全21ステージの長丁場のブエルタ・ア・エスパーニャは、まだ始まったばかりのはずだ。
しかし、第3ステージでは総合勢による激しい戦いを繰り広げられ、早くも総合上位を狙う選手のなかで、明暗が分かれる結果が出た。
ラストレースのアルベルト・コンタドールは3分10秒遅れ、ラファル・マイカは2分53秒、ステフェン・クライスヴァイクは1分56秒、イルヌール・ザカリンは1分29秒と、表彰台が期待されるような選手たちの多くが、すでに総合1位から1分以上離されている状況だ。
逆に決して前評判が高かったとはいえないエステバン・チャベスは11秒遅れ、ダビ・デラクルスは2秒遅れにとどめている。ニコラス・ロッシュとティージェイ・ヴァンガーデレンもTTTのリードを活かして、共に2秒遅れとなっている。ツールからの連戦の疲れが不安視されていたロマン・バルデは48秒遅れ、ファビオ・アルは38秒遅れとなっているが、TTTで失ったタイムが大きかったためであり、第3ステージでは先頭集団でフィニッシュしているので、脚はよく回っているようだ。
元々総合の有力選手が20人以上いたような状況だったため、まだまだ多くの選手に可能性があるだろう。
さて、今回はその前日の第2ステージの話をしたい。
横風の影響で逃げが決まらない稀有なレース
海岸沿い付近の道路を走るコースということと、強い横風が吹いていることから、集団は徹底的に横風分断を警戒していた。
そのため、全く逃げが決まらないまま一塊のままレースが展開する珍しい展開になる。
途中、トレック・セガフレードやカチューシャ・アルペシンなどが集団分断の動きを見せるものの、不発に終わった。
やはり、山岳重視のメンバー構成では、横風分断を決めるほどの強力なルーラーは人数が揃っていなかったようだ。
そうして迎えた最終盤。
残り3km付近で、クイックステップ・フロアーズが動き出した。
ラウンダバウトのコーナーを利用して、集団が縦に伸びる瞬間を狙ってニキ・テルプストラが一気にペースアップする。
コーナーを曲がった先は左から強風が吹き付ける横風区間だったからだ。
クイックステップの選手たちは、終盤のコースレイアウトを頭にインプットしていて、風向きの変化を計算していたに違いない。
テルプストラの動きにより、集団は大きく縦に伸びて、横風の影響をもろに受ける格好となった。
続いてジュリアン・アラフィリップが先頭で強烈な牽きを始めた。
風下にあたる道路の右側でペースアップを継続すると、ついに集団が分断された。
やはり、ミラノ〜サンレモで3位に入るスプリンターとしての実力も高いアラフィリップによる横風分断の動きは、これまでの総合系チームが試みたそれとは別格のパワーだった。
絶妙なタイミングでの仕掛けも相まって、完璧に決まった。
まるでジロ・デ・イタリア第3ステージの再現だといわんばかりの、見事な作戦である。
アラフィリップ、アシストのイヴ・ランパールト、そしてエースのマッテオ・トレンティンの3人が先頭を陣取り、このグループについてこれた選手は他に4人程度だった。
一日中、小競り合いをしていた総合系チームにはトレインを組んで前を追う力はなく、エースたちは自力での位置取りを強いられた。
スプリンターチームも隊列を組む間もなく、集団がズタズタに引き裂かれたため為す術もなかった。
アラフィリップの牽引はラスト1km付近まで続いた。
次にランパールトが前に出て、トレンティンのために牽引するはずだった。
トレンティンは「行け!行け!」と叫んだ
トレンティンとランパールトは、言葉を交わした。
恐らく、ランパールトに「前に出て飛び出せ」と指示したのだろう。
ただ、残り1kmで「前に出て飛び出せ」というからには、トレンティンのリードアウトをするという意味に捉えたのではないかと思う。
トレンティンの「行け!」の掛け声と共に、ランパールトはペースを上げて、後ろにトレンティンがついているか確認のために振り返った。
しかし、いるべきはずのエースがついてきていない。
「え?まずいよね?」と思ったランパールトは、踏む脚を緩めて、もう一度後ろを振り返り、トレンティンを見つめた。
その瞬間、トレンティンは「行け!行け!イヴ!!」と、ランパールトに全開でアタックしろという指示を送った。
ようやくトレンティンの意図を理解したランパールトは、全開でペースアップ。
残ったトレンティンは、ライバルたちの蓋になりながら、悠然とグループ内に待機した。
クイックステップの予想外の行動に、ライバルたちの追撃はわずかに遅れてしまった。
BMCレーシングのダニエル・オスが必死に前を追うものの、時すでに遅し。
ランパールトが1kmのロングスパートを決めて勝利を飾った。
お家芸ともいえる横風分断作戦からの、素晴らしい連携を見せたチームの勝利だ。
選手による現場判断の決断力が素晴らしい
という流れを理解した上で、こちらの動画をご覧いただきたい。
Watch how Quick-Step Floors mastered the wind, propelling @yveslampaert to a memorable victory and the red jersey in #LV2017 stage 2. pic.twitter.com/1wUEkGh7tv
— Quick-Step Cycling (@quickstepteam) 2017年8月21日
クイックステップ・フロアーズの選手たちの車載カメラの映像を編集した動画だ。
25秒付近から、トレンティンが「GO!」と声をかけ、その後「GO!!GO!!!」と叫ぶシーンが収録されている。
この動画を見てハッキリと理解したことは、あの状況でランパールトを先行させる決断を下したのはトレンティン自身であり、チームの監督ではないということだ。
恐らくチームオーダーは、「トレンティンをエースにすること」「終盤で横風分断作戦を仕掛ける」くらいだっただろう。
しかし、先頭集団に残ったライバルチームの選手たち、サッシャ・モドロ、ダニエル・オス、エドワード・トゥーンスらが脚を溜めていたことを考えると、トレンティンがスプリント勝負するより、ランパールトを先行させた方が勝率が高くなるという現場判断だったのではないかと思う。
とはいえ、トレンティンは2015年パリ〜ツール優勝、2016年ジロ第18ステージ優勝、そして今シーズンも直近のブエルタ・ア・ブルゴスでステージ1勝をあげており、エースとして十分勝利が狙える選手だった。
それに、今シーズン限りでクイックステップを退団し、オリカ・スコットへの移籍も決めている。
移籍先での立場を確保するためにも、勝利してワールドツアーポイントを土産にしたい考えもあったはずだ。
それでもトレンティンは迷わずチームの勝利を優先した。
なぜなら、今シーズンのクイックステップは、フォア・ザ・チームの精神が徹底されていたからだ。
というよりは、チームのレジェンドでもあるフィリップ・ジルベールが率先してフォア・ザ・チームとは、こういうことだ!と背中で証してくれたからだろう。
ドワルス・ドール・フラーンデレンでは、ジルベールが自ら囮となって、ランパールトを先行させる作戦を成功させ、チームに勝利をもたらした。
ジルベールクラスの選手であれば、ランパールトにアシストさせていれば、普通に勝てていただろう。
それでも、より勝率の高い作戦を迷わず選ぶことができる。
ジルベールとは、そういう選手なのだ。
だからこそ、ロンド・ファン・フラーンデレンで55km独走勝利という一見無謀に思える動きでも、それが最も勝率の高い行動だと判断し、躊躇なく実行に移せたのだろう。
もはや勝利を求める本能が為す技かもしれない。
※参考:ドワルス・ドール・フラーンデレンでのジルベールの動きについて解説した記事
『フィリップ・ジルベールはクイックステップのエースではないのか?』
昨年までのクイックステップは、スター選手揃いにも関わらず、歯車がうまく噛み合わず、春のクラシックでは1勝もあげることができなかった。
しかし、今シーズンは春のクラシックだけでなく、ジロとツールではチーム最多勝をあげる活躍を見せているように、どんなレースでも結果を出している。
勝利を知る男、ジルベールの加入がもたらしたものは、非常に大きかった。
特に無形の”勝利の哲学”をチームに浸透させた功績は計り知れない。
今シーズン限りで、クイックステップからはトレンティン以外にも多くの主力選手がチームを去る。
だが、ブエルタ第2ステージでのクイックステップの動きを見ていると、弱体化せず、むしろもっと強くなる可能性さえ感じた。
クイックステップの可能性は無限大だ。
Rendez-Vous sur le vélo…
クイックステップフロアーズ、やっぱり面白いチームですね。
得意の横風分断から少人数スプリント。と思いきや、まさかのリードアウト要員によるロングスプリント!
僅かな人数の先頭でしっかりトレインを組めるメンバーを残しているのに、スプリントしないとは、他の選手は思ってもいなかったでしょう。
もしも、そこに居たのが例えばランパールトではなくジルベールだったなら、或いはペースアップをランパールトが担ってアラフィリップが脚を溜めていたならば、きっと他のチームは警戒したと思います。
もしかしたらクイックステップの監督さえも予想していたなかったかも知れない奇襲作戦が、見事成功したトレンティンの判断力。
そういえば前に何処かで書いた、ツールドフランス2005第6ステージでの、サンディ・カザールの逃げ切り勝ち寸前での落車。
あのとき、後続が次々にカザールに突っ込み大落車になりました。
難を逃れたのは、逃げていたカザールを追いそれぞれ単騎で集団を飛び出していたT-モバイルのアレクサンドロ・ヴィノクロフとファッサ・ボルトロのロレンツォ・ベルヌッチの2人。
ヴィノより少しだけ先行していたベルヌッチは、落車を避けてコーナーをクリアしてくる選手の中にエースの姿を探して後ろを振り返ります。
その時、落車した選手と自転車が築いた山の中にファビアン・カンチェラーラが居ました。
身動きが取れないカンチェラーラでしたが、後ろを確認しているベルヌッチが先頭で、追える立場の選手がヴィノだけであるのを見るや、無線で「ベルヌッチ、行け!」と指示。
無線を聞いたベルヌッチは前を向いて踏み直し、ヴィノクロフを振り切りステージ優勝を果たします。
「落車が生んだサプライズ勝利」と言われましたが、もしカンチェラーラが無線で指示を出さなければヴィノクロフが勝っていたかも知れません。
優れたエースが瞬時の状況判断でチームメイトを勝たせる素晴らしいレース運びを見て、このレースを思い出しました。
クイックステップも当時のファッサ・ボルトロも、最強マペイの系譜のチームです。
一癖も二癖もあるエース級選手を複数持ちながら、ぶつかり合うことなくうまく連携させて「チームの勝利」に繋げていくマペイのノウハウが、クイックステップのどこかに今もあるのかも知れませんね。
そして、それを最も体現しているのがジルベール。という事でしょう。
いちごうさん
> もしかしたらクイックステップの監督さえも予想していたなかったかも知れない奇襲作戦
エース級の選手が躊躇なく現場判断で、恐らくチームオーダーとは異なる作戦を立案実行できることが素晴らしいです。
ベルヌッチとカンチェラーラのお話も面白いですね。
カンチェラーラも、やはり現場でベストな決断を即座に下せる判断力が優秀だったからこそ、ワンデークラシックであれだけの勝利を積み重ねられたんだろうなあと思わせるエピソードでした。
そう思うと、ジルベールがクラシックに強いことも納得です。
改めて独走力とか、登坂力とか自転車選手としての運動能力だけでなく、目まぐるしく変化する状況に対応できる判断力など頭脳面が重要な競技なんだと思いました。
出たぁ!横風分断作戦!
思わずテレビモニターに叫んでしまいました。
しかも、更に驚いた事にランパールトがスルスルと速度を上げて、トレンティンや他チームの追走を振り切りそのまま加速していくではありませんか!
ある程度先行して、トレンティンを待つのか?いやいや、もう距離がない…
後ろをもう一度振り向いたランパールトが、今度は前を見つめ加速を始めて私もやっと理解しました。
ランパールトはそのままガッツポーズでゴール…
圧巻のクイックステップショーは、お得意の横風分断作戦に始まり、エースの勝ちにこだわらず、抜け出したランパールトが真っ先にゴールな飛び込み完結しました。
ランパールトのゴールの瞬間を呆気にとられ見ていた自分は、その直後、深夜に関わらず思わず手を叩いてしまいました。
アッパレ職人集団クイックステップ!
まさにクイックステップらしい勝ち方は、選手一人一人がその時、そこで何をしたら良いのかを瞬時に判断する力が並外れているのでしょう。
コンタドールの不調に、残念な気持ちの自分もクイックステップのこの日の勝利は本当に見ていて良かったと思わせてくれました。
まだまだ序盤のブエルタ、まだまだ面白い勝負が見られそうです。
そして、あと数回はクイックステップの職人集団の闘いにも注目したいと思います。
Akiさん
もはや横風分断はクイックステップのお家芸となりましたね!
わたしも「うまいっ!!」って、深夜の室内でつぶやいていました笑
> 選手一人一人がその時、そこで何をしたら良いのかを瞬時に判断する力が並外れているのでしょう。
まさにここですね!
クイックステップというチームが意識的に、選手の自主性と判断力を鍛えるようにしていたのではないかと思います。
昨シーズンまでは、この部分が醸成されていなく、ワンデークラシックをはじめ、勝ち切れないシーンが目立ったいたように思えます。
そこに、ジルベールという屈指の頭脳が加わったことで、元々ポテンシャルの高い選手たちの力が存分に発揮できるようになったのだと、わたしは見ています。
自転車競技は身体能力だけで決まらないところが、本当に面白いです。