“職人”ニキ・テルプストラ。ヘント〜ウェヴェルヘムでサガンにキレられた動きの真意とは?

職人の意味を辞書で引いてみると、「自分の技能によって物を作ることを職業とする人。」と書いてある。
転じて、スポーツ選手の中でもとりわけ熟練した技能を生かして活躍する選手のことを「職人」と呼んだりする。

スポーツ選手の「職人」と聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、元プロ野球選手の川相昌弘だ。
現在は巨人の三軍監督を務めているが、現役時代は主に巨人で堅守の遊撃手として活躍し、犠牲バント通算533本という世界記録を持っている。
川相のバントは、まさに職人芸と呼べる高等技術だった。

ところが、高校時代の川相は、速球を武器とするエースであり、3番を打つ長打が魅力の主軸打者でもあり、チームをまとめるキャプテンでもあった。
82年春の甲子園では、一世を風靡した早稲田実業の荒木大輔との投げ合いが実現。
敗れはしたものの、互角の投手戦を演じたことでプロのスカウトの目についた。

同年のドラフト4位で巨人に入団。
投手として入団したが、すぐに内野手に転向。
理由は「周りの選手の球があまりにも速すぎて、自分には無理だと思った」とのことだ。

当時、レギュラーが不在だった遊撃手として猛練習に取り組む。
同時に、新たな武器としてバント技術を徹底して磨いていった。

川相は打者としては、パワーは平凡以下、コンタクト技術も普通と、並以下の打力だった。
一方で猛練習の甲斐があって、守備力はゴールデングラブ賞6回受賞するほどに成長し、バント技術は世界一となった。

とはいえ、豪快なパワーヒッターがひしめく巨人においては、遊撃手・川相の打力が不安視され、毎年のように遊撃手の新戦力を獲得していった。
卓越した技術を持ちながらも、川相は毎年のようにレギュラー争いしていたのだ。

しかし、川相は全てのレギュラー争いを勝ち抜き、いつしか巨人の不動の2番打者として、チームの優勝・日本一に大きく貢献していた。

パワーで勝てないなら、技術で勝てばいい。
まさに職人の発想だった。

ドワルス・ドール・フラーンデレン、E3・ハレルベーケ、そしてヘント〜ウェヴェルヘム。
フランドルクラシックシリーズで見せたニキ・テルプストラの走りは、「職人」というワードがぴったりだ。

石畳スペシャリストのもう一つの能力とは?

もちろん、テルプストラが非力なレーサーだと言うつもりは毛頭ない。
プロ通算19勝をあげ、昨シーズンはエネコツアー総合優勝を果たしている。
何より、2014年パリ〜ルーベでは強豪ひしめく先頭集団から単独アタックを決め、20秒差の独走勝利を決めている。

テルプストラは強い選手だ。
しかし、ペーター・サガンほどのスプリント力はないし、むろんクリス・フルームのような登坂力もないし、トム・ドゥムランのようなTT力もない。
テルプストラの能力は決して低くないが、1対1のような展開では不利だと言えよう。

そこで、テルプストラは石畳を走る技術と、レース展開を読む力を磨いた。

テルプストラの石畳を走る力は、世界一級品だ。
2014年パリ〜ルーベでは、少ない消耗で石畳を走ることが出来たため、最終盤にアタックを決めることが出来た。
ライバル選手たちは、みな一様に消耗しており、とてもテルプストラを追える状況に無かったのだ。

そして、レース展開を読む力。
これこそが、テルプストラを一流のライダーにせしめる能力である。

テルプストラの仕事は、目立ちにくくわかりにくい

ドワルス・ドール・フラーンデレンを振りかえってみる。

先頭集団は4名で、チームメイトのフィリップ・ジルベールとイヴ・ランパートが残っていた。
このまま逃げ切りとなれば、ジルベールとランパートの連携で勝利はほぼ確実だった。
しかし、一点だけ懸念がある。

後方から猛追する第二集団の存在だった。
特にロットNL・ユンボのディラン・フルーネヴェーヘンに追いつかれることだけは絶対に避けたかった。

昨シーズン、ワンデークラシック未勝利に終わった屈辱を晴らすべく、このレースは絶対に取りたい。
チームの思いは、勝利ただ一つであった。

そこで、第二集団の更に後方のメイン集団に控えていたテルプストラは、第二集団へのブリッジを試みた。
チームメイトのゼネク・スティバルと共に集団を飛び出し、第二集団へのブリッジに成功する。

やることはただ一つ。
この集団のスピードを緩めること。
いわゆる攪乱作戦だった。

作戦は成功し、第二集団の協調体制にほころびが生じた。
先頭集団はジルベールの献身的なアシストの甲斐があって、順調にタイム差を広げていき、ランパートの単独アタックが決まって勝利した。

テルプストラの動きは全く目立たないが、チームの勝利を更に確実なものにする極めて重要な仕事だった。

E3・ハレルベーケでは、フレフ・ヴァンアーヴェルマートとオリバー・ナーセンと共に、ジルベールが先頭で逃げていた。

メイン集団にいるテルプストラの仕事は、ジルベールを信じて先頭にブリッジしようとする選手をチェックすることだった。
任務を着実にこなして、テルプストラは第二集団内でフィニッシュした。
ジルベールは惜しくも2位だったが、トム・ボーネンを8位とトップ10圏内に送り込んでいた。

非常に地味ではあるが、着実にUCIポイント・ワールドツアーポイントを稼ぐための好アシストだ。

勝利のための最善の判断

だが、クイックステップの目標はあくまで表彰台のてっぺん。
2位で満足することは許されない。

ヘント〜ウェヴェルヘムでは、先頭集団に3名の選手を送り込むことに成功する。
テルプストラ、スティバル、そしてマッテオ・トレンティンだ。

だが、何事もないように見える普通の平坦路で、ヴァンアーヴェルマート、イェンス・ケウケレール、ペーター・サガンが抜け出していく。
前を牽きたくない選手同士の牽制が原因で、ちょっとした譲り合いの最中決定的な逃げが決まってしまった。

すかさずテルプストラはサガンたちをチェックした。
チーム・サンウェブのセレン・アナスンも加わり5名の逃げが形成された。
しかし、このまま逃げ切ってもテルプストラのスプリント力では絶対に勝ち目はない。
このまま逃げ切っても、4位がいいところだ。

そこで、後方のスティバルとトレンティンと合流してから、テルプストラ自らアタックを仕掛けるような展開が最も勝率が高くなると判断した。
そのためにはサガングループをこのまま逃がすわけにはいかない。

だからサガンの先頭交代の要求をつっぱねたのだ。
後方にエースのマイケル・マシューズが控えるアナスンも同じ思いだ。

サガンがテルプストラに先頭交代を要求する間に、ヴァンアーヴェルマートとケウケレールとの差が開いてしまった。
すぐにスピードを上げれば、サガンの脚なら二人に追いつけるはずだったが、そうしなかった。

恐らく、サガンは散々自分がマークされることに、苛立ちを隠せなかったのではないだろうか。
自分へのマークが厳しすぎるゆえ、思ったように成績をあげられないフラストレーションが爆発してしまったように見えた。

サガンが前を追わなかったのは、テルプストラにとっても計算外だったに違いない。
さらにもう一つ計算外だったことは、スティバルとトレンティンのいる追走集団のさらに後方にいるメイン集団をロット・ソウダルが率いて猛追してきていることだった。

スティバルたちの追走集団は協調が全くとれていなく、スピードが上がらない。
そこへ、ロット・ソウダルが牽くメイン集団がやってきて、集団は再び一つになった。

こうなると、サガンをマークし続けた結果、メイン集団に追いつかれて、取れそうな4位をも逃すような事態は避けたい。
仕方なく、サガンと協調しながら走ることにした。

結果、ギリギリ4位を確保することが出来た。

さらにテルプストラとサガンに追いつくために、脚を使ってしまったロット・ソウダルに代わって、集団内で脚を溜めていたトム・ボーネンとフェルナンド・ガヴィリアがそれぞれ6位・9位に入賞することが出来た。

チーム目標は達成できずとも、着実にポイントを稼ぐことんは成功した。

レース後、サガンは「とてもチープなレース」とテルプストラの動きを批判していた。
だが、テルプストラの動きはチームの勝利とポイント獲得のため、めまぐるしく変化する状況に対応しながら最善を尽くす職人芸そのものだった。

パワーで勝つサガンと、テクニカルな動きで勝利に近づくテルプストラは相容れない存在なのかもしれない。

どちらが優秀で、どちらが卓越していると言うつもりはない。
サガンも、テルプストラもプロとして最善を尽くしたことに変わりはない。

ドワルス・ドール・フラーンデレンでのジルベール、そして一連のフランドルクラシックでのテルプストラの働き。
クイックステップは着実にチームの連携が良くなっているように見える。

週末は、いよいよフランドルクラシックの最高峰レースであるロンド・ファン・フラーンデレンを迎える。
“職人”テルプストラの動きがレースの鍵を握ることになるだろう。

Rendez-Vous sur le vélo…

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