ツアー・ダウンアンダー総合7位は、プロ9年目にして自己ベストとなる総合成績を残し、続くカデルエヴァンス・グレートオーシャンロードレースでは、終盤の勝負どころであるチャランブラ・クレセントを先頭通過し、残り300mまで逃げたスヴェンエリック・ビーストルムが今回のコラムのテーマである。
筆者はビーストルムの2023年シーズンに注目していた。その証拠に、というほどではないが、ProCyclingStats Gameにて、カデルレースの予想でビーストルムをピックアップしていたくらい、確信を持ってビーストルムの活躍を予想していたのだ。
また、サイバナ選手名鑑では、次のようなレビューを書いていたのだ。
アレクサンドル・クリストフの右腕だったビーストルムは2015年のプロ入り以来、初めてクリストフと別のチームで過ごすシーズンを迎える。元U23世界王者であり、勝てる力を持ちながらもクリストフを中心にアシストとして長い時間を過ごした。2023年は国内選手権以外でのプロ初勝利を狙って走る機会が訪れるかもしれない。
なぜ、このようなレビューを書いたかというと、2022年ヴォルタ・アン・アオガルベでクリストフのアシストをしながらも、自身は山岳ステージで大きく遅れることなく総合9位で完走していたからだ。ルーラー的な脚質の持ち主で、クリストフのアシストをできるくらいスプリント力も高く、石畳も得意というクラシック系のアシスト選手だったのだが、アンテルマルシェに加入して早々、上りへの対応力も向上していることが、このリザルトから見えた。
また、2020年のインタビュー記事ではチームメイトのサポートが優先ながらも、「他の人のために働いているが、自分のチャンスがあるステージやレースは常にある。その機会があれば、レースでまだ勝てることを証明したい。(2019年ロンド優勝の)ベッティオルも、(同年パリ〜ルーベ2位の)ポリッツも、(同年世界選優勝の)ピーダスンも、決して優勝候補ではなかった。勝利できると信じ続ければ、いつかそのときが来ると思っている。」と語っていた。
実際に2018年パリ〜ルーベでは、クリストフが落車した影響で遅れたためか、クリストフより9分近く前方でフィニッシュした。同年ブエルタ・ア・エスパーニャにはクリストフが出場していなかったため、ビーストルム自身でステージを狙う機会に恵まれ、第18ステージで集団と0秒差で逃げ切るも、イエール・ワライスとのスプリントに敗れ惜しくも区間2位だった。2020年以降、ビーストルムとクリストフが一緒に出場したワンデー31回のうち8回はクリストフより前でフィニッシュしている。常にクリストフのアシストに指名されていたことから、ビーストルムの働きへの信頼度は変わらず高かったことだろう。クリストフや他チームメイトへの貢献をしながらも、ビーストルム自身でも順位を狙える力を持ち合わせていたデータだといえよう。
つまり、ビーストルムは実績に対して過小評価されている選手ではないかと。ならば、クリストフが移籍し、ベテランでも若手でも実力ある選手にチャンスを与えるアンテルマルシェのチーム方針に則れば、2023年のビーストルムは飛躍できるのではないかと。そう考えるに至ったのであった。
2014年にトレーニーとして、チーム カチューシャに加入することになるのだが、その理由はクリストフの活躍にあるはずだ。当時のクリストフは2012年にカチューシャに加入してからの2年間でツール・ド・スイス区間勝利など8勝をあげ、モニュメントで3度の一桁順位を記録する新進気鋭の若手選手だった。そして、2014年はミラノ〜サンレモを制したことで、一気にトップライダーの仲間入り。トル・フースホフト、エドヴァルド・ボアッソンハーゲンらノルウェー人選手らの活躍が続いたことで、次代のノルウェー人ライダーに注目が集まっていた。さらに、クリストフとビーストルムはスタヴァンゲルに住み、トレーニング仲間であり同じトレーナーを共有するほど親密な仲だった。クリストフがカチューシャにビーストルム獲得を推薦する流れは自然だっただろう。
そして、同年にスペイン・ポンフェラーダで開催されたUCI世界選手権ロードレース。男子エリート部門ではミハウ・クフィアトコフスキが独走で初優勝した大会だが、その男子U23部門で勝利した選手が、ビーストルムだった。アップダウンの激しいコースで、フィニッシュまで残り5km地点、上り区間の終盤で飛び出すとそのまま独走で勝利したのだった。冒頭のカデルレースとそっくりの展開であった。(余談だが、クフィアトコフスキはビーストルムのアタックを参考にラスト7kmを独走して勝利した)
世界選優勝後のインタビューで、「5年後はどんな選手になりたい?」という質問にビーストルムはこのように語っていた。
アレックス(クリストフ)のように強くなりたいが、自分はアルデンヌに集中したい。アムステルゴールドレース、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュは自分向きだと思う。もちろん、いつかツールで区間勝利したい。
https://pezcyclingnews.com/interviews/sven-erik-bystrom-gets-pezd/
この頃からアルデンヌクラシックへの野望を語っていたのである。しかし、現実はビーストルムの思惑とは異なり、良き先輩であり友人であるクリストフへの貢献を最優先にし、プロ1年目の2015年ロンドではクリストフのロンド初優勝に貢献するなど、北のクラシックのスーパーアシストとして成長していく。一方、自分のために走る機会にはほとんど恵まれず、2020年までにトップ3に入るリザルトを残した機会は前述の2018年ブエルタを含む2回のみだった。
転機が訪れたのは2020年のノルウェー選手権だ。それまで、クリストフのために働く機会ばかりだったが、このレースでは逆にクリストフがビーストルムのために追走集団の重し役を担い、3人の先頭集団で生き残ったビーストルムが小集団スプリントを制してプロ入り後初勝利を飾ったのだ。U23世界王者以来のタイトルを獲得したのだった。
ビーストルムがトレーニーとして加入した2014年8月以降、クリストフがあげた65勝のうち、半数以上にあたる34勝にビーストルムは貢献している。これだけ自分に尽くしてくれるのだから、いつだって自分をアシストすることが当然だと、クリストフは思うことなく、「機会があれば狙いたい」と度々語っていた良き友人のために働くことだって惜しまない。面倒見の良い、良き先輩でもあったのだ。
そして、2022年オフにクリストフはアンテルマルシェを離れ、ノルウェー籍のウノX・プロサイクリングチームへの移籍。大半が25歳以下の若手主体のチームで、多くの後輩たちの面倒を見ることになったのだ。対してビーストルムはアンテルマルシェに残留。ビーストルムにとって、プロ入り後初めてクリストフがいないシーズンを送ることになる。密かに抱き続けた野心を解き放つときが訪れたのである。
冒頭で述べたように、ダウンアンダーで自己最高の総合成績を残し、カデルレースでは展開次第では優勝していたであろう勝負のアタックを仕掛けるなど、開幕2連戦で存分に力を発揮した。勝ちパターンはU23時代から変わらず、終盤のアタックからの独走と小集団スプリントである。短い上りであれば十分こなせる脚質を活かして、北のクラシック・アルデンヌクラシックで躍動する姿を見たい。
ベテランが活躍するアンテルマルシェ、クリストフのサポートという重責からの解放。ビーストルムのキャリアイヤーを願うばかりだ。