何度も何度も拳を突き上げて、喜びを表していた。
グランツールへの出場4度目にして、サム・ベネットはようやくグランツール初勝利を掴んだ。
昨年のジロ・デ・イタリアでは、ステージ3位が3回、2位が1回と惜しい結果が続いた。その悔しさを晴らすためか、ジロ後のレースではシーズン終了までに9勝をあげる快進撃を見せていた。
そして今年のジロ。第2・3ステージともに3位に終わり、やはり勝ち切れないベネットの姿があった。
特に第3ステージでは、向かい風のなかのスプリントで絶対にマークすべきエリア・ヴィヴィアーニに背後をとられてしまった。結果としてヴィヴィアーニをリードアウトするような形になってしまい、ベネットは3位に沈んだのだった。
しかし、それでも大差の敗北ではない。スプリントでの駆け引きに負けただけで、ベネットのスプリント力はヴィヴィアーニにも通じる手応えも感じていた。
迎えた第7ステージ。ベネットは対ヴィヴィアーニの秘策を繰り出した。
ベネットのスプリントを振り返る
ベネットはいかにしてヴィヴィアーニに勝利したのか、スプリントでの位置取りを振り返ってみたい。
・残り1.0km
ベネットはヴィヴィアーニの背後を確保していた。
というのも、リュディガー・ゼーリッヒが体調不良のため第6ステージをDNSしており、ボーラ・ハンスグローエは貴重なリードアウトマンを欠いている状況だった。
そのため、早めにヴィヴィアーニの背後を確保してスプリントに挑む構えを見せていた。
・残り500m
最もポジション争いが激しくなる残り500m地点でも、ベネットはヴィヴィアーニの背後にピタリとついていた。
当のヴィヴィアーニはEFエデュケーションファースト・ドラパックのサーシャ・モードロに目をつけ、彼の付き位置に入った。
・残り300m
ヴィヴィアーニの読みは当たり、目の前のモードロが左端の空間をめがけて早めに動いた。
マークしていたヴィヴィアーニはその動きに追従し、ヴィヴィアーニをマークしているベネットも続いていく。
また、ヴィヴィアーニの左後方にいる青いジャージのミカエル・モロコフもヴィヴィアーニに最後のアシストをすべく加速を開始した。
・残り250m
モードロが残り250mで早めのスプリントを仕掛けた。
ヴィヴィアーニの背後は、後ろから加速してきたモロコフがブロック。ベネットが付き位置に入ることを防ごうとした。
しかし、わずかに前に出ていたベネットがモロコフを押しのけヴィヴィアーニの背後をどうにかキープ。非常にきわどいタイミングで勝負の分水嶺となった瞬間だった。
・残り200m
モードロ、ヴィヴィアーニ、ベネットと続く状態でいよいよスプリントを本領発揮できる残り200mの射程圏内へと入る。
それでもベネットはグッとこらえて力を溜めていた。
・残り100m
ヴィヴィアーニがモードロの前に出ようとした瞬間、ついにベネットが仕掛けた。
・残り50m
ここまでずっと溜めに溜めていた力を全て開放。
残り50mでヴィヴィアーニをかわして先頭に立ち、念願のグランツール初勝利を飾ったのだ。
レース後のベネットは「もう一度ヴィヴィアーニの前に出てはならないと思い、前に行きたい気持ちを我慢する必要があった。」とコメントしていた。
それは残り100mまでスプリントを我慢するという話ではなく、ヴィヴィアーニを打倒するための執念ともいえる常識外な戦略を遂行したからこそ生まれたコメントではないかと思う。
ベネットは残り1km地点ではヴィヴィアーニの付き位置を確保していたが、では実際はいつからヴィヴィアーニの付き位置に入ったのだろうか。
残り1km地点以前の2人のポジションも振り返ってみたいと思う。
残り1km以前の位置取りを振り返る
・残り1.3km
ベネットはヴィヴィアーニの付き位置に入っていた。
しかし、ヴィヴィアーニ自身のポジションは30番手付近であり、とても好位置とはいえない。
というのも、レース後にヴィヴィアーニは「残り5kmでポジションを下げてしまい、位置を上げるのに力を使ってしまった」とコメントしている。この時点ではまだヴィヴィアーニにとって良い状況ではなかった。
一方で良い状況ではないヴィヴィアーニをベネットは徹底マークしていたのだ。
・残り3.0km
ヴィヴィアーニはかなりポジションを下げていた。
それでも、ベネットはヴィヴィアーニの背後をこの時点で既に確保している。
ベネットの周りにはチームメイトが健在であることがうかがえる。つまりチームメイトを使って集団前方に引き上げることも可能だったにもかかわらず、ポジションの良くないヴィヴィアーニの付き位置に入ることを選択していたのだ。
・残り4.7km
ここでもヴィヴィアーニの背後にピタリとつけているベネットの姿を確認できる。
ヴィヴィアーニいわく「ポジションを下げてしまった」地点付近のことであり、ベネットは意図してヴィヴィアーニにずっと追従していたのだ。
・残り6.1km
ようやくヴィヴィアーニの背後にベネットらしき人物がいないことがわかる瞬間を確認した。
しかし、ヴィヴィアーニの背後にはボーラ・ハンスグローエのジャージが散見されるため、チームとしてもヴィヴィアーニを徹底マークしていたものと思われる。
・残り9.1km
ヴィヴィアーニの右前方すぐの位置にベネットがいる。
周囲にもパトリック・コンラッド、クリストフ・フィングステン、フェリックス・グロスチャートナーなどの姿が確認できるため、この時点でもヴィヴィアーニをチームとしてマークしていることがわかる。
・残り14.1km
まだ逃げを捕まえる前の時点でも、ヴィヴィアーニのすぐそばにベネットがいることが確認できた。
まとめると、
クイックステップはレース最終盤まで集団の中頃付近に埋もれていた
→途中でポジションをあげようとしたものの、ヴィヴィアーニの「残り5km地点でポジションを下げてしまった」発言から意図せず再び集団中頃に埋もれている状況が続いていた
→クイックステップには埋もれたままスプリントに参加できないリスクがあった
→スプリントに参加するにしても、集団中頃から前方までポジションを上げることに力を使う必要があった
→にもかかわらず、ベネットはヴィヴィアーニをスプリントの遥か手前、逃げを捕まえる前から徹底的にマークしていた
ということだ。
ベネットの「前に行きたい気持ちを我慢する必要があった。」というコメントには、最終盤まで集団の中頃に埋もれていたクイックステップを見限って集団前方に上がりたい気持ちを我慢した、という風にも捉えることができる。
なぜベネットはアシストが健在だったにもかかわらず、ヴィヴィアーニの徹底マークを続けたのか。
それはクイックステップのチーム力を信じていたからだ。そしてヴィヴィアーニなら必ず勝負できる位置を確保すると。
ベネットの勝利への執念は、もはやヴィヴィアーニへの深い愛だといっても過言ではない。
その裏付けには、最後の100mでヴィヴィアーニをかわすことができるという、ベネットの自信があったことも忘れてはならない。
ベネットとヴィヴィアーニ。マリアチクラミーノ争いの行方も、まだまだわからない。
Rendez-Vous sur le vélo…
この戦法、サガンもたまにやるような印象があります
とにかくターゲット選手(チーム)を決めてずっとマーク、ごく短距離で全ての力を開放してゴールに己を叩き込む…文字にすると簡単ですが、本当に敵であるターゲットの力への信頼(愛w)と、ギリギリまで己の欲を押さえ込む忍耐力が必要な、高度な戦略だと思います
チームも含めて相手が格上である場合に有用だと思いますが、ピュアスプリンターでなくてスプリントトレイン的にも劣っていたサガン戦法の伝承がBORA内にあったのでしょうか(^o^)
大変見応えのあるスプリントステージでした
映像見返してないのでおぼろげですが、カリフォルニアの第1ステージでサガンはキッテル付き位置をぴったりマークしてたように思います。
でもキッテルが全然伸びずあえなく撃沈、慌てて飛び出すもガビリアユアンにわずかに届かず、だったんじゃないかなと。
マークする選手を間違えると・・・のリスクは当然ありますよね。
ちょっとじっくりオンデマの見逃し配信を見直してみようかなと思いました。
見直してみたらやっぱり5kmくらいからボーラトレインにはつかずずっとキッテルの背後に張り付いてました。
ただ1kmすぎてからキッテルが他選手とやりあった影響で番手を失って、それの割りを食っちゃった感じですね。
しかしクラッシックシーズンが終わってグランツールシーズンに入っても青い狼達の勢いが止まりませんねぇ・・・
アディさん、はしっこさん
ベネットのベタ付き戦法(個人的にはDeep Loveスプリントと呼びたいです笑)は、サガンから伝承したというご指摘とても鋭いなと思いました!!
自分もカリフォルニアの映像をひとまずチェックしてみたのですが、明らかにキッテルをマークしていましたね。
ガビリアでもユアンでもなく、キッテルをマークした理由が気になるところですが、サガンは好きな戦術なんだということは伝わりました。
ベネットがサガンからスプリントのアドバイスを仰いで、自分のものにしたという説は自分も支持していきたいと思います!