極限まで己の肉体を鍛え上げた男たちによる、自転車という非常に身近な乗り物を使って行われるサイクルロードレースは、人間の常識では考えられないスピード・タフネス・テクニックが披露されます。
超一流のアスリートたちが演じるからこそ、成立するドラマがそこにあるのです。
映画『疾風スプリンター』は恐れ多くも、サイクルロードレースに生きるプロロードレーサーに焦点をあてた作品です。
こんなものが面白くなるはずがない。プロの俳優と言えども、所詮は本物のプロロードレーサーの足元にも及ばない体力・スキルの持ち主ですから。
これは完全なる地雷作品だと、そう思っていた時期がわたしにもありました。
劇場にて『疾風スプリンター』の鑑賞後は、わたしの中の本作への前評判は完全に覆されたどころか、我が人生におけるベスト3に入るほどの超名作であったことに、心の底から感動していました。
本作の感想を、ネタバレありで書いていきたいと思います。
未鑑賞の方は、ネタバレなしで書いた記事がありますので、良かったらそちらをご覧ください。
※ネタバレなしの感想→【ネタバレなし】『疾風スプリンター』は万人におすすめな史上最高の自転車映画!
それでは、以下ネタバレ満載でお送りします!
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サイクルロードレースの全ての要素が詰まった映画である
サイクルロードレースの魅力を人に伝えようとすると、エースとアシストの関係、脚質の違い、逃げと集団の駆け引きなど、どうしても細かい話をしないことには、伝えようがありません。
話だけを聞いても、「何だか難しそう」というイメージを持たれて、あまり興味を持ってもらえないことが多いかと思います。
そのため、絵や動画で伝えることが興味をもたれやすいプレゼンであると思います。
まさしく『弱虫ペダル』は、その最たるものです。サイクルロードレースどころか、自転車さえ興味が無かったであろう、ライトな層を取り込むことに成功した、ある種最強のプレゼンツールの一つと言えましょう。
その『弱虫ペダル』に匹敵する、いやそれ以上と言いたくなるほどの出来の作品が『疾風スプリンター』です。
本作品にはサイクルロードレースの要素と言える
・エースとアシストの関係
・脚質の違い
・逃げと集団の駆け引き
・賞金の取り分など、チームとの契約
・レース前にローラー台でアップ
・トレイン組んで、エースを発射
・相手アシストをブロックする動き
・補給や、ボトル運び
・チームカーからメカニックが身体を乗り出しながらのリアディレイラーの調整
・練習後の洗車
・ヒルクライムとダウンヒル
・激しい身体のぶつかり合い
・マーク・レンショーばりのヘッドバッド
・落車して、鎖骨骨折やお尻が見えちゃうくらいジャージが破けたりする
・エシュロンの形成
・ボトルの水を頭にぶっかけて冷やす
・大雨の中のレース
・クリス・フルームばりに落車後に自転車をかついでランニング
・資金難からのチーム解散と他のチームへの移籍
・エースとアシストの喧嘩(現実では滅多にありませんが…)
・日本で言うJプロツアーみたいなレースシステム
・表彰式でのシャンパンファイト
・周回コースを使ったクリテリウム
・ライバルチームによる自チームのアシスト選手の買収、八百長
・検尿から検出されない薬剤を用いたドーピングと副作用
・レース中のトイレタイム
・風洞実験
・低酸素トレーニング
・マディソンやケイリンなどのトラック競技
・スポンサーとチームの力関係
・過去にドーピングした選手への厳しい世間の目
・コンチネンタルチームの概念(作中では2クラスと表現)
・ワールドチームの概念
などなど、挙げればキリがないほどに、あらゆる要素が詰まっているのです。明らかに無かった要素といえば、タイムトライアルくらいでしょうか。
それでいて、映画の流れに沿って、映像とともに要素の説明や解説が加わるので、サイクルロードレースがどんな要素で構成されて、どのような点に注目すれば面白いか、何が魅力なのかが2時間で完璧に説明できる作品なのです。
つまり、サイクルロードレースの普及に最も適した題材と言えましょう!
ゆえに、わたしはサイクルロードレースに興味を持っていない普通の映画ファンの人にこそ見て欲しいと思い、あえて『ネタバレなし』の感想記事を書いて、本作を普及しようと試みました。
本作でサイクルロードレースに興味を持った方に伝えたいことは、実際のロードレースは映画の何十倍も面白いです!
やはり映画では簡略化され、シンプルに表現されすぎている部分は確かにあります。
実際のロードレースでは、様々な要素が絡み合って、毎回のように筋書きのないドラマが生み出されます。そのドラマを見ることが、本当に面白いし、たまらないのです。
ルイ・コスタがセリフを喋るシーンは必見!
主人公のチウ・ミンが、最終的にワールドチームであるランプレ・メリダへ移籍するシーンを経て、物語が完結します。
チウは世界チャンピオンの証であるマイヨ・アルカンシェルをまとったルイ・コスタを見て、『ぼくの夢だ』と語るシーンがありました。その憧れの選手との対面シーンで、ルイ・コスタがセリフを喋ります。
『Welcome to Lampre-Merida.(ようこそ、ランプレ・メリダへ)』という簡単なセリフなのですが、あまりにも棒読みすぎてニヤつきが止まりませんでしたね笑
顔も笑顔になりきれていませんでしたし、めちゃくちゃ緊張しながら撮影していたのでしょうか。とにかくルイ・コスタの初々しい銀幕デビューシーンは永久保存物です。
ラストシーンでは、HCクラスのワンデーレースである「トレ・ヴァーリ・ヴァレシーネ」のスタートラインに立つチウと、チョン・ジウォンが、ランプレ・メリダだけでなく、キャノンデール、アスタナ、オリカ・グリーンエッジらワールドチームの選手たちと共に並ぶシーンは圧巻でした。
たぶん、実際のレースのスタート前にチウ役のエディ・ポンとチョン役のチェ・シウォンが紛れて撮影したのではないかと予想しているのですが、どうなんでしょうか。
撮影地である台湾の協力が凄まじい
実際のレースシーンは、現地の道路を実際のレースと同様に交通規制をかけて撮影しているようです。
少なくとも、台湾の高雄市はエンドロールにクレジットされていたので、高雄市でのレースシーンは高雄市の市街地で撮影されたものでしょう。
普通、レースを開催するだけでも関係各所との調整が大変なのに、映画の撮影のために台湾第二の都市である高雄市の交通規制をかけてまで撮影を行ったことが素晴らしいです。
ダンテ・ラム監督の並々ならぬこだわりが出ています。
ヒロインのホアン・シーヤオがかわいい
ワン・ルオダンが演じるシーヤオが素敵なヒロインです。
これは偏見かもしれませんが、ロードバイクに乗る女性はみな美しいです。サイクルジャージに身を包み、軽やかにバイクに乗る姿には美を感じます。
それだけでも好感なのに、シーヤオの仕草には随所に初々しさを感じられ、主人公たちとの間で繰り広げられるラブストーリーが、サイクルロードレースの本題からズレているという違和感を感じさせることなくのめり込んで見ることが出来ました。
ティエンがシーヤオを高級レストランのデートに誘い、白のスーツに身にまとい気合いを入れていたにもかかわらず、チウの妨害にあって、結局シーヤオたち3人で大衆食堂のようなところで肉鍋をかき込むシーンは非常に良かったです!
シーヤオもスポーツ選手として、しっかり食べないとダメですからね笑
サイクルロードレースは金儲けの道具ではないという強いメッセージ
『スポンサーの望みは、お前がレースに勝つことだけだ』
『上のチームへの契約に影響が出るから、格下のレースなんか出場するな』
など、チョンと代理人が揉めるシーンで、チョンが己のレーサー魂を貫くシーンがとても好きです。
ワールドツアーでグランツールに毎年出場するような実力者でも、年俸は1000万に届かないような選手が多くいるそうです。
サッカーやテニスなど、他のワールドスポーツに比べてサイクルロードレースは規模の割に選手の待遇はあまり良くないと思います。
それでも、選手たちが自転車に乗り続ける理由は『自転車が好きだから』としか考えらません。もちろん、お金にシビアな欧米人たちのことです。与えられた環境の中で、最大限好条件を引き出すビジネスに徹する場面もあるかと思います。
それでも根底にあるものは『自転車が好きだから』という感情なのではないでしょうか。
『上のチームとの契約より、そんなに勝負が大切なのか?』というチョンの代理人の問いかけに、『君は上のチームと交渉をする前に、選手の気持ちを知ることをすべきだ』と返すシーンがありました。
チョンは、終生のライバルにして最高の友であるチウとの決着をつけたい想いが強かったのです。
レーサーとしての魂、自転車乗りとしての矜持を感じました。
最後は、その魂と矜持に入り込みすぎた隙をチウとティエンのコンビプレーに阻まれ、敗れ去りました。
サイクルロードレースはエース一人のものじゃない、チームプレーであるのだ。というサイクルロードレースの最も美しい勝利により二人の決着がついたのです。
史上最高の自転車映画は大げさではない屈指の出来栄え
本当に素晴らしい作品でした。
もう一度、劇場で見たいと思いますし、DVD化されたら手元に置いておきたい作品です。
サイクルロードレースの普及活動にも使えますし、サイクルロードレースで最も大切なメッセージも込められています。
これ以上好きになりようがないほどに好きなサイクルロードレースを、更に好きにさせてくれた作品でした。
製作者、出演者、配給会社、並びに本作品に関わる全ての方々に感謝を申し上げたいと思います。
最高の作品をありがとうございました!
※DVD化が決定しました!
私も先日見てきました!
本当にロードーレス要素盛りだくさんでしたね!
最後のルイ・コスタ出演シーンでは思わずニヤリとしてしまいました。
街を貸し切って、レースシーンが撮影できてしまうのは、台湾だからできる芸当なのでしょうね。空撮も落車もすごかったです!
日本ではレース開催すら難しそうなのに。
映画を見終わって真っ先に、近藤 史恵さんの小説「サクリファイス」が映画化しないかなあとぼんやり考えていましたw
たんさん、コメントありがとうございます!
ルイ・コスタのくだりはニヤニヤが止まりませんでした笑
トレ・ヴァーリ・ヴァレシーネのスタート前のシーンは、本物のレースに混じって撮影したそうですよ。
> 映画を見終わって真っ先に、近藤 史恵さんの小説「サクリファイス」が映画化しないかなあとぼんやり考えていましたw
それ、めっちゃナイスアイデアじゃないですか!
自転車好きな有名イケメン俳優さんに出演してもらって、国内でのロードレース知名度向上を促進してほしいものです笑
映画見てきました。
もともとTDF風景見てロードレース好きになったので、ツールの最高レベル選手たちが基準でした。あの中に入るのは本当に大変なことですね(当たり前ですが)
ラスト、スタートラインに3人の顔があったときジーンとしました。
ルイコスタが偉大に見えた(笑)
そこで今改めて別府、新城はすごいなと思います。
これからは正座してレース見ます(笑)
それにしても同じ映画見ただけでもこんなに活字に起こせるサイバナさんも
凄い。さすが分析派。
風景派の私としては山岳シーンでの派手な黄色のガードレールが気になって仕方なかった。
TDFではここから落ちたらヤバいというところもノーガード。
事故より美しい風景風景を損なうほうがリスクですかね。
naokoさん
ツール・ド・フランスは期間中1000万人を越える観客動員数、述べ35億人にのぼる視聴者数を誇る、サッカーW杯やオリンピックに次ぐレベルのスポーツイベントです。
出場すること自体、凄まじく尊いことですし、ましてや表彰台に登ることが出来る選手はほんの一握りです。
フミとユキヤの敢闘賞受賞は、とてつもないことです。同じ日本人として誇りに思いますし、心から尊敬します。(フミは21ステージでの受賞だったので表彰台には登れませんでしたが)
> ルイコスタが偉大に見えた(笑)
ちょっと笑 このコメントに笑っちゃいました笑
アルカンシェルは偉大ですからね〜。
> 風景派の私としては山岳シーンでの派手な黄色のガードレールが気になって仕方なかった。
> TDFではここから落ちたらヤバいというところもノーガード。
> 事故より美しい風景風景を損なうほうがリスクですかね。
確かに、ラルプ・デュエズやモン・ヴァントゥにガードレールのイメージはないかもです。このへんは、アジアとヨーロッパの安全性への意識の違いなんでしょうかね。ヨーロッパは自己責任って感じがするので。