ロンド・ファン・フラーンデレン史上最多タイの3度優勝。
そして、パリ〜ルーベも史上最多タイの4度優勝。
北のクラシックでの英雄的な活躍から、絶大な人気を誇ったライダーがバイクを降りる。
トム・ボーネン、現役最後のレースには世界一過酷で、世界一美しいパリ〜ルーベを選んだ。
日本時間18時10分。
ボーネンの現役最後のレースがスタートした。
ボーネンを支える7人のアシストたち
ここまでの北のクラシックにおけるクイックステップの戦略は、レースに勝てるエース級の選手2〜3名を前線に送り込んで、高度な連携を通してチームで勝利を掴み取るスタイルだった。
ドワルス・ドール・フラーンデレンではフィリップ・ジルベールを囮に使ってイヴ・ランパートで勝利。
E3・ハレルベーケでは、ジルベールが逃げて3位。
ヘント〜ウェヴェルヘムでは、ニキ・テルプストラ、トム・ボーネン、フェルナンド・ガヴィリアがトップ10に入った。
そして、ロンド・ファン・フラーンデレンでは歴史的な55km独走を決めてジルベールが優勝。
近年、不調が続いたワンデークラシックで快進撃とも言える好成績を収めていたのだ。
その集大成がパリ〜ルーベだ。
しかも、ボーネンの引退レース。
クイックステップとしても、是が非でも獲りたいレースであり、何よりもボーネンに有終の美を収めさせたいレースだ。
したがって、これまでの北のクラシックシリーズとは異なり、ボーネン単独エースで他7名がアシストという編成で挑んだ。
クイックステップの作戦はシンプルだった。
有力チームに所属する選手が逃げようとしたら、欠かさずチェックすること。
これだけだった。
ロット・ソウダルの選手が逃げようとすればチェック。
BMCレーシングの選手が逃げようとすればチェック。
トレック・セガフレードも、キャノンデール・ドラパックもだ。
コフィディスやデルコ・マルセイユなどプロコンチームには目もくれず、有力チームをひたすらマークし続けた。
ただでさえ逃げが決まりにくいワンデーレースである上に、優勝の最有力候補のクイックステップが逃げに乗ろうとするため、全く逃げが決まらない。
決まったかと思えば、追走の果てに吸収。また逃げたと思えば、吸収。
ということを繰り返しているうちに、あっという間に最初の石畳区間にたどり着いていた。
距離にして100km、2時間近くアタックと追走を繰り返していた。
疲弊したアシストと、致命打を受けたセカンドエース
100kmに渡るアタック合戦と、集団牽引の影響のためか、クイックステップのアシスト陣の疲労が早かった。
消耗したアシストは集団後方に下がって、再び仕事をするために脚を溜めていた。
しかし、何が起こるか分からないパリ〜ルーベ。
第28セクターでは、大きな集団落車が発生する。
クイックステップは2人の選手が巻き込まれ、イヴ・ランパートは落車して大きな遅れをとってしまった。
さらに、セカンドエースと言える2014年パリ〜ルーベ覇者のニキ・テルプストラも落車の影響のためか、勝負どころを前にリタイアとなってしまう。
中盤最大の勝負どころであるアランベールを迎える頃には、クイックステップの選手は4名まで減っていた。
アランベールを抜け、しばらくするとボーネンのアシストは、とうとうゼネク・スティバルただ一人となっていた。
スティバルが獅子奮迅の活躍を見せる
徐々に人数を減らしたメイン集団からは、決定的になりかねないアタックが繰り返される。
その全ての動きをスティバルがチェックしていた。
スティバルは逃げのローテーションには加わらないので、アタックは不成功に終わる。
そのようにして、スティバルはアタックを一つ一つ潰す非常にタフな仕事を一人で請け負っていたのだ。
メイン集団の人数は減っていき、気付けば各チームのエースたちが残る精鋭集団と化していた。
残り35kmを切り、キャノンデール・ドラパックのセバスチャン・ラングフェルドとロット・ソウダルのユルゲン・ルーランズが集団から飛び出した。
決して野放しにしていい選手ではないので、2人にブリッジすべく、スティバルは単独で追い始める。
見事に追いついたとはいえ、長時間の追走はスティバルの身体に大きなダメージを残すこととなる。
一方で、メイン集団にいるボーネンの周りには誰もアシストがいなくなった。
フレフ・ヴァンアーヴェルマートという猛獣がそばにいるにもかかわらず。
ボーネンが集団に取り残されてしまう
ヴァンアーヴェルマートは、満を持してアタックを仕掛けたのだろうか。
もしくは、チームスカイのジャンニ・モスコンやトレック・セガフレードのジャスパー・ストゥイヴェンの動きに乗じたのかもしれない。
決定的な瞬間の映像がないため、事実はわからないが、とにかくヴァンアーヴェルマートはボーネンを置き去りにすることに成功した。
このヴァンアーヴェルマートたちの動きをチェックするアシストは、ボーネンの周りにはいなかった。
ヴァンアーヴェルマートがスティバルたちに追いつくと、更に前方を単独で逃げていたダニエル・オスがヴァンアーヴェルマートのために牽引を開始し、ボーネンとの差を開きにかかる。
状況はかなり厳しい。
それでも、スティバルは最善を尽くす。
難易度☆5のカルフール・ド・ラルブルで、ヴァンアーヴェルマートがアタックを仕掛ける。
スティバルより脚が残っているであろう、ストゥイヴェンとモスコンは遅れてしまうほどの猛烈なアタックだったにもかからず、スティバルは気合いと根性で喰らいつく。
スティバルの奮闘も虚しく、ボーネンのいる集団との差は開くばかりだった。
もはやボーネンは最後のベロドロームでの勝負には絡めないことが確実となってしまう。
ボーネンに勝ちの目が無くなった今、スティバルに新たな任務が託される。
それは、ヴァンアーヴェルマートを倒して、ルーベで優勝することだ。
だが、ペーター・サガンを下すほどのスプリント力を持つヴァンアーヴェルマートとの勝負は、あまりにも絶望的だった。
しかも、スティバルはアシストとして働き尽くした、言わば手負いの状態である。
250km以上走ってきたヴァンアーヴェルマートの脚が無いことを祈って、スティバルは最後の登り坂でアタックを仕掛けるも、ヴァンアーヴェルマートは難なく対処。
ベロドロームでのスプリント勝負にかけるしかないが、両者の間には圧倒的な力量差が存在している。
それでも、スティバルは諦めなかった。
ベロドロームでの最終決戦
ヴァンアーヴェルマート、ラングフェルド、スティバルの3名がベロドロームに入った。
1周半の後、栄光のパリ〜ルーベの覇者が決定する。
まず、スティバルはバンクの上方に位置どり、ヴァンアーヴェルマートを牽制する。
お互いに、にらみ合いが続く中、ラスト1周の鐘が鳴らされる。
スティバルは後方をちらちらと振り返るが、チェックしていたのはヴァンアーヴェルマートだけではなかった。
遅れたはずのストゥイヴェンとモスコンが迫っている姿が視界に入った。
ストゥイヴェンとモスコンが追いつけば、ヴァンアーヴェルマートが焦るかもしれない。
もしくは、合流の混乱に乗じてカウンターアタックが決まるかもしれない。
スティバルは、2人の合流を待つために、わざとスピードを緩めた。
残り半周。
狙い通りストゥイヴェンとモスコンが、スティバルたちに追いつく。
直後、カウンターでモスコンがスプリントを開始し、すかさずスティバルもスプリント体勢に入る。
ヴァンアーヴェルマートは、モスコンに道を塞がれる形となり、わずかに出遅れた。
スティバルが残る全ての力を使って、前に出ると、ヴァンアーヴェルマートとの差が車体1〜2台分ほど開いた。
このまま大金星なるか!と思われた矢先に、モスコンをかわしたヴァンアーヴェルマートが凄まじいスピードで突っ込んでくる。
フィニッシュラインの寸前でかわされ、わずかな差でスティバルは敗北したが、あわや大金星という互角の勝負を演じてみせた。
それでも、スティバルはハンドルを叩いて悔しがっていた。
アシストの職務を全うした身体で、ヴァンアーヴェルマートとの真っ向勝負を挑んで2位。
たとえ2位だったとしても、ボーネンの引退レースを勝利で飾ることが出来なくとも、とてつもなく立派な結果だったと言えよう。
だが、いかなる状況であっても、プロとして求められるものは勝利のみである。
アシストで消耗していたことが敗北の理由だとしても、スティバル自身が敗北の理由にしていいわけではない。
ハンドルを叩く姿から、ただただ己の力量不足を悔やむスティバルの無念さが伝わってくる。
ヴァンアーヴェルマートが、キャリア初のモニュメント優勝した姿も素晴らしかった。
だが、それ以上にレース後にハンドルを叩いて悔しがり、地面にへたり込むスティバルの姿は最高に美しかった。
Heartbreaking finale for @zdenekstybar and Quick-Step Floors, but what a race it’s been! Proud of our fantastic guys! #ParisRoubaix pic.twitter.com/Q4IdgVIMBr
— Quick-Step Cycling (@quickstepteam) 2017年4月9日
スティバルは負けた。
ボーネンの引退レースを勝利で飾ることも出来なかった。
2位では歴史に名も残らない。
だからこそ、わたしはスティバルを称えたい。
記憶に残したかった。
心を震わすスティバルの走りは、引退するボーネンへの餞別にもなったに違いない。
レース後に抱擁をかわす、ボーネンとスティバルの姿もまた非常に美しかった。
ゼネク・スティバル。
本当に素晴らしい走りを、ありがとう。
Rendez-Vous sur le vélo…
素晴らしいレースでした。
自分が観たのは後半から、残り100kmを切ったあたりからでしたが、結構人数のいるメイン集団の中にクイックステップのジャージが二人だけだったので「?」と思いました。
クイックステップにとってはテルプストラを落車で失ったのは大きかったですが、終盤まで人数が比較的残ってたのが誤算かも。
オスとストイヴェンが前に居たことでヴェンアーベルマートが有利な展開になってましたね。
トレック・セガフレードのジャージも複数居たのに、逃げて消耗してるはずのストイヴェン以外は誰も動いてなかった(動けなかった?)のも謎です。
レース前日に「僕のマークだけに集中してる選手は勝つことは不可能だよ。」と言ったボーネンの言葉通りになりましたね。
今回のレース、ゼネク・スティーバー(シクロクロス選手時代はこう表記されることが多かったのです。)の走りは本当に心が震えました。
シクロクロスで3度の世界チャンピオンの経験があるスティーバー。
オフロード競技で身につけたバイクコントロール能力の高さからパヴェのレースも得意とされ、短時間・高強度のインターバル的な走りに耐性があるタイプだという認識で見てきました。
実際このレースでも自分以外のアシストが居なくなってからは、その実力を存分に見せつけていましたね。
無数のアタックに対して全てにチェックに入り、前を曳く姿を見て「とても最後まではもたないだろう。スティーバーが潰れる前にボーネンが決定的な動きをしないと厳しいだろう。」と。
しかし、ラングヴェルドのアタックに対してのチェックからそのまま抜け出していった形に。
その後、タイム差があまり開いてないうちならボーネンも前に追いつくことは可能だったはずです。
しかし自らへのマークが多すぎて、自分が動くことで再び大勢を引き連れて行ってしまうことを嫌ったボーネンが、スティーバーに勝負を託したのがあのシーンだったのかも。と想像しています。
おそらく、あの時点で既に疲労困憊であったであろうスティーバー。
しかしチームのボスで尊敬すべき名選手に託されたレース。絶対に諦める訳にいかなかったのでしょう。
最終局面のルーベの競技場に入ってからもなお、スプリントでは分が悪いの百も承知のうえそれでも勝てる算段をつけようと駆け引きを行い周囲を観察していました。
冷静な頭脳と熱い走り。さすが若くして3度の世界チャンピオンになっただけのことはあります。
あれはまさに魂の走り。チームのため、チームを去るボーネンのため、そして自らのため。色んなものを背負って全力で戦った男の悔しがる姿は輝いてましたね。
美しき敗者となったスティーバーですが、この日勝利に値する走りをしたのは、そして誰よりも強かったのは間違いありません。
いちごうさん
> トレック・セガフレードのジャージも複数居たのに、逃げて消耗してるはずのストイヴェン以外は誰も動いてなかった(動けなかった?)のも謎です。
デゲンコルプは、ボーネン徹底マークだったので動かなかったみたいですね。
もしかしたら、ストゥイヴェン以上に消耗してた可能性も否めませんが。
> しかし自らへのマークが多すぎて、自分が動くことで再び大勢を引き連れて行ってしまうことを嫌ったボーネンが、スティーバーに勝負を託したのがあのシーンだったのかも。と想像しています。
どうやら、そうみたいですね。
デゲンコルプがマークしているので、ボーネンは動くことが出来なかったと、インタビューで答えているようです。
スティバルは『残り4kmから自分が勝つために動こうと思った』と話していますが、ボーネンとしては、ラングフェルドたちのアタックをチェックしたスティバルを見送ったところで、スティバルに託したんでしょうね。
ダニエル・オスのアシストも非常に素晴らしかったのですが、今回はスティバルの走りに心を打たれました。
今シーズンはまだまだ長いので、スティバルにはステージレースでも勝利を目指して走ってほしいですね。
お疲れ様です!
私は今日の朝が早かったので、最後まで観ることが出来ませんでした…。
前回は目の前に見えていたはずの勝利を逃したGVAに焦点を当て、今回は本命で見事に勝利をつかみ取ったGVAではなく、ボーネンのために死力を尽くして走った敗者スティバルに焦点を当てる。
大手では決して出来ない記事の書き方。でもそこにロードレースの大切なエッセンスがぎゅっと凝縮されているのだな、ってことを再認識出来る素晴らしい記事ですね。
スティバルのラスト4kmは動画で観たのですが、感動しました。
あれだけエースにために戦った後に、自らエースに勝利を託され、なんとかそれを届けんとするあの姿。ロードレースファンなら誰もが美しいと思える。そんなまさしく「魂の走り」でした。
(スプリントの後の悔しがり方がまた泣けますね。脚なんて微塵も残っていないだろうに、見事に勝利の方程式を解き上げたアベルマートに真っ向から勝負を挑んだんですから。想いの強さを感じます。)
勝ったGVAにはもちろん、しかしスティバルとボーネンにも拍手を送りたいです。
またサガンはまーたパンクに悩まされてしまいましたね…去年のオリンピックもパンクしまくってましたが、、、なかなかに不運ですね。
そしてナーセンは先週に続きまた落車してるし。
サガン「これもサイクルロードレースさ…」サガン頑張って
追記
そういえばオリカのエースはヘイマンだったみたいですね。今年はまたアシスト枠で参加するのかと思いきや、ディフェンディングチャンピオンという肩書きを背負って11位なあたり、まだまだいけそうですね。
ダーブリッジは、パンクや落車で遅れてしまったので、ヘイマンで行った可能性もあるかなと思いました。
ともかくヘイマンはいぶし銀の活躍、さすがでした。
グランツールでも貴重なルーラーとして重宝されることでしょう!
蓮ぽとふさん
前回のロンドと同じパターンになってしまいましたが、今回のルーベはシンプルに最も心を動かされたスティバルのことを書きたくなりました。
GVAの見事な走りと、ダニエル・オスの素晴らしい働きも、もちろん拍手喝采で称えられるべきことだと思いますけどね。
もしお時間に余裕があれば、残り40km切ってからのスティバルの走りをもう一度見ていただきたいです。
ボーネンに対する強い想いが無ければ、あれほどのアシストは出来ません。
「that’s part of cycling」
サガンが最近よくインスタやTwitterで使う言葉ですね。
「チームは本当に良く働いてくれた」「また来年頑張るよ」と、前向きな言葉を使ってはいますが、腹の底では相当悔しいでしょうね。
サガンの次の舞台は、カリフォルニアとツールですかね。
今度はスプリントで爆発する姿を楽しみにしましょう!
>残り40㌔
空いてる時に観てみますね!
>サガン
去年のカリフォルニアではかなり良い走りをしてましたよね。
これからに期待しています!!
山岳ステージではよくあるアシストの前待ちの形でしたが、「自分が勝ったような気持ちに包まれている」とレース後に語ったオスの献身的な逃げが、私には新鮮でした
パリルーベはメカトラやパンク等の不確定要素が強いので、エース以外の二の矢・三の矢を持っているチームに分がありそうですが、山岳ステージ同様、消耗戦になるパリルーベではこの戦略もありなのかなと思いました
クイックステップ勢 vs サガン vs GVA…これからも楽しみです(^^)
そして今年のパリルーベも、ローラーで高負荷をかけた時の励みになります(笑)
アディさん
オスは本当に素晴らしかったですね!
実質MVPだと思います!
言われてみると、いわゆる前待ち作戦の形でしたね。
パリ〜ルーベで、それを実行できるオスの実力が素晴らしすぎます。
ルーベに必勝法は無いゆえに、いろいろな戦略が成立するんでしょうね。
また来年も楽しみです。