サイバナ

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コラム

チームスカイの隠しモーター疑惑は、単なる難癖に過ぎない

2017/02/05

アメリカのCBSのニュース番組『60 Minutes』が報じたというニュースを見て、にわかに戦慄が走った。

※参考:強豪スカイやアームストロング氏に隠しモーター使用疑惑、米報道

『60 Minutes』は、かつてタイラー・ハミルトンがランス・アームストロングのドーピングを暴露した番組だ。

単なるゴシップの一つとして片付けられていたランスのドーピング問題が、『60 Minutes』での報道を契機に、タイラー・ハミルトンを含むランスを快く思わない人々の執念とも言える追及の末、とうとう全米アンチドーピング機関(USADA)が『1998年以降のランスの全ての記録を抹消し、永久追放』という処分を下した。

UCIもUSADAの決定を受け入れ、正式にランスの過去の栄光は全て無かったことにされ、ランス自身も2013年1月に過去のドーピング行為を自白するに至ったのだ。

ゆえに、今回のチームスカイが隠しモーターを使用したメカニカルドーピングを行っているという疑惑を報じた際、わたしは懸念を抱いてしまった。

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本件以前から、メディアの攻撃に晒されるチームスカイ

チームスカイはイギリスの自転車名門チームである。

自転車最高峰レースとして名高いツール・ド・フランスで、2012・2013・2015・2016年に総合優勝を飾っており、今やサイクルロードレース界きっての最強チームだ。

ツール・ド・フランスは、フランスが舞台の大会であり、地元のフランス人にとっては、フランス人の活躍が楽しみであり、注目を集めやすい。

しかし、1985年のベルナール・イノーを最後に、フランス人選手による総合優勝者は現れていない。

一方でアメリカ人選手のランス・アームストロングが、後に記録を抹消されるが1999年から2005年にかけてツール7連覇を果たした。

ランスが所属していた、USポスタルチーム、そして後継のディスカバリーチャンネルの戦略は至ってシンプルだ。

ランス自身のタイムトライアル能力の高さを活かし、個人TTステージでライバルたちからリードを奪うと、強力なアシスト陣がランスを強固に支えて、リードを守り抜くという方法だ。

ツール・ド・フランスだけでなく、サイクルロードレースの魅力の一つが、エース同士による白熱の山岳バトルである。平均勾配が10%を越えるような激しい坂道で、抜きつ抜かれつのせめぎ合いは、サイクルロードレースが何なのか分からない人でも、胸を熱くさせ、人々を興奮の坩堝へと導いてくれるだろう。

ところが、ランスのUSポスタルチームは、本来勝負どころとなるべき山岳で、アシスト選手がハイスピードで集団をコントロールしてしまう。スピードが速いため、ライバル選手たちがランスに攻撃を仕掛けるためには、さらに速いスピードを出して、振り切らねばならないので、消耗が激しくなる。ランスに攻撃を仕掛けたために自身が消耗して、かえってタイムを失いかねない状況が生まれるのだ。

そのため、サイクルロードレースの醍醐味の一つである、エース同士の山岳バトルのシーンが減ってしまったのだ。

フランス人の価値観では、ただ勝つだけではなく美しく勝つことが求められているように思われる。美しく勝つとは、観客を沸かせながら勝つことだ。

合理的に勝つだけなら、USポスタルのやり方が良いのかもしれない。しかし、フランス人の価値観に見合わなかく、ランスはフランスでは、あまり人気が無かった。

一つの例として、2004年のツール・ド・フランスの出来事を紹介したい。

当時23歳、全く無名のフランス人選手であったトマ・ヴォクレールが、第5ステージで12分以上のタイム差をつける逃げを決めて、総合1位に躍り出た。そして、ランスから総合首位の選手のみが着用を許されるリーダージャージであるマイヨジョーヌを奪取した。

その後も、山岳で驚異的な粘りを見せ、第14ステージまでマイヨジョーヌを守ってみせた。

憎きアメリカ人選手から、ツール・ド・フランスの象徴であるマイヨジョーヌを守り続けた姿は、ランスにいいようにやられ続けた鬱憤を晴らす良い機会になったのだろう。

この件を通じてヴォクレールは一躍スター選手となった。

だが、ヴォクレールの走りはどうも目立ちたいだけにアタックを仕掛けている側面は否めず、テレビ受けは良いが、専門家たちからの評価は低いと言った印象の選手である。

何となくツール・ド・フランスを見るファンたちからの支持は大いに集めているが、フランス人でも本当にサイクルロードレースが好きなファンからは『ヴォクレールはパフォーマー』という評価もあるようだ。
(わたしはそう言った面も含めて、ヴォクレールというレーサーが好きだ。)

サイクルロードレースで勝つ上では無駄かもしれない要素を多く持っているヴォクレールが、フランス人の多数のファンの支持を集めていることは興味深い。

話を戻すと、ランスのUSポスタルチームと、パッと見ほとんど似ているチームが、チームスカイなのである。

両者の決定的な違いは、USポスタルチームはドーピングの事実があったことだが、チームスカイにはドーピングの事実が全く無いことである。だが、両者のサイクルロードレースで勝利を収めるための戦略には似た部分が多い。

ランスと同様に、2012年ツール・ド・フランス総合優勝のブラッドリー・ウィギンス、2013・2015・2016年総合優勝のクリス・フルームは共にタイムトライアルを非常に得意としており、USポスタルチームと同様にチームスカイは強力なアシスト陣で築いたリードを守る戦略をとっている。

そのため、USポスタルチームが買った反感と、ほぼ同様の反感をチームスカイも買うことになった。

表彰式ではチームスカイの選手たちへブーイングの嵐が起き、事あるごとにメディアはチームスカイを叩く。徐々に反感はエスカレートし、全く根拠のないドーピング報道もなされるようになってきた。

挙げ句の果てに、2015年のツール・ド・フランスでは、ドーピング検査の際に提出する尿サンプルを揶揄して、エスカレートした観客がフルームに『ドープ!(ドーピング野郎!)』と叫びながら、紙コップに入った尿をぶちまける事件が発生した。

しかし、徹底的なアンチドーピングコントロールを敷いているチームスカイから、ドーピング検査で陽性反応が出ることは一度たりともあり得なかった。

尿をかけられるという異常な事態が起きても、フランスメディア、フランス人ファンらの態度はさほど変わらず、翌年2016年のツール・ド・フランスでも、チームスカイとフルームへのブーイングは続いた。

だが、この年のフルームは一味違った。

ダウルヒルで宇宙レベルのダンシングをしがら、単独アタックを決めての逃げ切り勝利。魔の山・モンヴァントゥでのランニング事件。マイヨジョーヌとマイヨヴェールによるアタック。

フランス人が好む、エンターテイメント性に溢れる出来事が相次ぎ、大会終盤にはフルームへのブーイングも確実に収まっていた。

ただ強いだけでなく、美しく勝つ。そして、フランス人ファンさえ楽しませる勝ち方をしたのだ。

おそらく多くのフランス人ファンの心情は『チームスカイもフルームも好きじゃないけど、あれだけ見せられたらフルームなら仕方ないよね』みたいなところに収まったのではないかと思う。

ところが収まりがつかないのは、メディアだった。一度、振り上げた拳の行き所に困ったのだ。

チームスカイのTUEに関する報道が連日なされるように

ならば、と言わんばかりに新たなスキャンダルを報じ始める。

その一つが2012年に総合優勝を果たしたブラッドリー・ウィギンスへの報道だ。不必要な『TUE』を利用してドーピングをしていた疑いがあると言うのだ。

TUEとは『治療使用特例』の略で、本来は禁止薬物や禁止使用法であっても、正式な手続きをとれば、持病や疾病の治療目的に限って使用できる、というものである。

このTUEを使って、ウィギンスは本来の治療目的を逸脱する使用量の薬物を投与し、自身の競技パフォーマンスを高めていたのではないか、という疑惑が報じられている。例えば、持病の喘息の治療のために、呼吸がしやすくなる薬物を投与する、と言った要領である。

だが、これらは全て所定の手続きに従って、ルールを守って行ったという事実でしかない。結果として競技パフォーマンスの向上に繋がっている可能性も否めないが、かと言ってルール違反ではない。限りなく白に違いグレーと言ったところだろうか。

本件は、フランスだけでなく、チームスカイの母国・イギリスでも大々的に報じられている。渦中のウィギンスはサイクルロードレースの世界から身を退き、うやむやになった感はあるが、恐らく似たような事例はチームスカイだけでなくどのチームでもやっていただろうし、かと言って限りなく白に近いグレーで成績剥奪というような重たい処分を貸すことも出来ないだろう。ランスのドーピングは明確に黒であったが、ウィギンスの件はそうではないからだ。

チームスカイを叩きたい人たちは、ランスのドーピングのような決定的な"黒"の証拠が欲しかったのだ。そして、冒頭の『60 Minutes』の報道へと繋がっていく。

チームスカイの隠しモーター疑惑の稚拙さ

だが、今回の疑惑はインパクトはあるが、その主張の根拠が甘いと言わざるを得ない。

こちらの記事は、アメリカのvelonewsというサイトが番組の内容を記事にしたものを日本語訳にした記事である

記事内の言及について、反論を述べたいと思う。

1,"2015年のツールで12人の選手がモーターを使っていたとの情報が寄せられたという"

→もし、チームスカイが2015年から隠しモーターを使っている事実があるとしたら、2012年と2013年の総合優勝はどう説明するのか?

そして、チームスカイが叩かれ始めたのは2013年頃からであり、2015年はまさに最高潮に叩かれていた頃だ。こんな美味しいネタを2年も暖めておく必要性がわからない。

そして、2016年は隠しモーター対策に、赤外線を使ったチェックや、抜き打ちで車体チェックを行っていて、もちろんは違反者はゼロだった。

2,"スカイの選手の自転車だけがほかの自転車より、それぞれ800グラムほど重かったという。レモン氏は、「重量はすべてだよ。1キロも重いバイクに乗っていたら、レースなんてできるわけがない」と話している。"

→ここで言う『スカイの選手の自転車』とは、タイムトライアルで使用する"TTバイク"と呼ばれる自転車のことを指すようだ。

TTバイクのスピードを決定づける要素は、出力と空力が最も重要な要素となる。なぜなら、一旦スピードに乗ってしまえば慣性の法則にしたがうため、自転車本体の重量の影響は非常に少なくなるからだ。

チームスカイの『空力を重視したため800g重くなっている』という恐らく事実だろう。TTバイクの性能差は、重量ではなく空力が分けるので、他のチームの自転車より多少重かったとしても何ら不思議ではない。

また、仮にTTバイクではなく、通常のステージで使用するロードバイクが800g重いという話だったとしても、今のロードバイクはUCIが規定する最低重量を下回る重量で組み上げることが出来る。

そのためレースに臨む際は、わざわざ重りをつけたりして、規定を上回るようにセッティングしているチームもあるほどだ。つまり、不自然に800g分、他のチームより一様に重いということが起きにくい。

もし不正を働くなら、隠しモーター込みで規定通りの重量にセッティングするはずではないだろうか。

3,"バルハス氏によると、彼がはじめてモーターを隠した自転車を匿名の人物へ売ったのは、ちょうどアームストロング氏の連勝が始まったころだという"

→あり得ない。自転車のフレームや後輪ハブに収まるサイズで、充電池と駆動モーターが内臓出来る技術が当時あったとは到底考えられないからだ。

もしあったとしても、自転車レース界で不正を働いて小金を得るより、まともに製品化して世に売り出した方が遥かに利益を生んだはずである。

自転車レース業界に不正を働いて小金を得たいという小賢しい頭脳でも、即座に理解出来るであろう単純な話だ。

4,"隠しボタンを押すと計20分間は推進力が一定度増す仕組みになっている。"

→チームスカイの山岳アシスト陣は、20分以上にわたって山岳で強力な牽引を見せていた。仮にモーターの力が、それを成し遂げているのだとしたら、とても20分の駆動時間では、全く足りないだろう。

フルーム自身も20分をゆうに越えるタイムトライアルで、ライバル選手を圧倒する走りを見せているし、2015年に自身にメカニカルドーピングの疑いがかけられた際も、走行データを公表していた。

もし、リハアブからモーターによるアシストを受けていたとすれば、走行データの数値に矛盾が生じるはずであるが、そのようなことは当然一切なかったのである。

というように、あまりにも穴だらけの論調だった。

こんな根拠薄弱な主張をタイラー・ハミルトンとグレッグ・レモンはしきりに主張しているのだ。

ハミルトンは、もはやただの炎上芸にしか見えなく、ランスを追及する過程で出版した『シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕』という本のヒットに味を占めて、今度はチームスカイを標的にまたビジネスをしようという魂胆ではないかと思えて仕方がない。
(※シークレット・レース自体は良本だが…)

レモンは、ランスだけでなく、フロイト・ランディスやアルベルト・コンタドールのドーピング問題を、いち早く見抜き追及していた人物なので、それなりの根拠がない限り、こういった攻撃をしないと思っていた。何か決定的な証拠を握っているのか、はたまた自身の経験に基づく"勘"が、チームスカイを徹底的に叩けと言っているのか。レモンの動きは少々不穏さを感じる。

とはいえ、さすがにチームスカイが隠しモーターを使っているという主張は、あまりにも荒唐無稽で事実ではないだろう。レモンもとうとう焼きが回り、ハミルトンと共に強いチームに難癖をつけて、炎上芸に興じているに過ぎないと、わたしは見ている。

何にせよ、わたしはクリス・フルームを心の底から信じている

チームスカイの隠しモーター問題は冷静に考えると、荒唐無稽な話ではあるが、TUEの問題についてはチームスカイは責められても仕方のない部分があるなと思う。実際に、他のチームの現役レーサーからも、『ちょっとどうかと思うよ』という声は上がっている。

だが、TUEの問題はあくまでも限りなく白に近いグレーゾーンでの出来事だ。真にクリーンなスポーツを求めるなら、完璧な白を目指すべきであるので、徹底したアンチドーピングコントロールを謳うなら、わずかなグレーゾーンですら残してはならないと思う。

対して、クリス・フルームは完全に清廉潔白である。

TUEの問題に関しても、チームスカイが叩かれることは日常茶飯事だが、フルーム個人が叩かれることはほとんど無くなっている。ひとえにフルーム自身がサイクルロードレースのクリーンなイメージを取り戻すために、レースでは己の強さを示し、データ開示を通じて己の潔白さをも常々証しているからだ。

2013年、2015年とフルームのツール・ド・フランス総合優勝を、"アシストに固められたつまらない勝ち方"と揶揄されれば、2016年はフルーム自身の力も最大限にアピールしながら、エンターテイメント性に溢れ、美しく、ぐうの音も出ない、文句のつけようのない見事な完全なる勝利だった。

フルーム自身の努力、フルームの人格だからこそ成し得た偉業である。

かつて、サイクルロードレース界が犯したドーピングの罪が消えることはない。いまは、業界全体で時間をかけながら罪を償っているところであり、わたしたちサイクルロードレースファンも過去は過去として受け入れ、面白いサイクルロードレースを見放すことなく、クリーンな未来を築くために、いま応援しているのだ。

選手を、チームを、業界を貶めることが利益を得る不埒な輩が、この世界のどこかに存在することは確かだろう。だが、そのような不埒な輩の攻撃に屈してはならない。

時間はかかるだろうが、必ずサイクルロードレース=クリーンなスポーツと認識される時代が来る。

その時まで、わたしは一ファンとしてサイクルロードレースの発展を願って、応援し続けたいと思う。

Rendez-Vous sur le vélo…

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