ハエン・パライソ・インテリオール、ブエルタ・ア・アンダルシア・ルタ・デル・ソルにてシーズンインしたタデイ・ポガチャルであるが、初戦は未舗装路を多く含むワンデーレースにもかかわらず、終盤36kmを独走して勝利。アンダルシアでは第1ステージから終盤の上りでライバルを完全に置き去りにする走りで38秒差をつけて独走勝利。第2ステージも上りスプリントで爆発的なパワーを見せて、区間2連勝。第4ステージも第2ステージの焼き直しのようなエンリク・マスとの上りスプリントを制して、区間3勝目にしてキャリア通算50勝目をあげる。そうして、圧倒的な強さで総合優勝を飾ったのだ。
というシーズン初頭のポガチャルの活躍をまとめた短文の中から、気になる記録について掘り下げてみたいと思う。
ポガチャルはグランツール総合優勝2回、モニュメント通算3勝など華々しい戦果をあげているが、意外にもハエン・パライソ・インテリオールでの勝利が、ポガチャルにとって初めての1クラスのレースでの勝利となった。そもそも、1クラスのレースへの出場自体が2019年6月9日のGPルガーノ以来およそ3年8ヶ月ぶり。ポガチャル級の選手ともなると、調整という概念が無いようで、シーズン初戦から当たり前のようにワールドツアーを走って勝って、ツール・ド・フランスへ出場していくようだ。
ポガチャルのようにキャリアで最初の1クラスまでに何勝しているのか、調査してみた。2023年時点で現役な選手のうち、通算勝利数トップ100の選手を調査対象とした。
順位 | 名前 | 勝利数 | 備考 |
1 | タデイ・ポガチャル | 47勝目 | |
2 | クリス・フルーム | 23勝目 | |
3 | パスカル・アッカーマン | 20勝目 | |
4 | ミケル・ランダ | 15勝目 | |
※ | ディラン・トゥーンス | 未勝利 | 通算14勝 |
5 | リゴベルト・ウラン | 12勝目 | |
6 | ティム・ウェレンス | 10勝目 | |
7 | ラファル・マイカ | 9勝目 | |
8 | ゲラント・トーマス | 8勝目 | |
9 | ペテル・サガン アレクサンドル・クリストフ | 6勝目 |
ポガチャルの記録は2位のフルームにダブルスコアをつける圧勝だ。1クラス未勝利のトゥーンスがいるものの、通算14勝からから33勝を積み上げることはなかなか至難の業だろう。ランキング上位にポガチャルと同タイプのグランツールレーサーが複数人入っていることも興味深い。
フルームが初めて勝利した1クラスのレースは当時1クラスだった2015年のブエルタ・ア・アンダルシア第4ステージでのこと。すでにツール総合優勝を飾っている絶対的エースの立場で、2012〜2016年頃までのフルームの調整方法として、シーズン初戦は割と好成績を残す傾向にあり、2戦目以降は少し成績を落として、ツール前哨戦に勝利して本戦に挑むパターンが多かった。そのため、フルームの1クラスでの勝利はすべて2月にあげている。
スプリンターとして唯一のランクインを果たしたアッカーマンは非常にレアなキャリアを送っている。マーク・カヴェンディッシュやカレブ・ユアンなどスプリンター系の選手たちはだいたいキャリア初勝利が1クラスのレースであるパターンが大半だからだ。サガンやクリストフが6勝目に1クラス初勝利となっているくらいで、アッカーマンの20勝目は少し異常な記録である。
アッカーマンは2013年からエリートカテゴリーで走る機会を得て、2019年9月のホーイクス・プライスで1クラス初優勝を飾ったが、それまでに1クラスのレースには通算30日出場していた。一方で、プロデビュー2年目の2018年は4月のツール・ド・ロマンディでプロ初勝利をあげると、翌年はジロ区間2勝をあげポイント賞を獲得するなど、1クラス初勝利をあげた20勝のうち11勝がワールドツアーでの勝利と勝利の質が非常に高く、一気に主力選手へ成長というか覚醒を遂げた印象だ。スプリンターには1クラスでの勝利がキャリアの大半を占める選手も珍しくなく、当時のアッカーマンは1クラスでの勝率よりワールドツアーでの勝率の方が高いという不思議なスプリンターだった。(なお、2022年終了時点でのアッカーマンの1クラス勝利数は8勝となっている)
ランダとウランに共通していることは、ランダはプロ9年目で1クラス初勝利、ウランはプロ12年目で1クラス初勝利と、キャリア後半に差し掛かったタイミングでの出来事であることだ。若くしてステージレーサーとして台頭した選手は、主力に成長した後は1クラスのレースへの出場機会自体限られていたが、勝利の頻度が少なくなってきたタイミングで1クラスのレースにも起用され、勝利したという流れである。
まとめると、以下の条件を満たすと1クラス初勝利のタイミングを遅らせることができるようだ。
①キャリア初期からチームの主力を担うこと
②調整のためのレースをしないこと
③ステージレーサーであること
そして、ポガチャルの47勝目で1クラス初勝利という記録を越えるには、そもそも47以上勝たないといけないわけで、上記①〜③の条件を満たすよりも一番難しいことかもしれない。現役で47勝以上のステージレーサーはクリス・フルーム(47勝)、ナイロ・キンタナ(51勝)、プリモシュ・ログリッチ(65勝)のみ。近年引退した選手を含めても、アレハンドロ・バルベルデ(133勝)、ヴィンチェンツォ・ニバリ(52勝)、アルベルト・コンタドール(68勝)といったグランツールやモニュメントで複数回勝利しているレジェンドのみが到達できる領域なのだ。その領域に24歳にしてたどり着いていることが、何よりも恐ろしい事実なのかもしれない。
また、同じように怪物枠にジャンル分けされるマチュー・ファンデルプール、ワウト・ファンアールト、レムコ・エヴェネプールとの比較だが、マチューはプロ初勝利が1クラス、ワウトは2勝目、レムコは3勝目となっている。マチューは1クラスの勝利が通算11勝。ワウトは通算4勝ながら2017年以降1クラスでの勝利はなく、ユンボ・ヴィスマ移籍後は1クラスのレースへの出場はゼロだ。レムコは通算2勝と通算勝利数に占める1クラス勝利数の割合は現役選手のなかでもトップレベルに少ない。
なお、現役選手勝利数トップ100に入っている選手において、通算勝利数に占める1クラス勝利数の割合でポガチャルを上回るのは、前述した1クラス未勝利のトゥーンスのみ。次点が通算17勝のうち1勝のみのトマス・デヘントである。レムコはその次に少ない割合だ。
引退選手については、ProCyclingStatsで通算勝利数ランキングトップ100に入っている選手のうち、レースカテゴリーの仕組みが異なる2000年以前に活躍していた選手を除くと、やはりポガチャルの記録を上回る選手は確認できなかった。ちなみに、PCSによると通算勝利数ランキングトップ100で通算53勝となっているので、もしかしたら通算47〜52勝あたりの選手で達成者がいる可能性もゼロではない。これまで調べたことをまとめると、そのような達成者の存在はなさそうと考えるのが妥当ではないだろうか。以上を踏まえ、ポガチャルの「47勝目で1クラス初勝利」という記録は、実質的に唯一無二の記録だといって差し支えないと考える。
そして、この記録を今後塗り替えることが限りなく不可能に近いアンタッチャブルレコードだと。そう結論付けても構わないが、恐らくこの記録さえも塗り替えていく超新星が誕生することも、自転車ロードレース界の不可思議の一つだと思う。
ポガチャルのデビュー以前にポガチャルのようなキャリアを歩む選手を誕生を予見できた人がいただろうか。多くの人にとって、ポガチャルの活躍は想像の何倍も上を行く結果だったのではないかと思う。少なくとも私には予見は無理だった。そうであれば、過去の実績を使っていくら推論したところで、未来の真実を導くことができるはずがないだろう。
それに、プロデビューしたての選手が1クラスのレースで勝利したことを残念に思う人もほとんどいないだろう。基本的に勝利は喜ばしいことであるし、ポガチャルの「47勝目で1クラス初勝利」の記録を更新するためにレース活動を行うプロ選手は皆無に違いない。
とはいえ、ポガチャルが持つもう一つの記録である「戦後ツール最年少総合優勝」の更新以上に難易度が高い記録ではないかと思い、書きまとめてみた次第である。