雨の日も、風の日も、サイクルロードレースは行われる。
山岳コースにあまりにも強い風が吹いていたためルートが省略されたり、雪が積もっているためコースを迂回するようなことはある。
だが、中止にはほとんどならない。一般道を封鎖して行われる自転車レースでは、警察当局や自治体との調整が必要不可欠であり、簡単に日程や時間をズラすことは出来ないからだ。
したがって、雨の日も、風の日も、選手たちは走り続ける。跳ね返る泥を浴びながら、強風で体温を奪われながら、滑る路面で落車のリスクと戦いながら。サイクルロードレースが過酷なのは、走る距離だけではなく、選手たちの管理下にない気候条件に大きく左右されることも一因だ。
ロード世界選手権は、カタールのドーハで行われる。緯度は沖縄とほぼ同じくらいであるが、ドーハは砂漠性気候に属する。最高気温が35度前後で雨は全く降らない。
ロード世界選男子エリートロードレースでは、レース前半に150kmほどドーハ北部の砂漠地帯を走る。
遮るものが何もないため、強風が吹き荒れ、茶色い地面は太陽の光を照り返す。猛暑になればなるほど、選手たちは喉の渇きを癒やすために大量のボトルを消費することになるだろう。
強い横風が吹こうものなら集団は分断され、アシスト選手を失ったり、有力選手が後方に取り残されたりする事態も十分にあり得る。特に補給を受け取るためにチームカーに下がったタイミングで分断の動きが始まると悲惨だ。
ゴールまで完全に平坦路が続くドーハの戦いでは、集団スプリントに持ち込まれると、スプリンターの純粋なスプリント力勝負となる。純粋なスプリント力に劣る国が勝つためには、集団スプリントにさせない展開にするか、ライバル国のエースやアシストを疲弊させる攻撃を仕掛けるしかない。
イタリアは、エリア・ヴィヴィアーニとジャコモ・ニッツォーロがエースである。
世界選優勝が有力視されている『スプリンターカルテット』の4名に比べると、ヴィヴィアーニとニッツォーロのスプリント力は残念ながら見劣りしてしまう。単純に集団スプリントをしては、勝ち目がないと言ってもよい。
そこで、イタリアはダニエーレ・ベンナーティをキーマンに指名した。過酷なドーハの気候を利用した攻撃を仕掛けるために。
『横風職人』ベンナーティ
ベンナーティは『横風職人』と称されるほど強風に強く、横風の強く吹く区間では度々集団を分断させる破壊力のある攻撃を仕掛けていた。
通常であれば空気抵抗を減らすために前の選手の後ろについて走るのだが、横風が吹くと前の選手の隣が一番空気抵抗を減らせるようになるため、横に伸びた小集団が複数できやすくなる。この小集団のことを『エシュロン』と呼ぶ。
エシュロンが形成されると、前後の集団との差が生まれやすくなる。前方を走るエシュロンに強力な牽引役の選手がいると、たちまち後続集団と大きなタイム差が生まれやすく、先行する集団を追いかけるために脚を使うことになる。これが集団分断攻撃の理屈である。
ドーハの砂漠区間で強風が吹けば、ベンナーティの破壊力ある集団分断攻撃が実施可能となり、他国はタダでは済まない決定的なダメージを与えられるだろう。
イタリアは砂漠区間で他国に攻撃を仕掛け、アシスト選手を消耗させたり、有力選手を後方に取り残そうと試みるだろう。
そして、集団分断に成功すれば、ベンナーティだけでなく、ダニエル・オス、マヌエル・クインツィアート、マッテオ・トレンティンら、独走力の高いルーラー的な脚質を持った選手たちがヴィヴィアーニとニッツォーロを、そしてリードアウト役となり得る、ファビオ・サバティーニ、ジャコポ・グアルニエーリ、ソニー・コルブレッリらをフィニッシュ地点までしっかり運ぶだろう。
さらに灼熱地獄になれば、ボトル消費量が増える。風が強い中で、ボトルを取りにチームカーに下がって、また集団に戻るというアシスト選手の動きも決して楽ではない。本来はゴール前で仕事をしなくてはならないアシスト選手たちが、ゴールに辿り着く前に力尽きてもおかしくないのだ。
イタリアの戦略とは、ルーラーを中心に据えた布陣で、横風区間を利用してライバル国に攻撃を仕掛けるものである。そのためには、当たり前であるが強い風が吹く必要がある。
灼けるように熱い日差しの下で、砂塵が巻き上がるほどの暴風が吹けば、イタリアに勝機が訪れるのだ。
強敵に対して、砂漠で攻撃を仕掛けるという、浪漫あふれる展開を期待したい。対して、『スプリンターカルテット』を擁する国は、どう対応するかも非常に見応えがあるだろう。
ドーハの天気予報もチェックしながら、レース当日を待ちたいものである。
Rendez-Vous sur le vélo…