日本最北端の択捉島は、北緯45度33分に達する。本土最北端の稚内市でも北緯45度を越えている。
いまロード世界選手権が行われているノルウェーのベルゲンは、北緯60度に達する。北海道のさらに北の樺太をさらに越えた先のオホーツク海の北端、カムチャッカ半島の根元に達するような、もう間もなく北極圏と呼べるような緯度の地域でレースは行われている。
フィヨルドと呼ばれる、氷河が削り出した複雑な地形が生み出す無数のアップダウンを含むコースの難易度は高い。
さらに気候も不安定で、10数度の気温のなかで、時折雨がちらつき、路面が湿り滑りやすくなる。
昨年のドーハでの世界選手権が、限りなくアップダウンがゼロで、全く雨の降らない、灼熱の平坦路で行われたことを考えると、あまりにも対照的だ。
先日行われたチームTTでは、上りに苦しめられたチームは軒並みタイムを落とす結果となっていた。
ただでさえ、純粋なTTスペシャリストにとって難しいコースであるにもかかわらず、男子エリート個人TTではラスト3.4kmに平均勾配9.1%の上りを組み込んできた。もはや山岳TTである。
そのため、総合系選手にもチャンスがあると見られていた。つまり、クリス・フルームがアルカンシェルを手にする絶好の機会ではないかと。
だが、結果はトム・デュムランの圧勝だった。確かにデュムランは専門のTTスペシャリストといっても差し支えない実力者ではある。
それにしても、ラスト3.4kmの山岳部を待たずして、勝利を決定的とするような走りは圧巻だった。
同年にグランツールと世界選手権個人TTを制したのは、1999年にブエルタと世界選TTを制したヤン・ウルリッヒ以来、18年ぶりの快挙だ。他には、1995年のツールと世界選TTを制したミゲル・インデュライン、1996年にブエルタと世界選TTを制したアレックス・ツェーレがいる。
近年では、2012年ツールを制したブラッドリー・ウィギンスが2014年世界選TTで優勝したケースはあるものの、
この事実だけでも、デュムランという男の底知れぬ力を感じとることができるだろう。
失意の2016年シーズンから一転
昨シーズンはツールで2勝を飾ったものの、落車の影響で骨折してしまい、最大の目標としていたリオ五輪個人TTでは2位に終わった。表彰台では、悔しさを全く隠そうとしない不機嫌そうな表情を浮かべていた。
続くドーハでの世界選TTは、まさかの11位に沈んだ。2016年は飛躍の1年となるはずが、思い通りにならず、歯がゆい思いをしたことだろう。
そうして迎えた2017年シーズンは、ジロ総合優勝、国内TT選手権優勝、ビンクバンクツアー総合優勝、世界選個人TT優勝と狙ったレースは全て最高の結果を手にしている完璧な1年となった。
もちろん、個人TTの距離が長いジロはデュムランの有利に働いたに違いないが、勝因はTTだけではなかった。
山頂フィニッシュとなった第14ステージでは、世界屈指のクライマーであるナイロ・キンタナを振り切ってステージ優勝を飾っている。
ピュアクライマーに勝るとも劣らない登坂力が、戦局に大いに影響したのだった。
また、ビンクバンクツアーの北のクラシックを彷彿とさせる石畳や激坂の登場するコースでも、常に先頭集団でレースを展開していた。ステージ優勝こそなかったものの、総合優勝したことで、石畳への適応力の高さという新たな一面を見せた。
例えばファビアン・カンチェラーラのように、クラシックスペシャリストとしてロンドやパリ〜ルーベで優勝することも不可能ではないと思えたほどだ。
そして世界選手権。チームTTではチーム・サンウェブを初優勝に導く牽引力を見せ、個人TTでは優勝候補のフルームに対し、最後の山岳区間だけで30秒を奪ってみせた。
ジロを終えてから、世界選手権一本に絞って身体を鍛えてきたデュムランと、激坂三昧のブエルタに合わせて調整していたフルームの違いは、当然大きかったことだろう。
とはいえ、ブエルタで圧倒的なタイムトライアル能力を見せていたフルームに対して、3.4kmのヒルクライムを含むコースで1分21秒もの大差をつけたことも揺るぎない事実である。
発展途上にあるとしたら恐ろしい26歳
そんなデュムランもまだ26歳だ。リオ五輪の表彰式や、道端で用を足す羽目になったジロ第16ステージの表彰式のように、不機嫌なときはわかりやすいほどに表情に出てしまう。
全世界に逆に嬉しいときは、飛び跳ねるように喜び、わかりやすく嬉しいことが伝わってくる。
フルームが紳士だとすれば、デュムランはまだまだやんちゃ坊主であることを隠しきれない。
一方で、ジロを終えてから3ヶ月ちょっとでTT用の身体に仕上げる若さもある。フルームは半年以上かけてじっくりとグランツールを戦う身体をつくっていたのに対してだ。
だからこそ、末恐ろしいのだ。デュムランには精神的にも肉体的にも伸びしろがたっぷりなのである。
ツール通算4勝。史上初のツールとブエルタのダブルツール達成。などと、フルームの強さに騒いでいる場合ではない。
近い将来、フルームが可愛く見えるくらい、デュムランは強くなるだろう。
まずは、2018年ツールで両者は対峙することになるだろう。底知れぬデュムランの力がどこまで伸びるか。はたまた現役最強の王者の経験が勝るか。今から楽しみでならない。
だが、筆者の本当の関心事は、その2人に周囲のライバルたちがどう立ち向かうかである。
そのことについては、また追々語っていきたいと思う。
Rendez-Vous sur le vélo…
個人の能力としては対フルームの1番手は疑いのないデュムランですが、チームとなると…
スカイのようなビックネームばかりでなくとも、サンウェブのアシスト陣の能力は今年の各グランツールでのミッションを完遂できるくらい、優れたチームワークを発揮できてます
大変悩ましいネックはマイヨヴェールを狙えるマシューズの存在(^_^;)
ただでさえ総合に専念したチームでないと戦う資格すらない昨今のツールで、来年はさらに8人ルール
マシューズが上れるスプリンターの特性を活かし、平坦と上りの序盤でのペースメイクに専念できれば良いのですが…
アディさん
ジロでのサンウェブアシスト陣の働きは素晴らしかったですね!
あの働きを再現できるような、モチベーションの高さを持続できればスカイと台頭に戦えるはずと見ています。
ですが、おっしゃるとおりマイケル・マシューズの存在が気になります。
当人はマイヨヴェール狙いたいに決まっているので、自由な動きを許されるかどうか…。
マシューズとしては、エース待遇で走れるからこそ、サンウェブに移籍してきたわけで、起用しないわけにはいかないでしょうし、気になります。