フィリップ・ジルベールはクイックステップのエースではないのか?

ドワルス・ドール・フラーンデレンが始まるまでに、クイックステップは今シーズンここまでに計16勝をあげていた。
マルセル・キッテルが5勝でチーム内最多勝、フェルナンド・ガヴィリアが4勝で続いている。
さらには、マクシミリアーノ・リケーゼ2勝、トム・ボーネン1勝と、スプリンターによる勝利がチームの大半を占めている。

残る4勝は、ニュージーランドTT選手権を制したジャック・バウアー、ボルタ・アオ・アルガルベのクイーンステージを制したダン・マーティン、パリ〜ニースの個人TTステージで念願のワールドツアー初勝利をあげたジュリアン・アラフィリップと、同じくパリ〜ニースで勝った様々な反響を呼んだダビド・デラクルスによるものだ。

あれ?フィリップ・ジルベールは?ニキ・テルプストラは?
というツッコミは野暮だろうか。

なお、昨シーズンもワンデークラシックでの勝利はゼロに終わっている。

クイックステップの負けパターンは主に2通りある。

1つは、レースが決定的に動くときに、先頭集団に選手を送り込むことが出来ず、そのまま何も出来ずに負けるパターン。
もう1つは、首尾よく先頭集団に選手を送り込み、それも複数人送り込んで数的優位をつくり出すにもかかわらず、なぜか負けるパターンだ。

原因はクラシック銀河系軍団と言えるほどの巨大戦力が招く、エースの乱立状態にある。

エースに期待されることは、レースで勝つことだ。
自分が勝つためには、集団牽引やアタックのチェックなどで消耗するわけにはいかない。
ゆえに、アタックを見送ってしまったり、数的優位を活かせずに負けることが多くなる。

何の対策もなされないどころか、今シーズンからクラシックの王様と言えるフィリップ・ジルベールが新たにチームに加わり、エース乱立状態に拍車をかける結果となった。

オムループ・ヘット・ニュースブラッドでは、サガンたち精鋭集団に選手を送り込めず、追走集団には3名選手を残していたが、何も出来ずに敗北。
ストラーデ・ビアンケでは、スティバルとトレンティンの連携プレーが光ったが、クヴィアトコウスキーの独走を許してしまう。
ミラノ〜サンレモでは、ステージレースで結果を出しているガヴィリアとアラフィリップの活躍が目立っていた。

クラシックスペシャリストは全く結果が残せていない。
銀河系軍団の名が泣くほどに。

そうして、今季からワールドツアーに昇格したドワルス・ドール・フラーンデレンを迎えた。

再び数的優位を築く展開に

そろそろ逃げ集団を捕まえようかという、残り75km地点あたりでプロトンは活性化する。
30名以上の小集団が先行する展開となる。

ここから、石畳やミュールを越えるうちに人数を減らしていった。

クイックステップは、フィリップ・ジルベールとイヴ・ランパートの2名を残している。
他のチームで残っている選手では、ロットNL・ユンボのディラン・フルーネヴェーヘンが非常に手強い。
ジルベールもランパートもスプリント能力は低くはないが、フルーネヴェーヘンのスプリントには敵わない。
このままゴールまで一緒に連れて行く訳にはいかなかった。

残り30km地点、ロンド・ファン・フラーンデレンでもお馴染みのパテルベルクでクイックステップが動いた。
ジルベールが自らペースアップを図り、集団を一気に4名まで減らすことに成功する。

残ったのはチームメイトのランパートに加え、
オリカ・スコットのルーク・ダーブリッジ、アスタナのアレクセイ・ルチェンコだ。
スプリント能力ではジルベールとランパートの方が上ではあるが、集団破壊のために二人は脚を使っていることを考えるとバンチスプリントになった場合に決してクイックステップが有利とは言えない。

だが、ジルベールには策があった。
策は、パテルベルクでのアタックから始まっていた。

策士・ジルベールの仕掛け

元世界チャンピオン、グランツールステージ通算9勝。
そして何より2011年のアルデンヌクラシック3連勝は圧巻だった。

フィリップ・ジルベールはベルギーの伝説のライダーに引けを取らない、レジェンド級の選手だ。

ベルギーのチームを離れ、2012年からBMCレーシングで走っていた。
世界チャンピオンこそ、BMC時代の成果であるが、2011年以前のオメガファルマ・ロット時代に比べると物足りないシーズンが続いた。

2017年シーズンに向けて、ジルベールはクイックステップへの移籍を自ら志願した。
ベルギーのレジェンドは、このまま終わる訳にはいかない。

ジルベールの得意なレースはアルデンヌクラシックであり、石畳中心のフランドル系のレースではないとはいえ、
屈指の戦力にもかかわらず勝てない、ベルギーチームの惨状をもどかしく思っていた。

普段はアシストを務めるランパートと、実績十分で誰もが認めるエースであるジルベール。
この格差を活かした策を考えついた。

まずはジルベール自らパテルベルクで仕掛ける。
当然、見送っていい選手ではないのでダーブリッジとルチェンコは本気で追走し、4名の逃げが決まる。

そこで、ダーブリッジとルチェンコに対し、チームメイトと共にジルベールは自らローテーションを回るので、一緒に集団を引き離さないか?と提案する。
TTスペシャリストのダーブリッジ、独走力に定評のあるルチェンコの協力を得たジルベールとランパートは、後方集団との差をぐんぐん広げる。

残り10km、ジルベールはランパートに指示を送る。
指示を受けたランパートは背中の補給食、残ったボトルを全て捨てて身軽となった。

ダーブリッジとルチェンコから見れば、ジルベールのためにランパートに最後の仕事をさせようとしているようにしか見えなかった。

最後のミュールであるノケーレベルクで、まずはジルベールがアタックを仕掛ける。
ライバルの脚の調子を見るための牽制アタックだ。
ここでルチェンコは少し遅れを取ってしまった。

ジルベールはルチェンコに脚は残ってないと判断。
あとはダーブリッジだけを何とかすれば勝てるだろう。

そうして、最後の策を実行する。

ダーブリッジの虚をつくランパートのアタック

ルチェンコのマークを受けるジルベールは、ダーブリッジの進路を塞ぐように道路の端に寄る。
その刹那、ランパートは左側から猛加速していく。

ジルベールをチェックしていたダーブリッジの反応は遅れてしまう。
このわずかな遅れが命取りとなった。

ダーブリッジの追走をジルベールは完全にマーク。
ダーブリッジはルチェンコに先頭交代を促すも、脚に限界が来ているため先頭交代できなかった。

自ら追いかけるしかないと悟った時には、すでに遅し。
ランパートとは10秒以上の差がついていた。
ここで勝負ありだ。

ジルベールがエースだからこそ成立した見事なチームプレーによって、
25歳のランパートにキャリア最大の勝利をもたらし、長らく続いたクイックステップのワンデークラシック連敗記録を止めた。

最後、ダーブリッジとルチェンコとのスプリントを制し、ジルベールは2位でフィニッシュした。
フィニッシュラインを越える時、ジルベールは自らの勝利のようにガッツポーズしていた姿が印象的だった。

ジルベールはクイックステップのエースだ。
決してアシストではない。
だからこそ、エース自ら献身的なアシストをして手にした1勝は、ただの1勝ではないのだ。

レース後、ジルベールだけでなく、スティバルとテルプストラもランパートの勝利を祝福していた。

クイックステップは良いチームだ。
選手同士の仲も良いし、雰囲気もいい。

ゆえに、この日のジルベールの走りは、銀河系軍団と言えるクイックステップのチーム全体への強烈なメッセージに見えた。
「いま一度、フォアザチームの精神に立ち返ろうぜ」
と、ジルベールが言っているように感じた。

E3・ハレルベーケ、ヘント・ウェヴェルヘム、ロンド・ファン・フラーンデレン、パリ〜ルーベとクラシックシーズンはいよいよ大詰めを迎える。

さらに結束力を高めたクイックステップは、真の銀河系軍団として勝利を量産が期待できる。

そして、ジルベールの勝利をもう一度見たいな。

Rendez-Vous sur le vélo…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)