プロサイクルロードレース選手は、レース以外のオフの時、何をして過ごしているのだろうか?
自転車に限らず、プロスポーツ選手は身体を動かすことを生業としている。シーズン中は試合やトレーニングで身体を酷使することになるため、余計に身体を動かすことになるような趣味を持っている選手は少ないだろう。
そのため、プロスポーツ選手はインドアな趣味を持つことが多い。読書、映画鑑賞、ゲーム、インターネットなどだ。
元阪神・ニューヨークヤンキースの井川慶は、将棋とゲームを趣味に持っている選手だ。2003年にシーズン20勝をあげ、阪神の18年ぶりリーグ優勝に大きく貢献し、MVP・沢村賞を獲得した非常に実績を持つ投手である。
報道陣と将棋を指して交流したり、メジャーリーグ挑戦した際は、ヤンキースの公式サイトに井川の将棋の腕前が紹介されたこともあり、日本将棋連盟から将棋親善大使に任命されている。
ゲームではドラゴンクエスト8でパーティメンバーをレベル99まで上げたそうで、100時間プレイしたくらいでは到達出来ない数字に発売元のスクエアエニックスが「さすがエースらしい粘り腰」と、称賛のコメントを発表した。
極めつけは、アメリカから帰国してオリックスに入団した2012年シーズン、ゲームセンターでWCCFというサッカーのカードゲームにおいて、地区大会優勝を飾ったのである。この年の井川は2勝7敗防御率4.65と、かつての輝きを取り戻せないまま、2015年にはオリックスを退団することになった。そのため、「ゲームをしている場合じゃない」「WCCFやる暇があったら練習しろ」というような批判も浴びた。
極端な例をあげてしまったが、言いたいことはインドアな趣味に興じるプロスポーツ選手が多いことは間違いないということだ。
「1km歩くくらいなら、100km自転車乗った方がマシ」と言うほど、歩くことが好きではない人が多いプロ自転車選手の場合、どのような趣味を持つ人がいるのか調べてみた。
今回、紹介したい選手はトップスプリンターであるマーク・カヴェンディッシュである。
カヴェンディッシュの趣味はルービックキューブ
何の変哲もないルービックキューブである。
練習すれば誰でも1分以内に全面揃えられるようになると言われてはいるが、初心者にとっては何時間かけても揃えることは出来ないであろう、決して簡単ではないパズルである。
カヴェンディッシュはチームメイトのネイサン・ハースにバラバラにしてもらった状態から、何分で全ての面を揃えることが出来るのかタイムアタックをした。2分以内に揃えてみせると意気込んでいる様子だ。
決して滑らかとは言えない手つきではあるが、着実に色を揃えている。
そうして、1分51秒のタイムで完成させた。ギリギリ2分を切ったことに、本人も「ギリギリ間に合った!」といった様子だ。
バラバラの状態のルービックキューブを2分以内に完成させることは、練習すれば誰にでも出来るとしても、やはり誰にでも出来る芸当ではない。筆者はルービックキューブを完成させることは出来ないので、動画を見て純粋に「凄い!」と思った。
パズルゲームは脳トレになると言われるが
脳のことはまだ解明出来ていない部分もあり、医学的な根拠を述べて語ることは止したいと思う。
パズルを解くコツは、一定の規則性を見出して、または規則性に当てはめて、解いていくパターンが多いだろう。
頭の中で、ここを動かすとどうなるか予測しながら解くため、未来予測の精度が上がり、大局観が養われるように思われる。
カヴェンデッシュのスプリントの強さの要因の一つは、アシストを使わずともライバルスプリンターの背後について、スプリント勝負を挑む勝負勘の鋭さだ。
リードアウト役のマーク・レンショーやベルンハルト・アイゼルの功績も、もちろん非常に大きい。かつてカヴェンデッシュは、優秀なリードアウト役がいなければ勝てないと言われていたが、2016年ツール第14ステージではレンショーが不在でも勝利した。
頼れる相棒無しに、どうやって勝ったのか、『カヴェンディッシュのスプリントの強さを徹底解説!』という記事に書いた。
詳しくは上記事を読んでいただくとして、見て欲しいデータがこれだ。
With perfect timing and placement, @MarkCavendish sprints to his 30th #TDF stage win! Top speed: 66.3km/h.#TDFdata pic.twitter.com/UttVEvQOQ9
— letourdata (@letourdata) 2016年7月16日
フィニッシュ前でのカヴェンディッシュと、ピーター・サガンとアレクサンダー・クリストフのスピードの比較である。
クリストフはフィニッシュラインでは、カヴェンディッシュより時速1〜2キロ速いスピードを出していた。更にカヴェンディッシュとは異なり、クリストフはカチューシャのトレインに乗って、残り500〜600m地点まで牽かれていた。
サガンはカヴェンディッシュと同じく、トレイン無しに他のチームの番手について、スプリントを開始した。残り300mを切ってからのサガンのスピードは凄まじく、カヴェンディッシュを圧倒している。
それでも勝ったのはカヴェンディッシュだった。つまり、クリストフとサガンよりも前方の良い位置でスプリントを開始することが出来たということだ。
カヴェンディッシュの未来予測能力の高さが成し得た技術の勝利
カヴェンディッシュは徹底的にエティックス・クイックステップのマルセル・キッテルをマークしていた。
残り2km地点過ぎまでは、見事なエティックストレインが形成されていたが、残り1km地点前後ではロット・ソウダルとカチューシャのトレインに巻き込まれ、エティックストレインは崩壊した。
そのままロット・ソウダルとカチューシャがスプリントをとると思いきや、エティックスの最終発射台を務めるファビオ・サバティーニが猛然とキッテルを集団最前方に引き上げた。このときもキッテルの背後でピタリとマークしていたのがカヴェンディッシュだった。
逆にロット・ソウダルのアンドレ・グライペルや、カチューシャのクリストフは番手を下げてしまった状態からのスプリントとなってしまい、ステージの結果に直結したのだった。
他のチームのトレインにタダ乗りする場合、先の展開を読んでベストなトレインに乗ることが大事だ。
ゴール前の混戦の中で、エティックストレインを、マルセル・キッテルを信じて、ピタリとマークしていたカヴェンディッシュの勝負勘が冴えていたと言える。ロット・ソウダルでもなく、カチューシャでもなく、エティックスを選んだカヴェンディッシュの慧眼である。
ロット・ソウダルトレインの先頭を牽く選手は誰々で、あのスピードならラスト1kmまで持たない。
カチューシャのクリストフは番手を下げるに違いない。
エティックスのサバティーニは、まだ脚を残している。
など、集団内で優れた洞察力により知り得た情報を組み立てて、残り1kmではこのような状況になり、残り500mではまた状況が変わり、ラスト300mで全開で踏もう。などイメージしていたのではないかと思える。
カヴェンディッシュがルービックキューブを解く姿を見て、集団スプリントに向けての位置取りやスプリントを開始する場所やタイミングを推し量ることが重なって見えた。
サイクルロードレースのスプリントとは、パズルゲームのようなものではないかと思った。ルービックキューブの面を揃えるかのごとく、誰をマークして、どこに位置取りして、どのタイミングで仕掛けるか、ピタリとハマったときに勝利が訪れるのだと。
トップスピードで敵わなくとも、レンショーがいなくとも、スプリントで勝てることを証明したカヴェンディッシュ。
次はルービックキューブを1分以内に完成させておくれよ。
Rendez-Vous sur le vélo…