ゲラント・トーマス、渦中のチームと恩師を救う決意のアタックとは?

相変わらず、チームスカイの周辺が騒がしい。

GMのデイブ・ブレイルスフォードに対しては、これまでTUEに関するドーピング疑惑で延々と追及されていて、あげくの果てにチーム内でブレイルスフォードの辞任を求める声が上がっただとか、ブレイルスフォードを支持する署名をしているとかしていないとか、憶測に近い報道が連日なされている。

クリス・フルームは一連の報道に対して、静観している。
なぜなら、フルームは事あるごとに自らの走行データ等を公開して、自身の潔白を証明して、自分の身を守ってきたからだ。
チームスカイやブレイルスフォードが守ったわけではない。

そのため、「フルームはブレイルスフォード支持の署名を拒否した」などという報道がされている。
むろんフルームが本当に拒否したかどうかは、定かではない

フルームに次いで、チームスカイの古参選手であるのが、ゲラント・トーマスである。

トーマスは、トラック競技時代からブレイルスフォードの薫陶を受けて育ってきた。
言わばトーマスにとってブレイルスフォードは師であり、恩人だ。

ティレーノ〜アドリアティコが開幕する前々日、トーマスは誰よりも先駆けて、自身のTwitter上で『わたしは100%、デイブ・ブレイルスフォードを支持する』という声明を出した。

ブレイルスフォードは、いまとてつもない逆風の最中にいる。
チームスカイとしても、ブレイルスフォード一人のクビを切れば、チームは安泰だろうし、今までのような攻撃にさらされることも少なくなることだろう。

静観を決め込む選手やスタッフは、なにもフルームだけではないのだ。
プロとして仕事を円滑に進めるため、自身のパフォーマンスを最大にするためには、非情なれども静観を決め込むことが得策と言えるのかもしれない。

しかし、トーマスはそうしなかった。

なぜなら、ブレイルスフォードには多大な恩義があるからだ。
ビジネス判断を重視するのであれば、「ブレイルスフォードを支持する」とわざわざ表明する必要はないのに、トーマスは自分の恩師が批判にさらされる状況に我慢ならなかったのだろう。

トーマスがツイートするやいなや、彼のチームメイトたちも続々とブレイルフォードの支持を表明した。

ミカル・クヴィアトコウスキー、ルーク・ロウ、エリア・ヴィヴィアーニ、ピーター・ケノー、ダニー・ファンポッペル、オウェイン・ドゥール、タオ・ゲオゲガンハートらが、自身のTwitter上で「デイブを100%支持する」と表明している。
ドゥールに至っては「110%だよ!」と言っている。

トーマスのツイートを皮切りに、チームメイトも反応していったことから、トーマスがチームスカイの中で実質的なチームリーダーなのだとうかがい知れた。

さらに、ピーター・ケノーは「チームスカイの全員が、ブレイルスフォードを支持していると思うよ」ともツイートしている。

フルームだって、ブレイルスフォードに恩義がないはずがない。
だが、疑いをかけられているブレイルスフォードを安易に擁護してしまうと、ここまで築き上げてきたフルーム自身の強さの証明と、世界中のサイクルロードレースファンから得た信頼を失いかねないからだ。

フルームが表立って発言しにくい状況で、チームリーダーたるトーマスが発言したことは大きな意味を持つ。

しかし、チームスカイに再び試練が訪れる…。

チームTTで、フロントホイールが立て続けに破損する事件が起きる

もはや事件だった。

ティレーノ~アドリアティコ第1ステージは、22.7kmのチームTTだった。

シマノPROが提供する、3本スポークの前輪を搭載したピナレロのTT仕様バイクを駆って、TTスペシャリスト揃いのチームスカイは快調な走りを見せていた。

ところが、走行中に突然、ジャンニ・モスコンのフロントホイールがバラバラに壊れだす。

モスコンだけでなく、もう2人の選手のフロントホイールにも破損が生じたため、チームスカイは遅れた選手を待たねばならなくなり、優勝したBMCレーシングから1分42秒も遅れてフィニッシュした。

第1ステージにして、総合優勝がほぼ絶望的となってしまった。

シマノPROは、ホイールの調査をしていると言うが、同様のホイールをBMCレーシングも使用してステージ優勝した。
そして、チームスカイも昨年のブエルタ・ア・エスパーニャのチームTTでは、同様のホイールを使用してステージ優勝している。

何より、信頼と品質のシマノである。
当然、全ての製品は、厳格なチェックのもと、基準をクリアした製品のみを出荷しているに違いない。
これまでに、ただの一度たりともホイールが走行中に破損することなど起きたこと無かったのに、ブレイルスフォード批判が高まりつつあった、ティレーノ~アドリアティコ第1ステージのチームTTの日に、揃いも揃って3人も同時に壊れるものだろうか。

だが、起きてしまったことは仕方ない。
己の実力の問題ではなかった以上、悔やんでもどうにもならない。

選手たちは皆切り替えて、第2ステージ以降に臨むしかなかった。

得意の独走逃げ切りに持ち込んだトーマス

レース終盤、チームスカイは積極的にレースをコントロールした。

前日落車したジャンニ・モスコンは、包帯の巻かれた姿は痛々しかったが、勢い良くアタック。
NIPPOヴィーニファンティーニの中根英登と共に、集団からリードを築くことに成功する。

リーダージャージを持つBMCレーシングによって、この動きは吸収されると、再びチームスカイが集団コントロールを開始。
ヴァシル・キリエンカが鬼のような牽引ぶりを見せ、集団は大きく人数を減らしていく。

フィニッシュまで5kmを残した地点で、ゲラント・トーマスがアタックを仕掛ける。

総合争いから脱落いていたとはいえ、ナイロ・キンタナ、バウケ・モレマ、ボブ・ユンヘルスなど、屈指のオールラウンダーたちが揃うメイン集団を一気に引き離して、20秒近いリードを築く。

勢いは全く落ちることなく、そのまま独走でフィニッシュ。
トーマスは勝利の雄叫びをあげた。

表彰式でもその姿勢は変わらず。
儀式的に、花束を受け取り、シャンパンファイトをこなしていたようにさえ見えた。

ブレイルスフォードへの一連の報道、謎のフロントホイール破損事件が重なった状況では、素直に喜べるような状況ではないのだろう。

だが、表彰台に上がったトーマスの眼差しは鋭かった。

トーマスは、ジロ・デ・イタリアにエースとして出場する。

チームスカイから誕生したグランツール覇者は、ブラッドリー・ウィギンスとクリス・フルームの二人だけ。
ウィギンスはブレイルスフォード批判の原因とも言える人物で、疑惑は払拭されないまま現役を退き、うやむやとなった。
フルームは自身で潔白を証明し続けている。

ブレイルスフォードへの疑いを晴らすためには、ウィギンスとフルーム以外にグランツールチャンピオンが誕生すればいい、
トーマスはそう思ったのではないだろうか。

TUEなんかせずとも、グランツールで勝てることを証明すれば、ブレイルスフォードのGMとしての有能さを証明することができる。
ジロで総合優勝することが、恩師を救う唯一の道ではなかろうか。

トーマスのアタックは、ただ勝利のためではなくチームリーダーとして決意を感じるものだった。

ただマリア・ローザのためでなく、チームと恩師を救うためにトーマスは走る。

Rendez-Vous sur le vélo…

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