1月のツアー・ダウンアンダーに始まり、ヨーロッパ戦線は世界選手権、イル・ロンバルディア、パリ〜ツールを境にシーズンオフとなり、アジアではジャパンカップ、ツアー・オブ・ハイナンをもって、ヨーロッパを主戦場とするワールドチームの選手たちはシーズンオフに入る。国内選手たちは11月のツール・ド・おきなわがシーズン最終戦という選手が多かったようだ。
このようにサイクルロードレースのシーズンは長い。およそ10ヶ月に及ぶ2017年シーズンのレースのなかから、筆者の独断と偏見によるベストレースTOP10を発表したいと思う。まずは、10位〜7位までを紹介する。
10位、チームのため、スポンサーのために一撃で仕留めたエースの姿
キャノンデール・ドラパックの存続問題が明るみになったように、サイクルロードレースとスポンサーの問題はいつだってつきまとうものだ。
そうしたスポンサー問題を起点に2017年シーズンからはサイクルロードレース界に新たな動きが生まれた。バーレーン・メリダとUAE・チームエミレーツという、2つのワールドチームが誕生したが、共にメインスポンサーが中東マネーであるということだ。
そして、中東初となるワールドツアーのステージレース「アブダビツアー」が開催された。アブダビはUAE・チームエミレーツの本拠地でもある。全4ステージのほとんどが砂漠地帯を走るスプリンター向けのステージだ。唯一、第3ステージのみ標高1000mのジュベルハフィートの山頂フィニッシュとなっていて、総合争いはこのステージで全てが決まるといってよい。
このアブダビツアー第3ステージで勝利した、UAE・チームエミレーツのルイ・コスタの走りには心を震わされた。
地元開催のレースで、新スポンサーと契約を結んだばかりのUAE・チームエミレーツにとっては、是が非でも勝ちたいレースだった。むしろ、このレースの結果次第では、チームの存続すら危うくなる可能性もあっただろう。
しかし、ロマン・バルデ、イルヌール・ザッカリン、トム・デュムラン、バウケ・モレマ、アルベルト・コンタドール、ヴィンチェンツォ・ニーバリ、ファビオ・アル、ラファル・マイカ、ナイロ・キンタナなどとあげればキリがないほどに、総合系の選手がこぞって参戦していた。簡単に勝てるほど、甘いレースではない。
UAE・チームエミレーツはディエゴ・ウリッシ、ルイス・メインチェス、そしてルイ・コスタと上りに強い主力選手を全員起用する全力の本気メンバーで挑んだ。
第3ステージ最終盤、ジュベルハフィートの上りで、ルイ・コスタは勝利に向かって決意の単独アタックに打って出た。唯一ついてきたザッカリンと共に、ただひたすらフィニッシュを目指す。デュムランやモレマが後方から迫りくるなか、ラスト300mからのマッチスプリントでザッカリンを振り切り、勝利を飾ったのだ。
結局ルイ・コスタは2017年シーズンはアブダビツアー以降1勝もできなかったが、チームとスポンサーにとっては1年分の仕事を果たしただけの功績だった。
絶対に負けられないレースで、見事に勝ち切ったルイ・コスタからは、真のプロフェッショナルを感じさせられた。元世界チャンピオンの勝負強さは伊達じゃないと。中東の支援者たちを前にして、表彰台に上るルイ・コスタの姿は本当にカッコよかった。
※参考
ルイ・コスタ、国家の威信をかけた”プロフェッショナルの仕事”とは?
9位、初めての日本語実況レースで奇跡の逃げ切り勝利
それまで、サイクルロードレース中継はJ SPORTSのほぼ独占状態にあった。とはいえ、J SPORTSの中継は視聴者を飽きさせず、新しいファンを惹き付ける工夫が多分になされており、独占状態に甘んじている様子は全くなかった。
だが、イギリス・パフォーム社が率いるダゾーンが突如として来襲。春のクラシックやジロ・デ・イタリアの放映権をJ SPORTSから奪い取ったのだ。
ところが、そのダゾーンでは、春先のレースで日本語実況はつかず。ミラノ〜サンレモに至っては海外実況すら無くて環境音のみの放送。挙句の果てにロンド・ファン・フラーンデレンは放送中止となった。
このような仕打ちに、日本中のサイクルロードレースファンが怒り狂った。かく言うわたしもその1人だ。
サイバナとしては、禁じ手ともいえる海外ライブストリーミングの視聴を推奨し、ロンド・ファン・フラーンデレンの実況ラジオ放送を行った。
ダゾーンが放送予定のジロ・デ・イタリアでは、日本語実況がないなら自分でやろうと思い、着々と準備を進めていたが、ジロには日本語実況をつけるとの公式アナウンスがあった。第1ステージの実況は木下貴道さん、解説は別府始さんとのことだった。
別府始さんはJ SPORTSでも馴染みある方であるが、木下さんの名前は知らなかった。所属会社がJ SPORTSで実況を担当している谷口廣明さんが社長を務めるスポーツゾーン社であったとはいえ、サイクルロードレースの実況は初めてだった。そんな状況で、ダゾーンに対して怒り狂い不信感しかないサイクルロードレースファンを納得させる放送ができるのだろうか。わたしの注目はレースよりも、ダゾーンの中継自体に向けられていた。
だが、木下さんは初心者であることを逆手にとって、サイクルロードレース中継を初めて見る人に向けて、分かりづらいところや疑問点をひたすら解説の別府始さんにぶつけるスタイルをとった。
これが非常に素晴らしかった。ダゾーンでサイクルロードレース中継を見るのは、何もそれまでJ SPORTSで中継を見ていた人たちだけではない。
ダゾーンの主要コンテンツはJリーグ、海外サッカー、MLB、WWEなどの中継だ。サイクルロードレース以外を目当てにダゾーンに加入した人の方が多い。そういった人々が「自転車レースって何だろう?」と思い、新たに観戦を始める人も少なくないだろう。
ゆえに、ダゾーンはサイクルロードレースファンの裾野を増やすための新たなチャネルとして機能するのではないか。そういった期待感を高めるほどに、徹底した初心者向けの中継には非常に好感が持てた。
何よりほとんど準備期間が無かったにもかかわらず、木下さん自身が猛烈に勉強して実況に臨んでいることが、随所に伝わってきた。J SPORTSで活躍する実況陣のように、気の利いたキャッチフレーズや名アテレコは無い。それでも、わたしはジロ・デ・イタリア第1ステージの実況は名実況だったと思う。
ジロ第1ステージの放送が、サイクルロードレースの未来に向けて、新たな一歩を踏み出した瞬間だったからだ。
そして、肝心のレース内容も最終盤でリードアウト要員だったはずのルーカス・ペストルベルガーが抜け出して、そのまま逃げ切るというグランツール初日としては非常に珍しい結果になったことも良かった。
ジロ以来、ダゾーンはそれまでとは打って変わってサイクルロードレース中継に力を入れはじめた。早朝の誰も見ていないような時間帯のアメリカのレースや無名の中国レースにも日本語実況・解説をつけたほどだ。
新たなサイクルロードレース実況者を育成し、新たなサイクルロードレース解説者を輩出することで、日本国内でよりサイクルロードレースを広める土台をつくっているともいえる状況になっている。
来シーズンもダゾーンのサイクルロードレース中継には期待していきたい。
※参考
ダゾーン初の日本語実況レース!ジロから始まる新しいサイクルロードレース文化とは?
※動画は英語実況
8位、サイクルロードレースファンが初めて経験する究極のカオス
TTバイクに乗って行われるタイムトライアル競技の原則は、ドラフティング(前を走る選手の背後で空気抵抗を軽減すること)の禁止だ。
そして、TTバイクは一定の出力で長時間走ることを目的としており、ヒルクライムやスプリントには向いていない。
という常識を覆すシーンの数々が連発したのが、ハンマーシリーズ・スポートゾーン・リンブルフ第3ステージ、通称「ハンマーチェイス」だ。
前日までのハンマークライムとハンマースプリントの成績に応じて、タイム差をつけてスタートするチームタイムトライアル形式だったが、途中から各チームが入り乱れてローテーションしながら先行くチームを追うカオスな展開となった。
一体どれほどカオスだったのかは、実際にハンマーチェイスを走ったNIPPO・ヴィーニファンティーニの小林海のツイートが参考になる。
クソ辛かったし怖かった。訳わからん。わらわらわらわらわら😵😵😵🙈🙈🙈
— Marino Kobayashi (@Ma_F_Ko) 2017年6月4日
カオス過ぎて、走ってる側も訳わからなくて叫びまくりながら走ってました。多分一生に一度の体験できたので、最中は本当に最悪でしたが、終わってみれは面白かったです。わらわら😂😂😂
— Marino Kobayashi (@Ma_F_Ko) 2017年6月4日
極限まで直進性能を高めたTTバイクは、独走もしくは統制のとれたローテーション走行時に使用されることを想定されているため、抜きつ抜かれつの混戦での使用は想定されていない。前後左右スペースを確認しながら、混戦のなかを走行し続けることは選手にとっては、ひたすらに苦行だっただろう。
だが、見ている方はあまりにもサイクルロードレースの常識を越えた世界に興奮し、盛り上がったことも事実。
さらに、ハンマーチェイスの最後はまさかのゴールスプリントとなった。
チームスカイのタオ・ゲオゲガンハートがTTバイクでスプリントして、チーム・サンウェブに先着して勝利を決めた。チーム内で4番目に先着した選手の成績で争うため、先にフィニッシュしていたチームスカイのメンバーが後ろを振り返りながらガッツポーズするという珍しい光景が見られたことも良かった。
ハンマーシリーズ第2戦は、2018年5月25日からノルウェーのスタヴァンゲルで開催される。もしかしたらルール改正によって今年のようなカオスは見られなくなるかもしれないが、どちらにせよエンターテイメント性の高いレースは期待できるだろうし、とても楽しみだ。
※参考
ハンマーシリーズと弱虫ペダル。似ているのはルールだけじゃない。
7位、挑戦者のなりふり構わぬ総攻撃と、受けきった王者の守備力
チームスカイの2017年シーズンのMVPには、ツール・ド・フランス3連覇を成し遂げたクリス・フルームではなく、ミカル・クウィアトコウスキーが選ばれた。
もちろん、ストラーデ・ビアンケ、ミラノ〜サンレモ、クラシカ・サンセバスチャンといったワンデークラシックの勝利も素晴らしかったが、何よりもツールでのアシストぶりが素晴らしかった。
第8・9ステージで、ひたすら集団先頭固定で牽引する姿も頼もしく、ラファル・マイカとの友情も感動的だった。極めつけが第18ステージでの獅子奮迅ぶりのアシストだろう。
第18ステージはツール史上初めてイゾアール峠がフィニッシュ地点に選ばれたクイーンステージ級の超重要ステージだ。フルームに対して27秒差の総合3位につけていたロマン・バルデ擁するAG2Rは、アシストを総動員した猛攻撃を仕掛けた。
ライバルチームのアシストが続々と削られるなか、クウィアトコウスキーを筆頭にフルームの護衛を務めるチームスカイのアシスト陣を崩壊せしめるには至らない。クウィアトコウスキー健在のまま、AG2Rはアシストが全滅。AG2Rの猛攻撃は失敗に終わってしまったのだ。
すると、チームスカイはすかさず攻勢に転じた。クウィアトコウスキーの凄まじい牽引により、ファビオ・アルが脱落、アタックしていたダニエル・マーティンやアルベルト・コンタドールを集団に引き戻し、自身のアイウェアを沿道に投げ捨てるほどの凄まじい働きを見せていた。
クウィアトコウスキーが牽引を終えると、もはや身体には力が残っていなかったようで、路上で立ち止まってしまうほどの消耗した姿を見せていた。
こうして、チームスカイはエース同士の力比べに持ち込むことに成功した。イゾアールの上りフィニッシュで、バルデは何とかフルームに差をつけようと鬼の形相で走っていた。だがフルームとのギャップを広げることはできず、同タイムでフィニッシュ。ステージ3位になったことで、ボーナスタイムの4秒を獲得したものの、逆転で総合優勝は極めて厳しい状況になった。
他にも、ワレン・バルギルの見事なガッツポーズや、ミケル・ランダがアタックを仕掛けるなど見どころが豊富なステージで、今年のツールを象徴するステージだと、個人的には思っている。
※参考
バルギルがイゾアール山頂決戦を制し大会2勝目 バルデ猛攻もフルームは総合首位を堅守
ミカル・クウィアトコウスキーは世界最強のアシストだ。実力・人格全てにおいて。
チーム批判報道のあったミケル・ランダ。「オレは怒っている」発言の真意とは?
※クウィアトコウスキーがオールアウトして、立ち止まるシーン
※第18ステージのハイライト
前篇はここまで。次は6位〜4位までの中編を近日公開予定。