですよ!」と自発的な行動を促すことが仕事だと思う。
新しい全日本チャンピオンを、慎ましく支えていただければいいなと思う。
メイン集団では最後の上りで、マリノがアタックを仕掛ける。
しかし、シマノレーシングの3人にチェックを許してしまい、いくらマリノと言えども攻撃を続けることは難しかった。
マリノをチェックしていた入部がアタックを仕掛け、ロングスパートを決めにかかる。
後方からは、再びフミが集団を率いてマリノら逃げを吸収していくと、そのままスプリントを開始する。
全210kmの区間の大半で、風を受けながら走っていたとは思えない抜群の伸びを見せ、集団の先頭を取った。
序盤の遅れ、ほとんど単独での追走、終盤の落車・バイク交換、というトラブルを乗り越え、2位という結果はさすがの一言に尽きる。
しかし、全日本はハッキリ言ってしまえば、2位以下の成績はあまり意味がない。
一応、UCIポイントは付与されるものの、フミはUCIポイントの獲得が目的で参戦したわけではないだろう。
全日本チャンピオンのみが着用を許される特別なジャージを持ち帰ること、そのただ一点だった。
フィニッシュの瞬間は、ハンドルを叩いて悔しがっていた。
フミとマリノのレース後のコメントに、強烈なプロ意識を感じた
レース後のフミは、単騎で他のチームに対抗する戦略を語っていた。
「平均スピードを上げる動きで対応しました。上りはテンポで上った、平坦は一定ペースを守り、なるべく他の選手の脚を削りたかった。逃げができても前との差を広げすぎず、大きな逃げを作らないように潰す動きを積極的に行いました」
(※『畑中勇介「勝利の確信はラスト500m」 最終周回で落車した別府史之は意地の走りで2位』より)
このコメントにゾクッとした。
フミが先頭でペースをあげても、後ろにつく選手たちは空気抵抗が軽減されることで、より少ないエネルギーで走ることが出来る。
つまり、"平坦路を一定ペース"で走って、後ろにつく選手たちにダメージを与えるためには、凄まじいハイペースでの走行が必要とされるからだ。
そのような走りが出来て、しかも210km走った後のスプリントで誰よりも先着できる。
恐ろしいまでのタフさ、異次元のスピード、そして勝負勘。
やはりワールドツアーの第一線で戦うフミの実力は段違いだった。
さらに、
「今回全日本選手権に出場する事にしたのは、口ばかり若い子が増えていると感じていたから。そして自分の走りを見せたかったから。本当は勝てれば良かったのですが、メッセージにはなったかなと思います」
というコメントも残している。
(※『全日本選手権ロードレース2017 男子エリートコメント集』より)
間違いなく強烈なメッセージを残したのではないだろうか。
一緒に走った選手だけでなく、見ているファンの心にも突き刺さるような強烈なメッセージだったように思える。
たとえトラブルがあったにせよ、段違いの実力差のあるフミを抑えて優勝した畑中も素晴らしい。
チーム力を活かして独走に持ち込んでからの30kmは、誰よりも速かったのは事実だ。
UCIアジアツアーを主戦場に戦うチームUKYOにおいて、全日本チャンピオンジャージをアジアにアピールする良いチャンスになるだろう。
そして、期待されていたマリノも不発に終わってしまった。
レース後にマリノは自身のTwitterでコメントを残していた。
今日は1番強いチームで1番強いチームメイト達にしっかりサポートして頂いたのにも関わらず、自分の判断ミスなどで勝ちを逃してしまった。最大のミスは畑中さんがこんなに強いと思っていなかったこと。
— Marino Kobayashi (@Ma_F_Ko) 2017年6月25日
みんなにとって特別なレースで、プロ1年目で最年少の僕のために割り切って働いてプロの走りをしてくれた。僕だけがプロの走りを出来なかった。この結果をしっかり受け止めて、これからのレースで更に上を目指す。今日はチームメイトのみなさん、応援してくれたみなさん本当にありがとうございました。
— Marino Kobayashi (@Ma_F_Ko) 2017年6月25日
わたしが印象に残ったのは、『悔しい』という言葉を使っていないことだ。
『プロの走りを出来なかった』 という一言に、マリノが目指すレーサー像の高さが感じられた。
ならば、「マリノはまだ若いから」というように、擁護することは失礼に値するだろう。
マリノにはとことん期待して、"有望な若手選手"ではなく"日本を代表する選手"の1人としてこれからもマリノの動向をチェックしていきたい。
通常のチーム戦とは異なり、チーム人数に差がある状況。
しかも同じ国籍の選手たちが、たった1枚のチャンピオンジャージを巡って争うナショナル選手権は独自の面白みがある。
と同時に、勝者と敗者がこれほどくっきりと分かれるレースも珍しい。
プロフェッショナルの本当の意味を、ファンに強烈に教えてくれるレースではなかっただろうか。
今年はオンデマンドで初めて中継を見ることが出来たが、来年以降もぜひ継続してほしいと強く願う。
References
1. | ↑ | と思ったのに、未だに自ら薪をくべて炎上を継続させている模様。ちょっと擁護できないなあ、これでは…。ナビゲーターって「右向け右!」と人をコントロールするのではなく、「右行ってみるのはどうですか?こんなに良いところですよ!」と自発的な行動を促すことが仕事だと思う。 |
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