マイヨジョーヌとマイヨヴェールとマイヨブランと全日本チャンピオンの美しすぎるアタックとは?

サイクルロードレースの美しさとは何か。

世界中の広大な大地を走るレースの風景の美しさは、サイクルロードレースの魅力の一つである。かく言うわたしも、サイクルロードレースにハマったきっかけは、広大なひまわり畑の中を走るツール・ド・フランスの風景を見たからだ。

レースに勝利することが出来る人間は、たった一人である。だが、勝者は一人ではない。記録上は個人競技の形をとっているレースであるが、本質はチーム戦である。チームプレーが見事に決まった際の美しさも、何とも形容しがたい。

ブエルタ・ア・エスパーニャ2016第20ステージ、総合4位につけているオリカ・バイクエクスチェンジのエステバン・チャベスが、チームメイトのダミアン・ハウスンのアシストを受けて、総合3位のアルベルト・コンタドールを逆転することに成功した。

ハウスンが最後の登り口まで全開でアシストする姿、ドリンクを飲むことすら出来ないほどに力尽きたその姿は、ブエルタで最も美しい光景であったと言っても過言ではないだろう。

そして、本来はライバル同士のチームであっても、利害が一致した際には協調してレースを展開することもある。様々な思惑を抱えたチーム同士による相乗効果によって、セオリーでは考えられない出来事もしばしば起きよう。

ツール・ド・フランス2016の第11ステージはまさにそうだった。

集団スプリント勝負に持ち込みたいチームが大半を占める中で、マイヨヴェールを着用しているティンコフのペーター・サガンは終盤での仕掛けを考えていた。TTスペシャリストのマチェイ・ボドナールを引き連れて、集団から飛び出す動きを試みた。

スプリント勝負に持ち込みたいチームが反応してくるだろうと思い、後ろを振り返ってみると、考えられない人物がそこにいた。

マイヨジョーヌを着ているチームスカイのクリス・フルームであった。アシストのゲラント・トーマスを引き連れて、まさかのマイヨヴェールとマイヨジョーヌによる逃げが決まったのだ。

この異様な事態に、メイン集団は大混乱。まともな追撃体制を整えるのに大きく時間がかかってしまい、フルームとサガンは逃げ切り勝利を決めた。

本来なら何事もなく終わったであろう平坦ステージで、総合上位の選手たちにタイム差がつく展開となった。

作戦上でも完璧と言える結果に終わったフルームであったが、サガンと共にアシストを1名ずつ連れて、逃げ切りを図った走りは見事としか言いようがない。それはそれは美しい走りであった。

この逃げ切りは、サガンの仕掛けに、フルームが反応して、フルームの加速に、トーマスが反応して、他のチームの選手たちが反応しなかったことで成立した逃げ切りだった。どの要素が欠けても成立しなかっただろう。

状況が目まぐるしく移りゆく集団内では、時としてこのような美しい攻めが決まる。野球で言えば、サヨナラ満塁ホームランを目撃したような感覚だろうか。

サイクルロードレースでは、偶発的な出来事が重なり、時として非常に美しい光景を我々の前に提供してくれるのだ。

さいたまクリテリウムで決まった美しい逃げ

残り2周を切った直後に、別府史之の単独の逃げが吸収されると見ると、満を持してマイヨジョーヌが動いた。

アンダーパスの下り坂を利用して加速したフルームが集団から飛び出す。ツール・ド・フランス第8ステージのペイルスールド峠のダウンヒルでのアタックの再現のようなフルームの鋭い加速には、サガンとアダム・イェーツがチェック。サガンをマークしていた初山翔も集団から飛び出す。

なんとマイヨジョーヌとマイヨヴェールとマイヨブランと全日本チャンピオンジャージの逃げが決まったのだ。

あまりにも豪華すぎる逃げメンバーに、沿道の観客も歓声をあげる。ただ1人だけ、着ることの許されている特別なジャージは、誰もがスペシャルな存在であることを認識できるからだ。

TTスペシャリストでもあるフルームと、クラシックレースでは力強い独走を見せていたサガンの二人の牽きは強力で、まさにツールの第11ステージをプレイバックしているかのような錯覚に陥る。

一方、メイン集団では先頭を追う理由がないチームが大半を占めている。ポイント賞・山岳賞獲得に力を使ったエティックス・クイックステップとAG2R、逃げに選手を送ったチームスカイ、ティンコフ、オリカ・バイクエクスチェンジとなると、残ったワールドチームはジャイアント・アルペシンだけであるが、ジャイアント・アルペシンは中盤で逃げを吸収するために脚を使っている。

仕方がなく、消去法的に脚の残っているAG2Rとエティックス・クイックステップが集団牽引を行うが、特別なジャージを着ている4人との差は詰まらない。と言っても、メイン集団は一列棒状に伸びて、日本のコンチネンタルチームが集団の前方に上がることもままならないハイスピードである。

いかに、フルーム・サガン・イェーツ・初山翔の逃げが強力であるかが分かる。

この4名の逃げ切りがほぼ決まったかと思われる状況で、ラスト1周を示す鐘が大きく鳴らされた。

圧倒的にサガンが有利な中で、他の3名はどう仕掛けるか

単純に4名でスプリントしたら、何の番狂わせもなくサガンの圧勝に終わるだろう。世界チャンピオンのスプリント力には、敵うはずがない。

最初に仕掛けたのはアダム・イェーツ。それも、さいたまスーパーアリーナ内の特設観客席の目の前でアタックを仕掛けるエンターティナー精神旺盛の走りを見せた。

だが、アタックのキレ味そのものは、まるでツール第7ステージのアスパン峠の頂上からのアタックのようだ。

イェーツのアタックに対して、サガンは悠々見送ると、フルームが追走を始める。一人タイムトライアル状態で、一切の先頭交代をせずにイェーツを捉えた。

そのまま集団スプリントか、というところで、フルームがそのままスプリント開始!イェーツはついていくことが出来ず、サガンと初山もスプリント体勢に入る。

サガンが、イン側から猛然と加速して、フルームと初山を抑えて勝利!2位は初山、3位にフルームが入った。

初山は結果的にマイヨジョーヌとマイヨブランを下す、見事な走りを見せ、日本のコンチネンタルチームの底力をアピールすることが出来た。

あまりにも見事なタイミングで、特別なジャージを着る4名の逃げが決まったことに対して、事前の打ち合わせがあったのでは?と疑問に思う人がいるかもしれない。

確かに、集団内ではフルームとサガンは近い位置を走行していて、お互いに会話をするシーンも見られた。

だが、会話の内容は恐らく他愛のない話だっただろう。『最後に逃げを吸収したらアタックしようぜ』など、作戦面の話はしていないはずだ。

なぜなら、ツール第11ステージでのサガンとフルームのアタックも打ち合わせではないと、サガンはハッキリ言っていた。ブエルタ第15ステージでアルベルト・コンタドールのアタックに対して、マイヨロホのナイロ・キンタナが協調して逃げた時も、事前の打ち合わせはないと言っていた。わたしもレース映像を何度か見直したが、どう見ても偶発的な事象が重なって起きた奇跡的なアタックだったとしか思えない。

今回のレースでも、単独で逃げていた別府史之を、ちょうどアンダーパスの下り付近で吸収出来たことが、フルームに最高のタイミングでのアタックを誘発させ、集団前方にいたサガンが反応し、高速の集団で誰かのアタックに反応出来るように前方に位置取りしていたアダム・イェーツと、サガンを徹底的にマークしていた初山翔のそれぞれの思惑が見事に合致したため、成立した逃げであると言えよう。

打ち合わせなどは一切なく、それぞれのチームの思惑が重なった結果、集団の意思が作り出した美しい景色であった。サイクルロードレースとは、まるで生きた芸術のようである。

最後の最後にマイヨジョーヌとマイヨヴェールとマイヨブランと全日本チャンピオンジャージの4名が逃げ切る展開はあまりにも美しく、プロサイクルロードレースの頂点であるツール・ド・フランスの名を冠した大会にふさわしい、最高の幕切れとなった。

Rendez-Vous sur le vélo…

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