入ってて良かった!モビスターの『あんしん平坦保険』とは?

グライペルが悔しそうだ。

ポディウムの上で喜びを爆発させるフェルナンド・ガビリアを横目にアンドレ・グライペルは、露骨に悔しそうな表情をしていた。

勝てた。
絶対に獲れたステージだ。
自信があったからこそ、自分のミスで獲物を逃した悔しさは募るばかりなのだろう。

ジロ・デ・イタリア第2ステージは、クイックステップ・フロアーズの組織的な横風分断作戦が見事に決まり、グランツール初出場のガビリアがステージ初勝利をあげ、初のマリアローザを獲得した。

グライペルは、クイックステップの動きに追従し、一度は先頭集団に追いついたのだが、シューズがペダルから外れるトラブルもあり、遅れてしまったのだ。

メカトラであれば仕方ないと諦めがついてもいいところなのだが、グライペルはただただ悔しがっていたのだった。

ガビリアの嬉しい初勝利、グライペルの無念の一方で、ホッと胸を撫でおろしたチームがあった。

今大会の大本命、ナイロ・キンタナを擁するモビスターだ。

横風区間でエシュロンが形成される

キンタナのように小柄な体格の選手は横風の影響を強く受けやすい。
これまでも、横風区間でピンチに陥ったことは何度もあった。

だが、モビスターはこれまで平坦アシストを重視しておらず、グランツールにはクライマーを大勢起用する傾向にあった。

一方、チームスカイは必ず3〜4名程度は平坦スペシャリストを起用している。

そのスカイの平坦アシスト陣にモビスターは散々苦しめられてきた。
ようやく平坦アシストの重要性を認め、オフには横風職人ことダニエーレ・ベンナーティを獲得し、平坦アシストの強化を図った。

今大会には、ベンナーティ、アンドレイ・アマドール、ローリー・サザーランド、ホセホアキン・ロハスと4名の平坦スペシャリストを投入してきた。
代わりにクライマーをごっそりと減らしている。

平坦アシストの存在は重要だとしても、いくらなんでも偏りすぎでやりすぎではないかと懸念していた。

しかし、過剰に思えた平坦アシストの存在が第3ステージで、絶妙な仕事を見せた。

クイックステップが仕掛けた横風分断の動きにより、集団が大きく縦に伸びる。
ベンナーティはキンタナを守るために、あらかじめ集団前方に位置していた。
あまりの横風の強さに、ベンナーティの背後にいたにも関わらずキンタナがコースアウトしかけて遅れてしまった。

と同時に、抜け出した選手たちを目掛けて、総合のライバルであるゲラント・トーマスがブリッジを開始。
前に行かせるわけにはいかない上に、キンタナを守らねばならないベンナーティが孤軍奮闘する。

前方で粘るベンナーティに、アマドールとホセホアキン・ロハスも追いつく。
トーマスのブリッジは不発に終わったため、あとはメイン集団内でキンタナを守ることに徹していた。

先頭から13秒遅れのメイン集団内で、キンタナは無事にフィニッシュすることが出来た。
もしも、集団後方で横風分断の動きが始まっていたら、キンタナは2分以上はタイムを失っていたことだろう。

キンタナを集団前方のポジションをキープするため、横風分断が始まってからキンタナを守るために、4人の平坦スペシャリストは欠かせなかった。
4人連れてきて良かったと、モビスター首脳陣もホッとしたことだろう。

この過剰とも思われたモビスターの平坦アシスト陣に対して、わたしはモビスターの『あんしん平坦保険』と名付けたくなった。

あればあるほど安心の保険

モビスターの平坦アシストに対する考え方は、保険と一緒ではないだろうか。

『月に何万円も保険代払ってもったいない!』と言えば、
『健康な時には、保険のありがたみはわからないのだよ』
とは、よく聞くやりとりである。

その言葉のとおり、平坦アシストの数の多さは過剰で不必要ではないかと思えたが、平坦アシストの貢献によりエースであるキンタナは無事にフィニッシュできたのだ。

9人という限られた選手枠の中で、何に重点を置いて選手を選ぶかということと、限られた家計の予算内で、どんな保険にお金を払うかという構図は似ている。

自営業を営む父親が、万が一重病にかかって仕事が出来なくなると収入を失いかねないため、医療保険を充実させる。
小さな子供のために、万が一に備えつつ学資積み立ても兼ねた生命保険というように、家族の課題に応じて、どんな保障を手厚くするか考えて、保険に加入するだろう。

モビスター家は、大黒柱のキンタナが横風や平坦路に弱いことから、平坦路での保障を充実した『あんしん平坦保険』に加入したのだ。
さらにベンナーティ特約という横風区間でのライバルチームへの攻撃オプションを付加することができ、ホセホアキン・ロハス特約なら山岳保障も控えめながら付加することができる。

アシストとは、とどのつまりエースに対する保険なのだ。
各チームがエースに対して、保険をプランニングして加入させるわけだ。

チームスカイは、山岳に対する保障が非常に充実している『ずっと、あなたと』に加入している。
しかし、掛け金が高く富裕層向けとなっている上に、査定も厳しく誰でも加入できるわけではない。

バーレーン・メリダは、平坦から山岳までくまなく保障してくれる『ちゃんと応える総合保険』に加入しているが、支払い限度額がやや低めに設定されており、重病には少し心許ない。

ロットNL・ユンボは、山岳・平坦ともに最小限の保障となっている『新・あしすとくん』に加入している。

というようにチームのレースプランや予算に合わせて、みな必要な保険に加入してるのだ。

ただし、忘れてはならないことは、保険が人生を豊かにしてくれるわけではない。
サイクルロードレースも、良い保険に入れば勝てるわけではないのだ。

いざという時に役に立つが、『いざ』という時は望むものではない。

それでも、『いざ』という時の備えがあるかないかの違いは大きい。
心にゆとりをもたらすことで、競技パフォーマンスが向上する可能性はある。

この先も海沿いを走る横風の危険があるコースはいくつか登場する。
『あんしん平坦保険』はもちろん掛け捨てではなく、大会終了まで続く終身タイプだ。

安心を手に入れたキンタナは、マリア・ローザへの道をひた走るのか。

Rendez-Vous sur le vélo…

10 COMMENTS

ATLおじさん

面白い切り口ですね
確かに今までならキンタナは取り残されてたところですがベンナーティの存在はやはり大きかったですね。
ようやくモビスターも保険に気づきましたか笑

ロットNLの新アシストくんは、、、笑

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ATLおじさん

モビスター良いバランスになりましたね〜。
ジロに平坦アシスト投入しすぎて、ツールは人材不足に陥らなければいいのですが笑

昨年好評だったログリッチ特約は、パッケージ化され今年の7月にフランスで発売するようでして…笑

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まくら

相変わらず、面白いです(笑)

>ロットNLの『新・あしすとくん』
ま、まあ昨年もクライスヴァイク選手は孤軍奮闘でしたし‥(汗)
ヘーシンク選手はログリッチ選手にパッケージングされちゃいましたか(苦笑)
しかし、この場合どっちが被保険者か考えるのもも興味深いですね

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まくらさん

昨年のクライスヴァイクは、もはや無保険状態でしたからね…。

ヘーシンクとログリッチの二人が対象の”ファミリータイプ”になるかもしれませんね笑

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いちごう

アシストを保険になぞらえるなんて、考えた事もなかったので楽しく読ませて頂きました。

元々ベルギーのレースでは横風によるエシュロン形成からの分断とい動かなく形はしばしば見受けられました。
しかし、それをチームによる戦術として使い始めたのは近年になってからだと思います。

体格の大きなパワーのある選手は横風区間でのスピード維持能力が高く、一方で小柄な選手は風に対抗できるパワーが無いため遅れる。
というレース展開自体は以前からありました。
が、それはどちらかと言うと「個の力」としてそれが起きるレースでした。

今回のクイックステップフロアーズのようにチームの組織力で横風を利用して攻撃をするという形は最近です。
おそらくですが、ツアー・オブ・カタールが始まってからではないかと。

ど平坦の砂漠の道を、横風・向かい風を受けながらの我慢大会。

大きな体躯でスピード維持に優れるスプリンター系の選手だけが前でレースを展開できる環境において、カタールマイスターと呼ばれたボーネン始めスプリンター系スピードマンを揃えたクイックステップが主役になってたこのレース。
「どうせウチのアシストがボーネンのために先頭集団の前を牽くことになるんだから、いっそ後ろの他チームは全部千切ってやろうか。」
とパトリック・ルフェーブル監督がそう考えたのかどうかは分かりませんが、組織だって横風分断作戦を敢行したのはこのレースのクイックステップが最初ではないかと思います。

この作戦の有効性がボーネンの勝利量産に繋がった訳ですから、使わない手はないですよね。

キンタナのような選手は平坦での展開は自ら作ったり乗ったりするのは難しい一方、山岳でのレースは彼の「個の力」である程度は作れるし展開に乗ることもできる訳で。

得意の山岳でより有利にするためのアシストを重視するか、平坦での「数少ない」分断作戦への対抗措置としてアシストを割くか。

まさに「保険に入るか否か」ですね。

今回はその保険が適用された訳で(笑)まさに「入ってて良かった」だと思います。

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いちごうさん

横風分断作戦は、比較的最近開発された戦術なんですね。
カタールといえば、昨年の世界選でもイギリスとベルギーが横風分断を成功させていましたね。

クイックステップとロット・ソウダルは、横風分断が得意なチームなので、長年仕掛けてきたノウハウが活かされた格好でしょう。

横風分断仕掛けてくると、予測できても防げないところが、横風分断の恐ろしいところです。
平坦ステージのスパイスとして、今後のステージでも効いてきそうです。

そこにキンタナは保険をしっかりかけた。
同じく昨年の世界選で横風分断の動きに対応していたベンナーティの進言もあったのかもしれませんね。

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たにさん

ありがとうございます!
マイペース更新を心がけているので、突然更新が遅くなることもあります汗
その際は気にせず、お待ちいただければと思います!

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ベネットは、ツール・ド・フランスで被保険者ログリッチにして、パッケージ商品化されるんでしょうね〜。
クライスヴァイクへの保障は、いつも薄め…。

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