ファビオ・アル、ダニエル・マーティン、アレクサンドル・クリストフといったスター選手を抱えるUAEチーム・エミレーツ。
フェルナンド・ガビリアを獲得するなど、2年続けて大補強を敢行して大幅に戦力アップを図った。
UAEチーム・エミレーツ2019ロースター
ファビオ・アル(28歳、イタリア、C・A)
スヴェンエリック・ビストラム(26歳、ノルウェー、R・U)
シモーネ・コンソンニ(24歳、イタリア、S)
ヴァレリオ・コンティ(25歳、イタリア、RC)
クリスティアン・デュラセク(31歳、クロアチア、PC)
ルイ・コスタ(32歳、ポルトガル、PC・E)
ロベルト・フェラーリ(35歳、イタリア、S・L)
アレクサンドル・クリストフ(31歳、ノルウェー、S・PS・U)
ヴェガールステイク・ラエンゲン(29歳、ノルウェー、R)
マルコ・マルカート(34歳、イタリア、PS・U)
ダニエル・マーティン(32歳、アイルランド、C・A・PC)
ヨウセフ・ミルサ(30歳、アラブ首長国連邦、RS・E)
マヌエーレ・モーリ(38歳、イタリア、RC)
シモーネ・ペティッリ(25歳、イタリア、C)
ヤン・ポランツェ(26歳、スロベニア、RC)
エドワルド・ラヴァージ(24歳、イタリア、C)
アレクサンドル・リアブシェンコ(23歳、ベラルーシ、PS)
ローリー・サザーランド(36歳、オーストラリア、R)
オリヴィエロ・トロイア(24歳、イタリア、RS)
ディエゴ・ウリッシ(29歳、イタリア、PC)
・新加入選手
セルジオ・エナオ(30歳、コロンビア、C)←チーム スカイ
フェルナンド・ガビリア(24歳、コロンビア、S)←クイックステップフロアーズ
トム・ボーリ(24歳、スイス、T・RS)←BMCレーシングチーム
ジャスパー・フィリップセン(20歳、ベルギー、PS)←ハーゲンズベルマン・アクシオン(PCT、アメリカ)
ルイ・オリヴェイラ(22歳、ポルトガル、S)←ハーゲンズ・ベルマン・アクシオン(PCT、アメリカ)
イヴォ・オリヴェイラ(22歳、ポルトガル、T)←ハーゲンズ・ベルマン・アクシオン(PCT、アメリカ)
ファンセバスチャン・モラーノ(24歳、コロンビア、S)←マンサナ・ポストボン(PCT、コロンビア)
タデイ・ポガチャル(20歳、スロベニア、A)←リュブリャナ・グスト・ザウラム(CT、スロベニア)
クリスチャンカミーリョ・ムニョス(22歳、コロンビア、C)←コルデポルテス・ゼヌ・セッリョ・ロホ(CT、コロンビア)
・退団選手
フィリッポ・ガンナ(22歳、イタリア、T・R)→チーム スカイ
ベン・スウィフト(31歳、イギリス、PS)→チーム スカイ
ダルウィン・アタプマ(30歳、コロンビア、C)→コフィディス・ソルシオン・クレディ(PCT、フランス)
マッテーオ・ボーノ(35歳、イタリア、R)→引退
プシェメスワフ・ニエミエツ(38歳、ポーランド、C)→引退
アナス・エイトエルアブディア(25歳、モロッコ)→未定
※
S:スプリンター
C:クライマー
A:オールラウンダー(ステージレーサー)
TS:10km以下の短い距離に強いTTスペシャリスト、TL:30km以上の長距離に強いTTスペシャリスト、T:どちらの性質も持つTTスペシャリスト
PS:スプリントに強いパンチャー、PC:上りに強いパンチャー、P:どちらの性質も持つパンチャー
RS:スプリントに強いルーラー、RC:上りに強いルーラー、R:どちらの性質も持つルーラー
E:逃げのスペシャリスト
L:リードアウトマン
U:石畳・未舗装路に強い
D:ダウンヒルが得意
※年齢は2018.12.31時点で換算
2018年シーズンの主な戦績
・シーズン 13勝
(うちワールドツアー 6勝)
・UCIランキング
ワールドツアーチーム:5495pts、12位
ワールドツアー個人:クリストフ(1323pts、27位)
UCIポイント個人:クリストフ(1712pts、23位)
・チーム勝利数ランキング
5勝 クリストフ
3勝 ミルサ ※アジア選手権ロードの1勝を含む
2勝 マーティン
・レース出場日数ランキング
84日 アル
81日 ウリッシ、トロイア
80日 コンティ、ビストラム
79日 クリストフ
・グランツール総合成績
ジロ・デ・イタリア:コンティ(24位)、ウリッシ(28位)、ポランツェ(32位)
ツール・ド・フランス:マーティン(8位)、デュラセク(40位)、アタプマ(69位)
ブエルタ・ア・エスパーニャ:アル(23位)、ラヴァージ(39位)、コンティ(60位)
・モニュメント成績
ミラノ〜サンレモ:クリストフ(4位)
ロンド・ファン・フラーンデレン:クリストフ(16位)
パリ〜ルーベ:マルカート(18位)
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ:マーティン(18位)
イル・ロンバルディア:マーティン(9位)
戦力補強アナリティクス
評価:★★★★★
イタリアの逸材・ガンナ、便利屋スウィフトがチームスカイに移籍したものの、それらを補って余りある大補強を敢行。
電撃移籍を決めたのはクイックステップのガビリアだ。元チームがスポンサー探しに難航している傍ら、UAEが高額オファーをしたものと思われる。2018年はツール・ド・フランスでステージ2勝を含む年間9勝をあげ、2017年はジロ・デ・イタリアでステージ4勝を含む年間14勝をあげていた。勝利が期待できるスプリンターとして、グランツールで結果を残したいチームの目標を達成するために最高の補強だといえよう。
ガビリアはトラック競技仕込みの瞬間的なパワー、テクニック、スプリント持続距離のすべてに優れている。ある程度前方の位置からスプリントできれば十分に勝機があるのだ。リードアウトトレインに要求されることは、集団の前方を確保し続けること。つまり、高速度域を出し続けられるルーラータイプの選手がいれば、ガビリアのスプリントは生きてくる。
ビストラム、ラエンゲン、サザーランドら既存戦力に加えて、ボーリとイヴォ・オリヴェイラを獲得。さらに最終発射台としては、コンソンニ、フェラーリに加えて、フィリップセン、モラーノ、ルイ・オリヴェイラを獲得。かなり手厚い陣容となっている。フィリップセン、モラーノ、双子のオリヴェイラ兄弟は即戦力というよりは、今後のスター候補として成長を見据えた獲得かもしれないが、ガビリアのリードアウトを務めながら経験を積んでいくことも考えられる。
さらに、クリストフは自らガビリアのリードアウトを担う意向を表明している。クリストフを加えたリードアウトトレインは、世界最強といっても過言ではないだろう。
また、アル、マーティンら総合系選手のアシストとして、チームスカイからエナオを獲得。U23ジロ・デ・イタリア第8ステージでステージ優勝を飾ったムニョスも期待の若手コロンビアンクライマーだ。それでもまだ、山岳アシスト陣の戦力不足は否めないが、着実な強化といえよう。
そして、今オフ最も注目の若手は、2018年ツール・ド・ラヴニール総合優勝のポガチャルだ。ラヴニールといえば、2017年総合優勝のエガン・ベルナルを筆頭に、過去にはマルク・ソレル、ミゲルアンヘル・ロペス、エステバン・チャベス、ナイロ・キンタナといった今やチームの主力選手を輩出している若手登竜門レースだ。ツアー・オブ・スロベニアでは総合4位、ジャパンカップでは11位と、すでにプロのレースでも結果を出しており、まだ20歳ということを考えると、スケールの大きな逸材である。アルやマーティンの山岳アシストとして経験を積みながら、グランツールレーサーの道を歩むだろう。
注目選手プレビュー
キャリア最悪のシーズンを送ったアル
移籍1年目の2018年は最低最悪のシーズンだった。そのなかでも良いことを見つけようと考えたものの、何も見当たらないくらい全く良いことがないシーズンだった。
ジロ・デ・イタリアでは目立った活躍がないまま、第19ステージでリタイア。完走すらできなかった。2015年に総合優勝を飾ったブエルタ・ア・エスパーニャに出場するも、得意の山岳ステージでもおとなしいまま。すると、第17ステージでは、ダウンヒルで激しく落車。あわやという事態に、フラストレーションが爆発したのか全世界に向けて放送禁止用語を叫んでしまった。レース後には謝罪のコメントを発表したが、その後も何もないまま実に後味の悪い一年となった。
UAEチーム・エミレーツはUAE国籍ながら、実質的にはランプレ・メリダの系譜を継ぐイタリアチームである。ところが、アルはイタリア人ながら古巣アスタナへ復帰するのでは?という噂が生まれるくらい、新チームに馴染めていないようにも見える。
公表されているアルとチームとの契約は2020年まで。その時、アルは30歳だ。選手として一番旬な時期をどのように過ごすのだろうか。
積極的な走りを信条とするマーティン
クリテリウム・デュ・ドーフィネ第5ステージでは、マーティンらしい中距離アタックを成功させてステージ優勝。さらにツール・ド・フランス第6ステージでは得意のブルターニュの壁を最速で駆け上がり勝利。その後も積極的な走りを見せ続けて、総合敢闘賞を受賞。総合成績では8位と自身3年連続トップ10圏内で完走した。移籍1年目の2018年シーズンは、アルとは対照的に成功をいえる結果を残したのだ。また9月には双子の赤ちゃんが誕生。公私ともに充実したシーズンとなった。
マーティンの特徴は、上り区間での超積極的な走りである。過去にイル・ロンバルディアやリエージュ~バストーニュ~リエージュを制した経験があるように、マーティンはステージレースでもワンデーレースのような走りを見せる。激坂への適応力はもちろん、長い上りでもしっかり走り切る力を持っている。しかし、タイムトライアルが非常に苦手なため、総合上位を狙うことが厳しいのが現実だ。
キャリアの分水嶺を迎えた現実主義者クリストフ
移籍1年目となった2018年シーズンは、年間5勝に留まり、2013年以降では最小のシーズンとなった。
しかし、その5勝にはワールドツアーでの勝利が3つ含まれており、さらにスプリンターにとって最高の栄誉であるツール・ド・フランス第21ステージでの勝利も含まれている。内容は決して悪くない。期待された春のクラシックでの成績は良いとはいえなかったので、そのあたりは2019年シーズンは挽回したいところである。
2018年はピュアスプリンターとして起用されていたが、ガビリアが電撃加入。クリストフ自身も「スピードはガビリアの方が上」と認めており、チームのエーススプリンターはガビリアが務めることになる。しかし、それだとクリストフがツール・ド・フランスに出場することが難しくなるため、ガビリアのリードアウトという形でツール出場を目指している。
ツール以外では春のクラシックで引き続きチームリーダーを担う。また、ガビリアが出場しないステージレースではスプリントを狙うことになると思われる。
さいたまクリテリウムで初来日した際に、思わぬ一面を見せており、個人的には2019年注目の選手の一人である。
※参考:ナチュラルブラックスプリンター「アレクサンドル・クリストフ」とは?
復活を期すコスタ
元世界王者は2018年に一度も勝つことができなかった。というのも、膝の怪我の影響で5月から3ヶ月間レースに出場することができなかった。コンディション不良のためか、プロ入り後初めてグランツールへの出場がなかった。シーズン終盤、9月のGPモンレアルでは6位に入り、世界選手権でもタフな山岳コースにもかかわらず10位と上位でフィニッシュ。コンディションは戻ってきているように見える。
コスタといえば、新チーム創設間もない2017年シーズン初頭。チームの本拠地を走るアブダビツアーで総合優勝を飾った記憶が強く残っている。スポンサーの期待に応えるコスタの姿は本当にシビレた。
2019年はコスタの攻撃的な走りを再び見られることを期待したい。
イタリアンパンチャー・ウリッシ
2010年にランプレでプロデビューを果たして以来、同一チームで走り続けている生え抜きエース。ツール・ド・スイス第5ステージでは、クライマーとパンチャー混じりの上りスプリントを制してステージ優勝を飾った。ウリッシの売りは、この上りスプリントでのパンチ力である。
しかし、2018年はこの1勝に留まり、プロデビューイヤーの2010年以来の少ない勝ち星だった。決して不調とは思わないが、新戦力の9人はみなイタリア人ではない上に、パンチャータイプのウリッシをサポートできるようなタイプの選手の補強もないことは懸念材料である。
上りスプリントを得意とするコンソンニ
身長165cmと小柄ながら、爆発力のあるスプリントが魅力の選手。ツアー・オブ・スロベニア第1ステージで待望のプロ初勝利を飾った。
小柄な体格を活かして、勾配のあるスプリントを得意とし、ワールドツアーでは14回も10位以内でフィニッシュした。もう少しパワーをつければ、トップスプリンターと互角に渡り合えることだろう。
ラヴニール総合2位の逸材・ラヴァージ
2016年ツール・ド・ラヴニールで総合2位に入ったクライマーだ。優勝したダヴィド・ゴデュとは24秒差、また総合4位には当時19歳のエガン・ベルナル、総合6位にはプロデビューの前年の21歳のタオ・ゲオゲガンハートといったメンツが揃っていた年だ。
基本的にはアルの山岳アシストとして起用されることが多かったが、アルが出場しなかったツアー・オブ・カリフォルニアでは総合12位、アドリアティカ・イオニカ・レースでは総合4位と健闘。着実な成長を見せており、今後が楽しみな選手の一人だ。
チーム総合評価
ステージレース:★★★★☆
北のクラシック:★★★★☆
アルデンヌクラシック:★★★★☆
スプリント:★★★★★
個人タイムトライアル:★★★☆☆
チームタイムトライアル:★★★☆☆
平均年齢:27.3歳
ガビリアのスプリントは突き抜けた要素ではあるものの、グランツール総合優勝やモニュメント制覇といった結果を残すには、やや戦力不足感が否めない。とはいえ、有力選手は豊富に揃っているので、バランスの良い布陣といえよう。
北のクラシックではクリストフが絶対的エースとして君臨。アシストにはビストラムとマルカートあたりが適任であるが、セカンドエース級の選手はいないので、終盤は単騎でうまく立ち回る必要が出てくる。
アルデンヌクラシックではマーティン、ウリッシ、コスタを主軸に戦うだろう。実績ではマーティンが頭一つ抜けているか。
そしてグランツール総合はアルとマーティンがエースを務めるものと思われる。山岳アシストにはポランツェ、ラヴァージ、ペティッリに加え、エナオ、ポガチャル、ムニョスの移籍組が加わることで層が厚くなった。
2018年はアル・マーティン・クリストフと大型補強をしたものの、思ったように勝ち星を伸ばすことができなかった。2019年はガビリアを含む若手主体のバランス良い補強を行い、勝ち星増産を狙う。
(おまけ)サイバナの推しメン:アラン・パイパーとニール・スティーブンス
UAEチーム・エミレーツのGMはイタリア人のサロンニだ。UAEの前身チームであるランプレで長年監督を務めていた人物だが、GM職に就くのはUAEチーム・エミレーツが初めてだった。
基本的にサイクルロードレースはGMが主導してチームを作り上げる。しかし、そこへスポンサーの意向が介入することで思うようなチームビルディングができないこともあり、GMは頭を悩ませることになる。
UAEチーム・エミレーツは元々UAEのアブダビ首長国の富豪たちがバックについていたが、ドバイ首長国に本拠地を置くエミレーツ航空がタイトルスポンサーに就いたことで、アラブ首長国連邦の国家プロジェクトとなった経緯がある。
UAEには世界で唯一のフェラーリを題材にしたテーマパーク「フェラーリ・ワールド」や、世界最大のショッピングモールである「ドバイモール」といった観光資源もあり、石油資産に依存しない経済の確立を目指している。しかし、自転車後進国であるUAEからワールドツアーで勝利を期待できる選手を望むことは難しい。となると、UAEのチームジャージを着た選手がレースで勝って目立つことが、このチームの目的となる。それは何もイタリア人でないといけない理由はない。そして、チームを率いる人物がイタリア人でないといけない理由もない。
2018年からはスペイン人のマチン・フェルナンデスがチームマネージャーに就任。2015年から2017年までクイックステップで補強を担当し、ガビリアをスカウトした人物である。したがって、2019年シーズンに向けたチーム編成はフェルナンデス主導のもと行われたと考えられる。
そのフェルナンデスが、レース現場を預かる監督としてBMCレーシングからアラン・パイパーを、ミッチェルトン・スコットからニール・スティーブンスを連れてきた。どちらもオーストラリア人だ。それまで現場の最高責任者を務めていたフランス人のフィリップ・マディオが退団し、代わってパイパーがその任に就いた。スティーブンスはミッチェルトン・スコットの育成ノウハウをチームにもたらしてくれることだろう。
ということを踏まえると、イタリア人がいない若手主体の補強にも合点が行くのではないだろうか。そして、逸材を活かすも殺すもGM、チームマネジャー、現場監督たちの手腕次第ともいえよう。2019年のUAEチーム・エミレーツが活躍できるかどうかは、これらフロント陣の連携が重要となるのだ。
サイバナでは特に現場を預かるパイパーとスティーブンスに注目していきたい。