「マリカーみたいで面白い!」
バーチャル ツール・ド・フランスを見た日本のファンのコメントだ。マリカーでいう「ダッシュキノコ」に似た性能を持つ「エアロブースト」を引けるかどうかが重要で、そのアイテムを使用するタイミングが勝敗の分かれ目となっている。
赤甲羅を前を行く選手にぶつけて抜き去る、というような派手なアクション要素はさすがにないものの、背後につく選手のドラフティング効果を無くす「ブレイクアウェイブリトー」によってライバルの走りを妨害することができるし、一定時間姿を消すことのできる「ゴースト」はマリカーにも登場するアイテムだ。(残念ながらライバルのアイテムを奪うことはできないが)
単純にフィジカルで競い合う展開になりやすく、戦術性に乏しい自転車ロードレースのバーチャルレースに、アイテム要素を加えたことで戦術性が格段に高まり、自転車レースに馴染みのない層にも支持される新しいフォーマットを生み出した。それがZwiftのバーチャルレースだ。
昨今のコロナウイルスによる影響によって、日経トレンディ7月号では「新・巣ごもり時代の部屋づくりベストバイ」と題して『Zwift部屋の作り方』が紹介されたり、バーチャル ツール・ド・フランスを自転車レースに関係ないWebライターが特集・紹介したり、フォロワー数150万のクリス・フルームをさらに200万人以上上回るフォロワー数を誇るホリエモンこと堀江貴文氏が「これは楽しそう」と注目するなど、単にスポーツの枠組みを越えて、一つのガジェットとして、一つのeSportsとして、一つの新しいライフスタイルとして、世界が注目し始めているのだ。
とはいえ、両手を上げて喜んでいるファンばかりでないこともよくわかる。特に従来の「自転車ロードレース」が好きなファンにとっては、バーチャルレースなどあくまでロードレースの余興に過ぎない。見応えがない。面白くない。と批判的・懐疑的な視点を持っている人も多くいるだろう。私自身もどちらかといえば、そちらの考えの持ち主だった。
しかし、今は違う。評価すべきはバーチャルレースの「現在」ではなく「未来」であると考えるに至ったからだ。
現状は一長一短
「現在」のバーチャルレースと、通常のロードレースを比較すると、次のような長所と短所が浮かび上がる。
◆バーチャルレースの長所
(選手にとっての長所)
・落車事故があり得ない安全な環境でレースができる
・出場する選手は自宅からでも出場可能
・1時間程度と短時間で終わる
・密な空間を避けてレースができる
(ファンにとっての長所)
・リアルタイムに選手の出力等の走行データを確認できる
・アイテムによる波乱が起きやすく見応えがある
・選手が走ったコースをすぐに走ることができる
(主催者にとっての長所)
・新コース発表のプロモーションに最適
・使用するプラットフォームの宣伝効果が抜群に高い
・交通封鎖など大会準備の手間が大幅削減
◆バーチャルレースの短所
(選手にとっての短所)
・参戦する場所の高度による有利・不利の差が激しい
・冷房や扇風機など空冷手段の性能による有利・不利の差が激しい
・集団けん引、リードアウトなど通常のアシストの再現が難しい
・横風分断、ダウンヒル、石畳など高度な走行技術の再現がほぼ不可能
・アイテムの引き運が悪いと勝てないゲームバランスの悪さ
・画面をタップしないとアイテムを使用できない
・通信の品質が良くないと参戦がままならない
(ファンにとっての短所)
・選手名が画面に表示されないと、目視による選手識別が難しい
・カメラワークが悪くて、特にゴール前スプリントの迫力に欠ける
・結局終盤が見どころになるので、序盤は退屈
(主催者にとっての短所)
・新コースの開発が大変
・ドーピング検査・対策が難しい
・選手の通信機器の性能によって中継映像の画質が大きく変わってしまう
・前夜祭、後夜祭、一等地の観戦エリアの提供などVIPのもてなしが不可能
欠点を改善できれば未来が見えてくる
まず、バーチャルレースは自転車選手にとっては、リモートワークだといえる。リモートワークとして競技を行うことができるスポーツ選手となると、少なくともオリンピック種目においては、今のところプロサイクリストだけではないかと思う。
自宅から仕事ができるスポーツという魅力以上に、バーチャルレース最大の利点は落車が無いことではないかと思う。毎シーズン何十人、下手すれば何百人という選手が落車によって怪我をする。痛々しい姿を見たい人は少ないだろうし、時には命を落とす事件も起きうる。そういった危険が0%にできることは、バーチャルレース最大の長所であると筆者は考えている。
そして、冒頭で述べたようにアイテムによる波乱が起きやすいため、見応えがあることはエンターテイメントとして大事な要素となる。自転車愛好家にとっても、選手が走ったコースを自分もすぐに走ることができるので、プロの凄さを数字と身体で感じることができる点も素晴らしい。
主催者にとっても間違いなく大きなメリットは、交通封鎖やスタート・フィニッシュ地点の設営など大掛かりな準備が一切不要なことだ。これは開催コストを極めて小さくすることができる。
既存の自転車ロードレースが持つ課題、しかも解決しにくい課題を根本的に解決できる仕組みがバーチャルレースなのだ。
とはいえ、現状では欠点が多く目立つ。
コロンビアやアンドラなど標高が高い場所に住んでいる選手は、それだけで不利となる。バーチャルレースに強くなるには引っ越すのが一番良いというギャグみたいな環境差による不平等は大きな課題である。
目のこえた自転車ロードレースファンにとっては、アシスト選手の目立たぬ重要な働きに注目するだろうが、バーチャルレースでは細かな技術の再現が難しく、結局のところフィジカル勝負に持ち込まれるケースが多い。アイテムによってフィジカル差を逆転できる余地はあるものの、バーチャルレースは戦術面でまだまだ物足りない。そのアイテムも5種類しかなく、明らかなハズレも存在し、ゲームバランスが悪い状態だ。
レース映像は、アバター化した選手たちの個性が少なく(作り込んでる選手が少ない)、リアルレース以上に目視による識別が難しい。カメラワークも引きの映像が多く、特にゴールスプリントはちっちゃな選手が映し出されて、誰が勝ったかすぐにはわからないレースが多かった。
というように、Zwiftのソフトウェア面では多くの課題が散見されるものの、アップデートによって改善の期待が持てる要素ともいえそうだ。
ところが、ドーピング対策のための検査の実施が難しいことは、いずれ大きな問題になるのではないかと思う。今はエキシビジョンレースであり、賞金も出ないような状況であるため、あまり気にしている人は少ないかもしれないが、バーチャル ツール・ド・フランスの勝者もツール・ド・フランスの勝者と同様に評価されると仮定した場合、レース勝者のドーピング検査は必須となるだろう。しかし、遠隔地にいる選手を検査する術はなかなか思いつかない。
また、スポンサーなどVIPのもてなしが不可能な点も大きな短所である。ツール・ド・フランスのような大きなレースだけでなく、小さなレースほど、そのレースのスポンサーの存在が重要であり、そういったレースは前夜祭や後夜祭、そしてフィニッシュライン際の一等地に観戦エリアを提供するなどしてVIPをもてなしている。
ちなみにコロナの影響により、プロゴルフの大会の中止が相次いでいるのだが、その原因は密な空間を生み出し、密な接触を生み出しやすい前夜祭の開催ができなくなったことが大きいそうだ。前夜祭ではスポンサー同士、スポンサーと選手の結びつきを深め、商談の場になることも多く、プロゴルフの大会では本戦以上に重要な要素となっている側面があるのだ。
スポンサー重視の構造になりやすい自転車レース界も他人事ではないだろう。VRを利用したバーチャル空間でのおもてなしの開発などが必要となってくるかもしれない。
バーチャルレースにはバーチャルレースの良さを持っており、既存のロードレースとの比較ではなく、バーチャルレースだからこそ実現できることに目を向けたいところだ。
少なくともどれだけツール・ド・フランスやロンド・ファン・フラーンデレンが素晴らしいレースだったとしても、ホリエモンの興味を引くことはできない。しかし、ツール・ド・フランスのツの字も知らないようなテック好きがバーチャルレースを通して自転車レースに興味を持っている状況はある意味奇跡ではないだろうか。
上であげた課題も、技術革新、より高度なソフトウェア開発によって改善できる要素も大きく、だれでも楽しめるコンテンツになっていく可能性を感じる。過去でなく、現在でもなく、未来に向かって。バーチャルレースの可能性に夢を乗せていこうではないか。