ハンマースプリントで開発されたロードレースの新戦術とは?

ハンマーシリーズは、ワールドチームが中心となって出資した組織であるVelonが主催するレースイベントだ。
従来の概念を覆す、チームにフォーカスした新しいサイクルロードレース、というコンセプトのもと、栄えある第1回目のレースは、オランダ・リンブルフ州にて開催された。

クライマー向けのハンマークライム、スプリンター向けのハンマースプリント、その2つのレースの成績に応じて出走順とタイム差が決まるチームTT形式のハンマーチェイスと、3つのステージから成り立つ。

レースが始まり、逃げが決まって、集団をコントロールして、逃げを吸収、エースがアタックまたはトレイン組んでから集団スプリント!
みたいな展開にはならないと予想されていた。

いざ蓋を開けてみると、ハンマークライムはまるでワンデークラシックのようなハイスピードバトルからの消耗戦の様相を呈し、序盤に形成された逃げ集団がそのまま逃げ切る展開となった。
小集団で逃げ切ることで、大量ポイントを獲得できるため、序盤に全開で集団を振り払った走りが際立って見えた。
また、スタートの並び順でレースが決まってしまった感も否めない。

当初の意図とは異なる展開となってしまったハンマークライムは、コースレイアウトやルールに改善の余地が大いにあると思われる。

だが、ハンマースプリントは普段の集団スプリントにはほとんどならず、毎周回様々な選手がアタックを繰り返す激戦が繰り広げられた。
結果としてピュアスプリンターよりも、ルーラー的な脚質の選手が有利となるレースにはなってしまったが、見応え十分でレースとして非常に面白かった。

特に、普段のロードレースでは見られない、ハンマースプリントならではの作戦が繰り出されており、戦術ウォッチャーとしては非常に興味深いレースとなった。

今回、ハンマースプリントで見られて新戦術について、いくつか解説してみたいと思う。

その前に分析用のリザルトを掲載

・1周目

1 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 26 Sep VANMARCKE 10
2 Trek-Segafredo Boy VAN POPPEL 107 8.1
3 Team Caja Rural-Seguros RGA 124 Jonathan LASTRA MARTINEZ 6.6
—(中切れ)—
4 Team LottoNL-Jumbo 75 Juan Jose LOBATO DEL VALLE 5.3
5 Bahrain Merida Pro Cycling Team 3 Ivan GARCIA CORTINA 4.3
6 Team Sunweb 96 Maximilian Richard WALSCHEID 3.5
7 Team Sunweb 93 Ramon SINKELDAM 2.8
8 UAE Team Emirates 114 Yousif MIRZA AL-HAMMADI 2.3
9 Israel Cycling Academy 133 Mihkel RÄIM 1.9
10 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 25 Tom VAN ASBROECK 1.5

・2周目(ポイント2倍)

1 Trek-Segafredo 101 Matthias BRÄNDLE 20
—(中切れ)—
2 Quick-Step Floors 66 Yves LAMPAERT 16.2
3 ORICA-SCOTT 57 Roger KLUGE 13.2
4 UAE Team Emirates 115 Oliviero TROIA 10.6
5 Movistar Team 45 Alex DOWSETT 8.6
6 Team Roompot-Nederlandse Loterij 157 Coen VERMELTFOORT 7
7 BMC Racing Team 13 Daniel OSS 5.6
—(中切れ)—
8 Lotto Soudal 33 Moreno HOFLAND 4.6
9 Team Sky 86 Elia VIVIANI 3.8
10 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 25 Tom VAN ASBROECK 3

・3周目

1 Team Sunweb 93 Ramon SINKELDAM 10
2 Team LottoNL-Jumbo 74 Thomas LEEZER 8.1
3 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 24 Tom SCULLY 6.6
4 BMC Racing Team 14 Manuel QUINZIATO 5.3
5 Lotto Soudal 36 Jelle WALLAYS 4.3
—(中切れ)—
6 ORICA-SCOTT 54 Caleb EWAN 3.5
7 Team Sky 85 Danny VAN POPPEL 2.8
8 Bahrain Merida Pro Cycling Team 3 Ivan GARCIA CORTINA 2.3
9 Team LottoNL-Jumbo 73 Dylan GROENEWEGEN 1.9
10 Quick-Step Floors 66 Yves LAMPAERT 1.5

・4周目

1 Trek-Segafredo 106 Jasper STUYVEN 10
2 NIPPO Vini Fantini 141 Marco CANOLA 8.1
3 Lotto Soudal 36 Jelle WALLAYS 6.6
—(中切れ)—
4 Team Sky 86 Elia VIVIANI 5.3
5 Bahrain Merida Pro Cycling Team 2 Niccolo BONIFAZIO 4.3
6 Team Sky 85 Danny VAN POPPEL 3.5
7 Team Sky 82 Jonathan DIBBEN 2.8
8 Movistar Team 41 Carlos BARBERO 2.3
9 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 25 Tom VAN ASBROECK 1.9
10 Lotto Soudal 33 Moreno HOFLAND 1.5

・5周目(ポイント2倍)

1 Team Sky 86 Elia VIVIANI 20
2 Team Sunweb 96 Maximilian Richard WALSCHEID 16.2
3 Trek-Segafredo 107 Boy VAN POPPEL 13.2
4 Lotto Soudal 33 Moreno HOFLAND 10.6
5 Bahrain Merida Pro Cycling Team 2 Niccolo BONIFAZIO 8.6
6 Trek-Segafredo 106 Jasper STUYVEN 7
7 Lotto Soudal 34 Marcel SIEBERG 5.6
8 NIPPO Vini Fantini 145 Nicolas MARINI 4.6
9 Israel Cycling Academy 133 Mihkel RÄIM 3.8
10 Team Roompot-Nederlandse Loterij 152 Andre LOOIJ 3

・6周目

1 ORICA-SCOTT 57 Roger KLUGE 10
—(中切れ)—
2 Team Sky 86 Elia VIVIANI 8.1
3 Lotto Soudal 31 Jens DEBUSSCHERE 6.6
4 Team LottoNL-Jumbo 71 Lars BOOM 5.3
5 Quick-Step Floors 66 Yves LAMPAERT 4.3
6 Movistar Team 45 Alex DOWSETT 3.5
7 Bahrain Merida Pro Cycling Team 3 Ivan GARCIA CORTINA 2.8
8 Team LottoNL-Jumbo 74 Thomas LEEZER 2.3
9 Team Sky 82 Jonathan DIBBEN 1.9
10 NIPPO Vini Fantini 141 Marco CANOLA 1.5

・7周目

1 NIPPO Vini Fantini 141 Marco CANOLA 10
2 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 26 Sep VANMARCKE 8.1
—(中切れ)—
3 Team Sunweb 94 Albert TIMMER 6.6
—(中切れ)—
4 Trek-Segafredo 107 Boy VAN POPPEL 5.3
5 Lotto Soudal 31 Jens DEBUSSCHERE 4.3
6 Bahrain Merida Pro Cycling Team 3 Ivan GARCIA CORTINA 3.5
7 Team Sky 86 Elia VIVIANI 2.8
8 Quick-Step Floors 66 Yves LAMPAERT 2.3
9 Team LottoNL-Jumbo 71 Lars BOOM 1.9
10 Trek-Segafredo 104 Giacomo NIZZOLO 1.5

・8周目(ポイント2倍)

1 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 26 Sep VANMARCKE 20
2 NIPPO Vini Fantini 141 Marco CANOLA 16.2
—(中切れ)—
3 Lotto Soudal 33 Moreno HOFLAND 13.2
—(中切れ)—
4 Team LottoNL-Jumbo 73 Dylan GROENEWEGEN 10.6
5 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 27 Wouter WIPPERT 8.6
6 UAE Team Emirates 113 Marko KUMP 7
7 Trek-Segafredo 106 Jasper STUYVEN 5.6
8 Team Sunweb 96 Maximilian Richard WALSCHEID 4.6
9 Lotto Soudal 34 Marcel SIEBERG 3.8
10 Movistar Team 41 Carlos BARBERO 3

・最終ステージ順位

1 Trek-Segafredo 70.7
2 Lotto Soudal 60.9
3 Cannondale-Drapac Pro Cycling Team 59.6
4 Team Sky 50.9
5 Team Sunweb 43.6
6 NIPPO Vini Fantini 40.4
7 Team LottoNL-Jumbo 35.4
8 Bahrain Merida Pro Cycling Team 26.5
9 Quick-Step Floors 24.3
10 ORICA-SCOTT 23.1
11 UAE Team Emirates 19.9
12 Movistar Team 16.7
13 BMC Racing Team 11
14 Team Roompot-Nederlandse Loterij 10
15 Team Caja Rural-Seguros RGA 6.6
16 Israel Cycling Academy 5.6

編集が大変だったので、英文のまま掲載してしていることをご了承いただきたい。
独走やスプリントの最中、中切れが発生したポイントを、筆者の方で付け加えている。

これにより、独走を狙ってポイント獲得を目指した選手と、あくまで集団スプリントを狙う選手のそれぞれの思惑が浮き彫りになる。

最もオーソドックスな作戦”三段撃ち”の構え

体力的に8周全てのスプリントに絡むことは不可能だろう。
ならば、インターバルを置いてスプリントに絡む展開になると予想できる。

ならば、かつて長篠の戦いで織田軍は、火縄銃の発射→装填→照準のサイクルをチーム内で連携して行う”三段撃ち”の構えを行ったと言われている。
ハンマースプリントでは、古の戦術にならったスプリンターによる”三段撃ち”の構えが見られた。

狙いは単純で、1周目に本気を出したら、しばらく休んでまた4周目に全力でスプリントし、
別の選手は、2周目に本気を出したら、休んでから5周目で全力スプリント。
もう一人の選手が、3周目に・・・
という段取りで、複数名が代わる代わるスプリントすることで、毎周回のように得点を狙っていく作戦だ。

ステージ優勝したトレック・セガフレードは、”三段撃ち”の構えを採用し、本ステージで最多得点を記録した。

ボーイ・ファンポッペルは1・2・5・7周目、
マティアス・ブレンドルは2周目、
ジャスパー・ストゥイヴェンは4・5・8周目、
ジャコモ・ニッツォーロは7周目でポイント獲得している。

3・6周目以外の全ての周回で着実にポイントを重ねたことが、勝利へ直結したのだ。

これは、複数名スプリンターがいるチームに向いている戦術だ。
トレック・セガフレードには、ファンポッペル、ストゥイヴェン、ニッツォーロと3名のスプリンターを抱えていたため実現できたのだろう。

トレック・セガフレードのように”三段撃ち”の構えには出来ずとも、1・7・8周目でポイントを獲得したキャノンデール・ドラパックのセプ・ヴァンマルクもインターバルを置いて全力を出すスタイルで走っていたと思われる。

体力自慢なスプリンター向きな集団潜伏作戦

ステージ2位がロット・ソウダルであることが意外に感じた。
いったい、いつどこでポイントを獲得していたのかと改めて調べてみると、モレーノ・ホフランドが29.9ポイントをあげていることに気付く。

ホフランドは、2・4・5・8周目にポイントを獲得している。
注目は2・5・8周と、ポイント2倍となる周回で着実に加点している点である。
さらに、ホフランドは最終周回を除いて、全てメイン集団内での集団スプリントに参加してポイントを獲得している。

そこから、本戦術の存在が浮かび上がったのだ。
つまり、ひたすら集団内に待機して、ポイント2倍となる2・5・8周目で確実にポイント獲得を狙って、ホフランドは動いていたのだろう。

ハイスピードな集団についていくことだけでも、かなり大変なことである。
体力に自信があるだけでなく、スプリンターのように一時的に高出力を出せる脚質の選手に向いている戦術だと言えよう。

チーム・サンウェブのマックス・ワルシェイドや、チームスカイのエリア・ヴィヴィアーニも同様の動きを見せていたと言えよう。

画期的な新戦術”雪崩式スプリント”

こういう戦術が見たかった!
と思わせてくれる、ハンマーシリーズならではの非常に画期的な作戦だった。

どんなレースでも、必ず勝利を追求するチームスカイが考案し、実行した戦術が”雪崩式スプリント”である。

4周目にエリア・ヴィヴィアーニを筆頭に、ダニー・ファンポッペルとジョナサン・ディベンが同時に全開のスプリントを見せ、それぞれ4位・6位・7位に入った。
この周回のトップはトレック・セガフレードのストゥイヴェンが取っているが、トレックが獲得した10ポイントを上回る合計11.6ポイントを獲得してみせた。
ハンマースプリントでは、同一周回でトップ10に3名以上選手を送ったチームは、この周回のチームスカイのみだった。

3名以上集団に選手を残していたなら、トレインを組んでスプリントを狙いたい局面ではある。
しかし、4周目は3位までは逃げの選手に取られることが濃厚だったため、トレインを組まずに全員でスプリントしてポイントを狙ったのだろう。
局面に応じた柔軟な作戦を取ること、また指示を出したチーム監督のファインプレーだと言えよう。

ヴィヴィアーニによる”集団潜伏作戦”も奏功し、チームスカイは2〜7周回でポイントを獲得し、ステージ4位となった。

総合成績では最終日のハンマーチェイスではサンウェブに次ぐ2番目でのスタートとなっている。

ハンマーシリーズの今後に期待

ハンマークライム、ハンマースプリントと、名付けた通りの展開にはなっていない側面もあるが、『ハンマーエスケープ』と『ハンマーアタック』と思えば、見応えのある良いレースだったと言えよう。
今後もルールやコースの微調整は行われると思うが、重要なことはハンマーシリーズの成立は新たな収益源の確保に繋がり、ひいてはプロサイクルロードレース選手の給与も増加できることだろう。

選手の待遇が上がることで、サッカーやテニスなどのスポーツに流れていた逸材が、サイクルロードレースに留まることも増える。
結果として、さらにサイクルロードレース界が発展する。

という流れを、是非とも構築してほしい。

ゆえにハンマーシリーズがこれからも続くことを、一人のファンとして願わずにはいられない。
話によると、ハンマーシリーズは第2戦が中国、第3戦は南アフリカで開催されていくとのことだ。

Velonによる新たな試みに期待しつつ、引き続き応援していきたいと思う。

Rendez-Vous sur le vélo…

2 COMMENTS

いちごう

ハンマーシリーズ、観てないのですが、レース形式はチーム対抗のポイントレースですね。

トラック競技では昔からあるポイントレース。
250mバンクの場合、10周おきのゴールラインの通過順位でポイントを積み重ねながら40kmを走り一番ポイントを稼いだ選手が優勝というものです。
短いバンク内でのレースなので、抜け出して他選手をラップした場合にもポイントが加算されます。

ハンマーシリーズの場合は流石にラップポイントは無いようですが、
なるべく人数を揃えてポイント圏内の順位に複数を送り込むのか、トレインで頭を獲ることで高ポイントを狙うのか、チームメンバー編成や力関係でチームそれぞれ戦略が変わるのが面白いですね。

誰が何ポイント持ってて自分が何位なのか、トラックのポイントレースでは走ってる選手への外部からの情報提供が無いので、マークすべき相手、マークされてる状況等一切を選手自らが頭に入れなきゃいけないので、全ポイントを先頭通過できるバケモノでも無い限り、体力だけでは上手に立ち回れません。コース上に最大24人も居るので、これはこれで大変な情報量です。頭脳と脚、両方を必要とされる奥深い競技なんです。

ハンマーシリーズの場合、選手はどう把握してるんでしょうか?
無線で情報が入るならだいぶラクですが。

普通のロードレースと違い勝敗の決まり方が若干複雑なので、ルールを知らない層を取り込むにはもしかしたら時間がかかるかもしれませんが、これまでスポンサーだけが収入源だったチームとしては健全な利益分配が見込めるこのレースは積極的に参加する価値があると思います。

自分は引っ越しをきっかけにスカパーを切ってしまったのですが、次回のハンマーシリーズ第2戦までには視聴環境を確保しとかないといけませんね。

返信する
アバター画像 サイバナ管理人

いちごうさん

ゆくゆくはハンマーシリーズに、トップ選手がじゃんじゃん派遣されるようになって、より細かな戦略を練れるレベルになって欲しいものです。

そして、ハンマーシリーズ見ていると、トラックのポイントレースが見たくなりますね笑

というかトラックのポイントレースは、ライバル選手の動向を暗記しないといけないんですね…!
暗算が苦手な選手だと厳しいとは、面白い世界です。
東京オリンピックでトラック競技を満喫できるように、今後は徐々にトラックの勉強もしていこうかなと思いました。

ちなみに今回のハンマーシリーズでは、チームカーの助手席に乗っているスタッフがパソコンを持って計算しているように見えました。
ただ、オフィシャルも混乱しているようで、リザルト確定後に結果が修正されるなんて事態も起きていました。

とはいえ、初回の開催としては大成功だったと思います。
今後のシリーズにも期待していきます。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)