オリカ・スコットは今大会、ずっと苦しんでいた。
総合エースを担うアダム・イェーツのための山岳アシストを多く連れてきていることもあり、平坦要員はいつもより少なめだ。
エーススプリンターのカレブ・ユアンは、ここまで未勝利に終わっていた。
大会直前には、リードアウト役のダリル・インピーが怪我のためジロ欠場となってしまった。
スヴェイン・タフト、マイケル・ヘップバーン、アレクサンダー・エドモンドソン、ルカ・メスゲツらがトレインを組むものの、
クイックステップ、ロット・ソウダル、ボーラ・ハンスグローエら強力なトレインの前にはスピード負けする場面が多々見られていた。
だが、第7ステージにようやくユアンが初勝利をあげることが出来た。
チーム力を結集して、紙一重の差でもぎとった勝利だった。
カレブ・ユアンの力は素晴らしい。
だが、素晴らしいエースの力だけで勝てるほど、現代の集団スプリントは甘くない。
集団牽引、リードアウト、エースのスプリント、全てが噛み合った時に初めて勝利を掴み取ることが出来る。
オリカのここまでの戦いぶりと、第7ステージの見事なチームワークを振り返りたい。
やや物足りない平坦アシスト陣
スプリントは、フィニッシュ地点から逆算して考えるものだろう。
まずは、エースのカレブ・ユアンだ。
ハンドルに覆いかぶさるような姿勢をとり、空気抵抗を極限まで減らした『超低空スプリント』が最大の武器だ。
だが、『超低空スプリント』には弱点があり、前方または真横に他の選手がいる時は繰り出せないのだ。
極端な前傾姿勢のため、自分の周囲の視認性が低くなり、落車の危険性が高くなるためだ。
したがって、ユアンの力を最大限発揮するためには、リードアウトが極めて重要となってくる。
集団の先頭でユアンを発射することが出来れば、ほとんど必勝と言えるほどのスプリント力をユアンは持っているのだ。
ユアンは今シーズン、ツアー・ダウンアンダーで4勝をあげる猛烈な活躍をした。
その際に、リードアウトとして重要な活躍をしたのがインピーだった。
しかし、インピーはリエージュ~バストーニュ~リエージュでの落車の影響で鎖骨を骨折してしまい、ジロは欠場となった。
さらに、ユアンに続くエーススプリンターと言えるマグヌス・コルトニールセンはツール・ド・ヨークシャーで落車して鎖骨を折ってしまった。
ダウンアンダーとアブダビツアーで、ユアンとのコンビネーションが光っていたロジャー・クルーゲの出番かと思われたが、ジロのメンバーには選ばれなかった。
ここまでユアンの勝利に欠かせなかったリードアウトたちが一切いない状態で、ジロに挑まねばならなかった。
インピーの代役を務めるのは、ルカ・メスゲツだ。
2014年にはボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャでステージ3勝、ジロでもステージ1勝をあげたことのある実力者ではある。
メスゲツにつなぐルーラー陣には、大ベテランのタフト、若手のエドモンドソンとヘップバーンが担うこととなった。
このメンバーを見たときには、トレインが少し弱いかなという印象を受けた。
いざジロ本戦を迎えると、ライバルチームはオリカの弱点を徹底的に突いてきたのだ。
ユアンの弱点を狙った攻撃に苦しめられた序盤
他のチームにとって、ユアンの力は脅威である。
だが、『超低空スプリント』は弱点がある。
ツール・ド・ヨークシャー第1ステージで優勝したディラン・フルーネヴェーヘンは、ユアンの前に出てからスプリントをすることで、『超低空スプリント』封じを実現した。
そして、ジロでは直接ユアンを狙わず、オリカのトレインが狙われた。
残り10kmを切ってからの区間では、オリカ・スコットが先頭を牽くシーンが目立っていた。
集団前方のポジションをキープするためには常套手段ではあるが、やや戦力が心もとないオリカのルーラー陣にとって重たい任務だった。
逆に、クイックステップ・フロアーズやボーラ・ハンスグローエと言ったチームは、平坦に自信があるチームなのでガンガンスピードを上げてくる。
クイックステップやボーラにポジションを奪われまいと、必死で走っているうちにオリカのルーラー陣はスタミナを消耗してしまっていた。
残り2kmを切ったあたりでユアンが単騎になっていたり、第1ステージのルーカス・ペストルベルガーの飛び出しを追えなかったり、第3ステージの横風分断作戦をもろに喰らってしまうなど、トレインの弱さが露呈していた。
第2ステージでは、好位置でスプリント開始できたユアンだったが、横から他の選手がぶつかってきた衝撃で、ペダルが外れるアクシデントに見舞われてしまう。
第5ステージは完全に埋もれてしまいステージ23位と、本領が発揮できないままだった。
だが、オリカ・スコットは現有戦力で戦うしかない。
工夫を見せた第7ステージ
残り10kmを切ってからは、いつも通りタフトが強力な牽引を見せる。
集団前方をキープしながら、続くトレインとユアンたちの力を溜めていた。
タフトを仕事を終えてからは、ヘップバーンが牽引を担う。
だが、フィニッシュ地点間際では道幅が狭くなるという情報を受けて、チームスカイとモビスターの総合勢が前のポジションを維持するために集団牽引を担ってくれた。
ここで、オリカトレインは冷静にチームスカイとモビスターに仕事を任せた。
要はクイックステップ、ボーラ、ロット・ソウダルと言ったライバルスプリンターチームより前寄りのポジションをキープ出来ていれば十分なのだ。
必ずしも先頭である必要はない。
スカイのヴァシル・キリエンカ、モビスターのダニエーレ・ベンナーティが仕事をするなか、最終盤に向けてヘップバーンがメスゲツとユアンを引き連れてポジションを上げていく。
チームスカイが仕事を終えた残り2km地点で、集団の先頭に立つことに成功する。
このヘップバーンの動きが、絶妙なタイミングで見事な仕事となった。
ディメンションデータ、ボーラと先頭争いをしながらも、エースのユアンは3〜4番手の好位置を常にキープしている。
残り500m、最終発射台であるメスゲツが先頭に立ち、ユアンをリードアウトする。
後ろからはボーラのリュドガー・ゼーリッヒに牽かれたサム・ベネットが迫る。
残り300m、まだ発射できない。
ゼーリッヒに真横に並ばれるが、メスゲツは踏ん張った。
ギリギリ前には出られていない。
辛うじて集団先頭をキープしているが、さらに背後にはアンドレ・グライペルとフェルナンド・ガビリアがピタリとマークしている。
残り250m、スプリントを開始するには若干早いタイミングではあるが、ユアンは決断する。
ユアンにとってベストタイミングからスプリントを開始することよりも、前に選手がいない状況でスプリントを始めることをユアンは優先したかったのだろう。
メスゲツの横を抜けてスパートをかけた。
結果的にリードアウトを終えたメスゲツが壁となり、ベネットにはすぐに背後を取られないようにしながら、グライペルとガビリアの進路を塞ぐ形となった。
ここで稼いだわずかな差が活きて、フィニッシュラインでは、ホイール半分の差という超接戦を制して、念願のステージ優勝を飾ったのだった。
勝因の一つは、ルーラー陣の実力が足りないからこそ、今回はチームスカイとモビスターの力をうまく借りて、体力を温存できたことだろう。
体力を温存してから、抜群のタイミングでメスゲツとユアンを引き上げたヘップバーンの動きに、第7ステージのベストプレー賞を贈りたい。
ヘップバーンの動きがあったからこそ、力を温存できたメスゲツが残り300mまで粘りのリードアウトが出来たのだ。
タフトの牽き、他力の活用、ヘップバーンの引き上げ、メスゲツのリードアウト、ユアンのスプリント、全てが最高のタイミングで最高のパフォーマンスを発揮して、ようやく紙一重の差で掴み取った勝利だ。
さあ、ユアンの次なる目標はポイント賞ジャージの奪還だ。
ガリビアとの差は91ポイント。
決して小さな差ではないが、諦めるにはまだ早い。
マリア・チクラミーノ獲得に向けて、ユアンの反撃がこれから始まるのだ。
Rendez-Vous sur le vélo…