アダムとサイモン、双子のイェーツ兄弟はジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャの両方に出場するプランを発表した。
昨年のツールでマイヨ・ブランを獲得したアダムを筆頭に、兄弟の活躍をツールで見ることが出来ないのはいささか残念に思われる。
しかし、このプランは目の前の注目や称賛ではなく、将来を見据えた大いなる野望のもとに練り上げられた綿密な計画なのである。
8月7日に25歳になる双子の兄弟は、2014年のプロデビュー以来、すでに特筆すべき成績を残している。
アダムは2016年ツールで総合4位となり、マイヨ・ブランを獲得した。
サイモンは2016年ブエルタでステージ1勝をあげ、総合6位で完走した。
ルクセンブルクのフランク&アンディ・シュレク兄弟も熱烈な人気を誇ったように、アダム&サイモンも既に人気レーサーとして将来の地位も安泰のように思われる。
だが、アダムとサイモンは、現状に満足することは決してなく、より高みを目指して長期的なビジョンを描いているのだった。
アダムとサイモンの育成プラン
オリカ・スコットは野心的なチームである。
グランツールの総合上位だけでなく、ワンデーレースやステージ優勝もまんべんなく狙っているチームなのだ。
そのため、所属選手の特徴もハッキリしていて、クライマー・スプリンター・クラシックスペシャリト・TTスペシャリスト、各部門のトップレベルの選手が多く集っている。
しかし、現状ではグランツールで表彰台を狙える選手はエステバン・チャベスひとりだけだ。
グランツールレーサーの強化・育成が、オリカ・スコットのビジョンの一つなのだ。
その役割を担うのが、アダムとサイモンの二人だ。
アダムとサイモンは二人とも、これまでグランツールへの出場は3回ずつだ。
アダムは2014年ブエルタと、2015・2016年ツールに、
サイモンは2014・2015年ツールと、2016年ブエルタに出場している。
すでに総合トップ10に入る実力を持っているとはいえ、今後グランツールで総合優勝できるかどうか考えると、現時点での二人の力はやや物足りないものがある。
グランツールレーサーとして更に大きく強く育っていくためには、二人に足りないものがある。
それは、3週間に渡って高いパフォーマンスを発揮して走りきる力だ。
グランツールでは、3週間にわたって好調を維持し続けることが重要となる。
それでも、どうしても1日くらいは調子が悪い日、いわゆるバッドデーが訪れることは避けられないと言われている。
バッドデーでも、ライバルたちから遅れを喫さないように、ベースとなる体力の強化は必要不可欠だろう。
アダムは、昨年のツールで総合4位に入っているし、既に3週間走りきる体力は十分ではないか。
そう思う人もいるだろう。
しかし、昨年のツールでのアダムの走りは、フラムルージュに激突した第7ステージでのダウンヒルでの決死のアタックを除くと、他のステージではほとんどライバル勢から遅れないようにと守りの走りをしていた。
ツールでのチームのエースはマイケル・マシューズであり、アダムをアシストするクライマーがほとんどいなかったことも影響しているとは思うが。
ツールで見せた守りの走りだけでは、グランツールの頂点を獲ることは難しいだろう。
3週間の長丁場でも強みを発揮していくためにも、基礎体力の向上が不可欠だと言えよう。
だが、基礎体力は一朝一夕で身につくものではない。
数年かけて鍛え上げていくものだろう。
そこで、これまでは1年に1回ペースだったグランツールへの出場を年に2回ペースに引き上げることにした。
グランツールでの走りを通して、体力と持久力を鍛えていく狙いだ。
ジロとツールの連戦または、ツールとブエルタの連戦は、間隔が短いこともあり、身体への負担が大きい。
合間に3ヶ月間調整期間を取ることが出来る、ジロとブエルタの両方に出場することで、身体への負担を抑えながら年に2回グランツールを走ることが出来る。
発展途上のアダムとサイモン、二人の身体への負担を考慮しながら、適切な強度で身体能力の強化を図っている。
前例のあるプランを、ブラッシュアップしていく
ジロとブエルタ、2つのグランツールに出場して基礎体力を鍛える育成プランは、オリカ・スコットにとって初めての試みではない。
アダムとサイモンの2歳年上のエステバン・チャベスが2年前から実行していたプランなのだ。
チャベスは2014年に当時のオリカ・グリーンエッジに加入すると、同年はブエルタに出場して総合41位だった。
2015年はジロとブエルタに出場し、ジロは総合55位ながらもブエルタは総合5位とグランツールレーサーとして頭角を表した。
2016年はジロ総合2位、ブエルタ総合3位と連続で表彰台を獲得するほどのレーサーに成長した。
そして、2017年はいよいよツールに初出場することになり、またブエルタとの連戦での出場を計画している。
しかし、ツールでエース、ブエルタでもエース、となると身体への負担が大きいため、ブエルタではエースではなくアシストとして参戦するようだ。
ブエルタでのエースは、アダムとサイモンの二人が務めることになる。
このように、オリカ・スコットは選手への負荷も考慮した、きめ細やかな育成プランを実行中であり、チャベスから得られたフィードバックを活かして、アダムとサイモンの二人の育成プランを練り上げている。
育成と勝利の両立
ただ、育成に甘んじるだけではなく、やはりプロロードレースの世界では、同時に結果も求められてしまう。
スポンサーがあってのスポーツなだけに、この一年は結果を出せなくてもいい、というわけにはいかないのだ。
したがって、チャベスがジロとブエルタで結果を出したように、アダムとサイモンにも結果を出すことが求められるだろう。
ナイロ・キンタナ、ファビオ・アル、ヴィンチェンツォ・ニーバリ、ゲラント・トーマス、ミケル・ランダ、ティージェイ・ヴァンガーデレン、ティボー・ピノ、ステフェン・クライスヴァイク、と強力なメンバーが集う今年のジロの総合争いは、非常に厳しい戦いとなる。
これほどのトップレーサーたちと、総合争いをする経験はアダムとサイモンにとって、この上ない糧となることだろう。
だが、同時にスポンサーを満足させる結果を出すハードルも上がっていると言えよう。
「目標は出来るだけ表彰台に近づくことだ」と、サイモンはインタビューで語っている。
控えめな物言いかもしれないが、グランツールで総合トップ10に入ることが出来れば、スポンサーにとっても良い結果だと言える範囲ではないかと思う。
ましてや、アダムかサイモンのどちから一人だけではなく、二人ともトップ10に入るようなことがあれば、順位以上に話題性を集める結果となるだろう。
アダムとサイモンが見据える未来は、総合トップ10というような数字ではなく、フランク&アンディ・シュレク兄弟のように、兄弟揃って表彰台に登ることだろう。
シュレク兄弟が成し得なかった、兄弟でワンツーフィニッシュを果たして、二人でチャンピオントロフィーを持ち上げるシーンも見てみたい。
さらに2019年には、二人の母国イギリスでロード世界選手権が開催される。
マイヨ・ジョーヌを着たアダムと、マイヨ・アルカンシェルを着たサイモン。
むろん逆でも構わないが、このような壮大な夢を二人は思い描いているのかもしれない。
だとしたら、今の二人の力では足りないことばかりである。
未完成ゆえに、物足りなく見えることがあるかもしれないが、未完成だからこそ面白い走りを見せてくれるのではないかという期待感の方が大きいかもしれない。
まだ始まったばかりの双子の兄弟の成長物語を、じっと見つめ、これからも見守っていきたい。
Rendez-Vous sur le vélo…